真の姿
「ウェイルのばかー!」
などと他の客のことなど眼中にもないフレスは、惜しげもなく恥ずかしい言葉を連呼しながらテメレイアの部屋の前へ走り戻ってきていた。
「レイアさんに言いつけてやる」
どうしてかウェイルはテメレイアに頭の上がらない節がある。
ならばウェイルを懲らしめるにはテメレイアに相談するのが一番だと安直に考えたフレスは、バンと扉を開けて、テメレイアの姿を探した。
「レイアさん、ウェイルがひどいんだ……よ……――……あれ?」
「――フレスちゃん!?」
扉を開けた直後、フレスは凍りついた。
まさか氷のドラゴンである自分が凍りつくとは思いもしなかった。
眼の前の光景が、にわかに信じがたいものだったからだ。
「あ、あの、フレスちゃん? すまないが、急いで扉を閉めてほしい」
「う、うん……」
努めて冷静なテメレイアの指示を素直に聞くフレス。
扉を閉める間にも、フレスの脳内は疑問と驚愕で混乱の渦にあった。
(意味が判らない!? だって、今のレイアさんって……!? どういうこと!?)
焦って、ある意味怖くてテメレイアの方へ振り向けない。
「ま、まあ落ち着いてこっちを向いて欲しい、フレスちゃん」
そんなフレスの心中を察してか、テメレイアの方から促すように声を掛けてきた。
「う、うん」
フレスは意を決し振り返る。
「な、なにしてたの……?」
「いやね、昼間歩き回ったから汗かいちゃってて。着替えていたんだよ。油断しちゃったね」
「そ、そうなんだ……」
やはり、そうだ。
テメレイアには、ウェイルと違う決定的なものがあった。
「胸がある!!」
「そうはっきり言われるのも恥ずかしいけど……」
そう、テメレイアの胸部には、ふっくらとした胸があった。
男性のそれにはない、女特有の胸だ。
「ボクよりでかい……!!」
「それはまあ、棚上げするとして」
こんな時にサイズの話をされるとは夢にも思わなかったテメレイアは、おかげで多少緊張感も解けたのか、さっと服を着るとフレスに語りだしてくれた。
「見てもらった通りさ。全部話そうか。もう隠しても仕方なさそうだし」
「レイアさんって、女性だったの!?」
「そうさ。僕は、いや私は女なんだ。ただ諸事情が色々あって、今は男として暮らしている」
「そ、そうなんだ。……全然気付かなかった……。このこと、ウェイルは知ってるの?」
「いや、ウェイルも知らないことさ。どうも私は自分を隠すことが得意みたいでね。顔も中性的だしスタイルだってそこまで良くないから一度も見破られたことはないよ。いや、今日初めて破られてしまったかな。思えばウェイルの鑑定眼も大したことないのかな? それとも私が上手いかな」
アハハと笑うテメレイア。
以外にもばれたことは気にしていないようだった。
むしろこれが彼女の素なのか、素足で胡坐をかいてベッドに座っている姿に、親しみやすさすら覚える。
「師匠にも見破れなかったのに、その弟子が見破るとはね。全く末恐ろしいお弟子さんだ」
「お着替えの途中、偶然見てしまっただけだけどね……。ごめんね、レイアさん」
「謝る必要なんてないさ。むしろ気が抜けて楽になったよ」
「ウェイルには教えるの? 女ってこと」
フレスが一番気になっていたことはこれ。
ウェイルとテメレイアは現時点で相当仲が良い。
これでもしウェイルがテメレイアを女だと知れば、このまま進展すればどうなるか誰の目にも明らかだ。
フレスは内心穏やかではいられない状況になっている。
しかし、その可能性をテメレイアはあっさりと否定した。
「ウェイルには教えないよ。今回のことは偶然の事故だからね。フレスちゃん以外にはこのまま男の姿を突き通すつもりだよ。だからお願いがあるんだ」
「大丈夫。誰にも言わないよ」
「理解が早くて助かるよ。さすがはウェイルの弟子なだけあるね」
それを聞いてほっとするフレス。
しかしここで疑問が一つ浮かんでくる。
先程からずっとウェイルとテメレイアの話を聞いてきていて、どこか不審に思っていたこと。
テメレイアは、何故かウェイルに対して色々と尽くしすぎている。
その理由の回答がここにある気がしたのだ。
「ねぇ、レイアさんって、やっぱりウェイルのことが好きなの?」
単刀直入すぎるフレスの問いに面喰ったのか、テメレイアは眼を丸くしていたが、しばらくの沈黙の後、テメレイアは真剣な面持ちで答えてくれた。
「大好きさ」
不思議とフレスにショックはない。
どうしてか、この二人の話を聞き、行動を見ていれば、それは当然の結果だと思えたからだ。
「汽車で言っていたフェアって、こういうことだったんだね」
「フレスちゃんって結構鋭いんだね。その通りさ」
汽車上で二人が話した、とある秘め事。
あの言葉の意味は、ここできれいさっぱり明らかになった。
「フレスちゃんも好きなのだろう? ウェイルのこと」
「あ、………えっと…………ん……」
強烈なレシーブ。
咄嗟にことにフレスは言葉に詰まってしまう。
「どうなのかい?」
テメレイアの催促に、フレスはなかなか答えることが出来なかった。
何故なら、フレス自身、答えを見出していなかったからだ。
自分の気持ちがまるで宙を舞っているかのように掴めない。
「どうなんだろう……」
ウェイルのことは好きだ。
それは間違いない。
しかし、フレスの抱いている気持ちが、テメレイアと同質の物かということについて、まったく自信が持てなかったのだ。
己の心を掌握できないことがとても歯がゆかった。
「そうかい。今はそれでいいと思う」
テメレイアの声はとても穏やかで、フレスを包み込むかのように優しかった。
「君もいずれ自分の気持ちが判る時が来る。そういう経験をこれまでしたことがなかったのなら仕方ないことだよ」
「…………うん」
フレスの実年齢は数千歳を超えている。
それでいて過去を思い出してみても、特定の誰か、しかも人間に対してここまで執着したことなど一度たりともなかったのだ。
いや、正確には一人だけいる。ただ異性ともなれば初めてなのだ。
そもそもフレスの人格は、龍の時が本質であって、今の状態のフレスは幼子同然に近い。
知識はあっても、精神の面が非常に弱く、それこそ普通の人間と何ら変わりはないのである。
「そろそろウェイルが風呂から上がる。急いで元の状況に戻らないとね。フレスちゃん、私の秘密、よろしく頼むよ」
「うん。大丈夫」
テメレイアはその後、何事もなかったかのように偽の姿である美男子に戻った。
その適応能力はさすがというべきだが、あいにくフレスにはその適応能力はない。
ウェイルが戻ってくるしばしの間、たった今テメレイアに問われたことを含め、黙って感慨に浸っていたのだった。