長い旅のプロローグ
ウェイル達は、サスデルセル駅の"マリアステル"行きのホームに来ていた。
「もう行くのか?」
「ああ、鑑定士協会に報告しに行かないといけないからな」
「そうか。今回のこと、本当に感謝しているぞ、ウェイル。おかげで俺のオークションハウスは潰れずに済んだ」
「お互い様だよ」
ウェイルとルークは互いにがっしりと握手を交わす。
それを横から見ていたヤンクとステイリィがこっそりとぼやいた。
「なんか私たち、蚊帳の外でしたね……。そりゃ私が駆けつけたときには全部ウェイルさんが終わらせていましたけど。……ウェイルさんに逃げられましたけど……」
「確かに、俺も今回は完全に助けられただけだしな」
「何、二人がいてくれたからこそ解決できたんだ。ステイリィが治安局にいなかったら、きっと通報は無視されていただろうさ。ヤンクもありがとな」
ウェイルはヤンクとステイリィに礼を言った後、握手を交わしあった。
「それにしてもサスデルセルに来てから不運続きだったな。こんな事件にも巻き込まれて」
「わざと巻き込まれたって感じだったけどな。それに今回の仕事はかなり収穫が大きかったから、悪いことだらけじゃなかったさ」
ウェイルはフレスへ視線を向けた。ルークとヤンクもそれを見て頷いている。
フレスは何故自分が注目されているのか理解できず、頭の上にクエスチョンマークが乗っけていた。
「確かにな! 何億ハクロア積んでも買えないだろうな!」
ガハハハ、と豪快に笑うルーク。
「じゃあそろそろ汽車が来る時間だ。世話になったな」
「お世話になりました」
ペコリとフレスがヤンクとルーク、そしてステイリィに頭を下げた。
「ああ、また来てくれよ! お嬢ちゃん、次は熊、用意しておいてやるよ!」
「本当!?」
「ヤンク、本当に出来るのかよ」
「なあに、心配するな。俺自ら捕まえにいってやるよ」
(ヤンクならやりかねんな……)
「そうそう、ウェイルさん。今回の事件の調書です。教会側が口封じをしてきたので詳しい資料はないのですが、被害総額と被害者の情報などがこの調書に載っています。是非報告の参考してください」
ステイリィはバッグから治安局の資料を取り出し、ウェイルに渡してくれた。
「助かる! 恩に着るよ、ステイリィ」
「それとウェイルさん。そしてフレスさん。これだけは憶えておいてくださいね……」
「何だ?」
「何?」
ウェイルとフレスが首を傾げる中、ステイリィが勿体つけて言い放った。
「――本妻は私です!!」
「知るか!!」
お約束のやり取りを聞いて、ルークとヤンクは爆笑していた。
フレスはぷーと顔を膨らませて不機嫌になっていたが、そのことをウェイルが気づくことはなかった。
「ウェイル、礼ついでに一つ聞いた話をしておく。何でも近々開かれるマリアステルのオークションで黒い噂があるらしい」
「――黒い噂?」
「ああ、なんでも"奴ら"が絡んでいるとか。オークションには世界中の富豪が欲しがる品が出品されると聞いた。何でも"違法品"に関わっているらしい」
「"違法品"が……?」
ルークは封をした資料をこっそりとウェイルに手渡した。
「――これはうちに来ていた富豪連中が持っていた資料だ。違法品マニアの間では大きな噂になっているらしい。この資料にはそのオークションの概要や開催場所などが記されている。お前にはかなり有益になるかも知れない情報だ。近いうちマリアステルでも流れるだろう。情報が回るのは早いからな、早めに手を打ったほうがいいぞ」
「……すまないな、ルーク。恩に着る。お前こそあんまり無茶するなよ」
聞き捨てならない情報だった。
――"違法品"。
人道、倫理に反する芸術品で、その取引は大陸全土で禁止されている。
だが皮肉にも違法品には美しい品が多く価値も非常に高い。
違法品を欲して止まないコレクターは常に存在するのだ。
プロ鑑定士とって違法品の取り締まりとは責務の一つなのである。
そしてその違法品売買に『不完全』が絡んでいるというルークの話。
(調べてみるか……)
そう思ったとき、汽車がホームに到着した。
「行くぞ、フレス」
「うん!」
ウェイルが荷物を担いで列車の中に入り。
それに続こうとしたフレスをルークが呼び止めた。
「フレスちゃん。ウェイルは腕っ節も強いし鑑定士としての腕も最高だ。だが時に変な正義感から無茶をする。ほどよくコントロールしてやってくれ」
「大丈夫だよ! ボク、ウェイルの弟子だもん!! 弟子は師匠の面倒を見ないといけないもんね! じゃあ行くね」
二人は汽車に乗り込み、席に座ると汽車は汽笛を鳴らして動き始めた。
その時、駅のホームにウェイルを呼ぶ声が響く。
「――ウェイルさん!」
「――シュクリア!?」
汽車は少しずつ加速し、それを追いかけシュクリアは必死に歩いて叫んだ。
「今回はありがとうございました! 私、この子と一緒に必死で生きていきます! またサスデルセルに来てくださいね!」
叫びながら手を振るシュクリアにウェイルはこう叫び返した。
「その子が生まれる頃にまた来るよ! 腕のいい占星鑑定士を紹介する約束だからな! だから――」
汽車の蒸気の音に消され、ウェイルの言葉はここまでしかホームに残らなかった。
今のやり取りを見たステイリィは浮気だと喚いて憤慨し、それを温い目で見るルークとヤンクはやれやれと肩をすくめた。
四人は汽車が見えなくなるまで二人を見送った。
「――ヤンク、あの二人のこと、どう思うよ?」
「――どうって、決まっているだろ?」
汽車が影が見えなくなったとき、ルークは吹き出し、ヤンクはニカッと笑ってこう答えた。
「――龍と鑑定士、か。なかなか面白いコンビだよ」
――●○●○●○――
「なぁ、フレス。そういえばお前、ダイダロスと戦っているとき、何か考えていたよな?」
サスデルセルを出発して少し経ったとき、移り変わる窓の景色を眺めながら、ふとラルガ教会での出来事を思い出していた。
「うん。考えていたよ」
「なんだったんだ?」
「…………」
フレスは少し迷ったような表情を浮かべていたが、そのうちに、
「今は秘密だよ!」
と、妙に明るい声で答えてきた。
「なんだよ、秘密って。教えてくれたっていいだろ?」
そう言うと、フレスはズビッと人差し指をウェイルの顔に向けてきた。
「ウェイルだって、ボクに秘密、あるよね!」
「……うっ」
――確かに。『不完全』に対する怒りというものは、ある意味最悪の形でフレスに見られてしまった。しかし、その原因はまだ教えてない。
「誰にだって知られたくない秘密があるでしょ? 鑑定士なら尚更!」
「……そうだな。お前の言う通りだ」
「だから今はいいじゃない。そのうち打ち明けられる日も来るよ!」
「……そうだな。お前の言う通りだ」
「……同じ言葉が続いてるよ?」
――今は話す気などない。ウェイルもフレスも、その気持ちは同じだった。
今話すとお互いに関係が重くなる。丁度良い距離感を無理やり縮めることによって、この雰囲気を壊したくない。二人は直感的にそう感じたのかも知れない。
「よし。じゃあさっさとマリアステルに行くぞ! あっちには熊の丸焼きもあるかも知れん」
「本当!? 早く行こうよ、ウェイル!!」
「コラ、抱きつくな!」
――こうして龍と鑑定士の長い旅が始まったのだった。
――●○●○●○――
――カツ……カツ……カツ……。
(なんだ? 食事の時間か?)
バルハーは牢獄の中から音がする方へと視線を向けた。
そこには――いるはずのない見知った人影があった。
「よう、バルハーさん。こんなところで何をしているんだ?」
「――ル、ルシャブテ殿!?」
バルハーは驚愕のあまり腰を抜かし、ルシャブテはクックッと笑いながらその様子を見下していた。
「ルシャブテ殿! 頼む、助けてくれ! このままだと私は死罪を待つだけだ!!」
バルハーは拝むようにルシャブテに頭を下げる。
だがルシャブテは鼻で笑うだけだった。
「助ける? 馬鹿言うな。こちらの目的も終わり、お前らの役目も終った。お前らはよくやってくれたよ。でも、もう不必要だ。ならば助ける必要もないだろう?」
「……では何しにきたのですか……ッ!」
「何をしにって、言っただろ? 代金を後日、一括で払ってもらうと――」
「い、今の私に支払い能力があると思うのか!? 大体何故"妊婦"なんか……!」
「それをお前が知る必要はない。代金も代わりの物で良しとしよう」
――バルハーは理解していた。
今、私は殺されるのだ。
だが恐怖で声も出ず身体は動かない。
「知っているか? 人間が持っているもので、一番価値が有るものは何なのかを――」
バルハーはふるふると首を必死に振った。
「それはな――目と心臓なんだよ」
言うが早いかルシャブテの手は、すでにバルハーの胸を貫いていた。
すぐさま抜き取り、その後両目を繰り抜いた。
「特に目はな。特殊な加工を加えると人気の違法品になるんだ。勉強になったな?」
動きが早すぎてバルハーは何をされたか理解する間もなく息絶えた。
「汚い目をしてやがる……。これじゃ素材にもならんな」
暗い地下牢獄にルシャブテの声がこだまする。
「――契約終了」
ルシャブテはそのまま闇へと姿を溶かした。
――バルハーの死体が発見されたのは、その一時間後のことだった。
この話で第一章サスデルセル編は完結です。
読んでいただいてありがとうございました!
「龍と鑑定士」は基本的に一部四章構成となっております。
第二章は第一章の解答編となります。