エルフの司書
本、本、本、本、本。
思わず連呼してしまった気持ちが伝わるかは分からないが、とにかく視界に入るもの全てが本であった。
内部へ足を踏み入れてすぐに飛び込んできたこの光景に、フレスの口も空いたまま。
「受付はあちらでございます」
これまた巨大な門をくぐり、シルヴァニア・ライブラリー内部へと足を踏み入れたウェイル達は、早速案内係の職員に受付のあるロビーへ案内されていた。
木と本の臭いにつつまれた図書館ロビーには多くの人が知識を求めて集まっている。
「ねぇ、ウェイル。今の案内係の人、エルフかな? 胸元にあるネックレスって、あれだよね」
「だろうな。特徴ある耳もそうだが、何より胸のネックレス。あの色艶はお前の想像通り、エルフの薄羽だな」
「うん。ボクも生で見たのは久しぶりだけど、やっぱり綺麗だね」
「へぇ、これは驚いたな。君の弟子はエルフの薄羽を見たことがあるのか」
ウェイル達の会話に、テメレイアが驚いていた。
それも仕方ないことかもしれない。何せエルフの薄羽など滅多にお目にかかれるものではないからだ。
「フレスは結構色々と経験しているからな」
「二度としたくない経験ではあるけどね……」
貧困都市リグラスラムでの裏オークションで、フレスはエルフの薄羽を見ている。
オークションでは違法品や盗品ばかりが競り出されていたり、サクラ行為を目の当たりにしたりといい思い出は一切ない。
しかしながらプロ鑑定士をやっていけば必ずこのような黒い話にも出くわしていくのだ。
フレスにとって、経験と言う意味ではプラスになっているはずだ。
現にこうして薄羽を見抜いたあたり成長していると言えよう。
「その話もおもしろそうだ。今夜辺りお聞かせ願おう。それでは僕は第一種の受付に行くから君も目的の受付に行く方がいい。何か用があってここに来たのだろうし」
「そうだな。なら一旦ここで別れよう。フレス、受付にいくぞ」
「うん! それから何冊か本借りる!」
「なら急いだ方がいい。貸し出し受付は結構混むからね」
ウェイルとしても早めに受付を済ませて閲覧許可を得たいところ。
フレスは貸出可能書物に興味しんしんであるし、ウェイルとしてもチェックしておきたい書物もある。
テメレイアとウェイル達は、それぞれ目的の受付へと足を向けた。
――●○●○●○――
「それではテメレイア様。こちらの最終閲覧許可申請に必要事項の記入をお願いいたします」
「了解したよ」
一人第一閲覧規制書物の受付へと来たテメレイア。
見ると周囲は誰一人いない。
それも当然で、ここの受付を利用する者なんて、年に10人もいないほど。
第一種閲覧規制書物を閲覧しようとする物好きなど、なかなかいやしないのだ。
「なんだか三枚も書類があるけど、サインは一枚だけでいいのかい?」
「はい。閲覧許可申請自体は一枚目の書類のみにサインしていただければ問題ありません。しかし、閲覧許可が出た明日以降、閲覧室に入るごとにサインが必要になりますので、注意してください」
「さすがに厳重だね。さすがは第一種閲覧規制書物というところか」
「はい。第一種の場合、とても重要な情報ばかりがありますゆえ、プロ鑑定士の方でも例外は出来ないんですよ。万が一盗難でもされたら一大事ですからね。申し訳ないのですが、閲覧には私も監視と言うことで同行しますので、よろしくお願いします」
「それはもちろん構わないよ。むしろ一人でずっと鑑定をするだなんて気が滅入りそうだからね。助かるよ」
テメレイアの閲覧には、第一閲覧規制書物専用の案内人が付けられる。
迷宮と称されるシルヴァニア・ライブラリーは、その呼称にふさわしいほど広大で複雑に入り組んである。
元々は巨大な木であるこの図書館。
その地下室となれば当然、木の根の部分に値するわけだ。
木の根は当然のことながらまっすぐに伸びているわけじゃない。
複雑に入り組みながら、地下奥底まで伸びている。
第一種閲覧規制書物閲覧室は、その根の最下層に設置されている。
地下77階という途方もなく深い地下に設置された閲覧室は、さながら封印されているかのよう。
厳重な管理と監視の元に、閲覧室は置かれているのだ。
さらにそこまでの道のりだが非常に複雑に出来ている。
地下に閲覧室があるという情報の盲点を突くためか、閲覧室は地下77階にあるというのに、そこへの唯一の入口は、なんと図書館のほぼ最上階にあるのである。道のりの複雑さによりセキュリティを高めているというわけだ。
そこまで行くための移動手段であるが、基本的には重力杖と似たような能力を持つ神器を利用した縦方向移動リフトであるのだが、これは少々扱いが難しい。
リフトの操作および迷宮のような図書館を、普段あまり利用しない素人が迷わずに目的地に辿り着けるはずもない。
何せ閲覧室までは、図書館内を上がったり下がったりするわけだから。
そういうわけで図書館の構造に詳しい案内係が必ず必要となってくるのだ。
案内人はフレスがエルフだと見抜いた女性で、金髪長髪でメガネをしていて、見るからに真面目そうな雰囲気である。
「テメレイア様に鑑定を依頼したのは我々ですし、本当なら監視なんて必要ないとは思っているのですけど、これも規則ですからね。助かると言っていただけるのであれば、こちらこそ助かります。閲覧許可は明日から三日ですので、その間よろしくお願いします」
「こちらこそ。そうだな、出来れば鑑定の手伝いをして欲しい。鑑定には色々と雑用が多くて」
「無論心得ております。私のことは監視役というより助手という程度でお考えください。名をラルーと申します」
「そうさせてもらうよ。明日からの三日間、よろしく、ラルー」
テメレイアの閲覧日は明日からの三日間。
その間にインペリアル手稿の解析、鑑定を行うことになる。
今回テメレイアが行う鑑定は“暗号の解析鑑定”である。
暗号を解くには、当然ながら文章の規則性を一つ一つ提案、試行、結果記録を繰り返していかなければならない。
ともなれば当然助手がいた方が助かるわけである。
どうやらラルーというエルフの彼女は、テメレイアに鑑定依頼を出した者の一人であるらしく、鑑定に最大限協力すると言っている。
テメレイアとラルーは軽く握手を交わし、明日からの協力に意欲を表明しあった。