宗教戦争と神器暴走
「ラルガ教会の信徒がすでに30人以上犠牲になっている、か」
「お相手は『医療都市ソクソマハーツ』に本部を置くアルカディアル教。なかなかに胡散臭くて有名なところさ」
「被害者はラルガ教会本部があるアルクエティアマインで見つかったのか?」
「いや、それがどうもそうじゃないみたいで」
「とすると、まさかとは思うが」
「そのまさかさ。宗教争いといったらあそこしかないよ」
「またサスデルセルで事件があったのか」
「誰かさんのおかげで、サスデルセルではラルガ教会の影響力はほとんど皆無に等しいからね。全く、いい仕事してくれる」
すまし顔でこちらを見てくるテメレイア。
どうやら全て知っているようだ。
「……言い方に棘がありすぎるぞ。そもそもどうして俺がサスデルセルで何かしでかしたと知っている?」
「プロ鑑定士の情報網の広さは君だってよく知っているはずさ。コネとカネさえあれば、手に入らない情報はないよ」
「さらっと怖いこと抜かしやがって。まあいい、話を戻すぞ」
「アルカディアル教会は、色々と一風変わっていてね。今時珍しい排他的な思想を持っているのは知っているだろ?」
「他の宗教は一切認めない、やけに頑なな思想だったな。おかげでサスデルセルに教会を設置できなかったと聞いたことがある」
「それだけじゃないのが凄いところでね。アルカディアル教会は、公式に召喚術と神器の利用を推進している」
「神器に関しては他もやっていることだがな。召喚術にまで手を染めるとは珍しい」
「教会のエンブレムには龍がいるくらいだからね。アルカディアル教会はドラゴンに関しても寛容的なんだ。むしろ崇めているほどさ。もしかしたら本当に龍を召喚しているのかも。でも、まあドラゴンは伝説の存在だからね。クルパーカーではドラゴン・ゾンビが現れたと聞くから存在自体はするんだろうけど、そうやすやすと召喚できる相手ではないだろうさ」
「……そ、そうかもな……」
龍やドラゴンと聞いてウェイルは冷や汗をかかざるを得ない。
テメレイアは冗談で言ったのかもしれないが、ドラゴンは実際に実在する。
目の前で幸せそうに眠るフレスを見て、テメレイアの持っているドラゴンの印象が崩れてしまわないか不安で仕方ない。
「僕が思うに、ラルガ教会とアルカディアル教会の大規模な衝突は必ずくるよ。すでにアルクエティアマインとソクソマハーツの都市交は完全に断絶状態にあるし、信者同士の小さな争いは耐えないと聞く。サスデルセルの事件を見ても、ラルガ教会だけ意図的に狙われているし」
「どうしてラルガ教会なんだろうか」
「ウェイルはあまり宗教には興味ないだろうから知らないかもしれないけど、元々ラルガ教会とアルカディアル教会は仲が険悪だったんだよ。ラルガ教会の禁忌はアルカディアル教会では推進されているほど思想が正反対だからね。召喚術やドラゴンに関してもそうだし。そして何より大きいのが以前あった宗教戦争かな」
「おいおい、流石の俺も宗教戦争くらいは知っている。妹弟子が出来たのもそれが理由だしな。あの戦争はラルガ教会を主体とした派閥とアルカディアル教会を主体とした派閥が戦争を起こしたんだったな」
「その通りさ。あの戦争がどれほどの規模だったのか、ウェイルも知っているだろう? 停戦協定こそ結ばれたものの、未だ事態は険悪なんだよ。そのくすぶり続けてきた関係が、ついに決壊しただけなのさ」
テメレイアは更なる資料を取り出した。
それは丁寧に作られたファイルで、中には新聞の切り抜きがいくつも保存されてあった。
「いわゆるスクラップブックって奴か」
「そうさ。見てみるかい?」
テメレイアから受け取ったスクラップブック。
それはとても丁寧に整理されていて、テメレイアの几帳面さが一目で判る。
「宗教関係のスクラップが多いな」
「そりゃラルガとアルカディアルを中心に集めているからね。でも、僕が本当に注目しているのはこの記事なんだよ」
テメレイアの指差したスクラップ。
そこにはウェイルには入ってきていない情報が纏められていた。
「大陸各地で神器が暴発している……?」
「そうさ。あまり表沙汰にされてはいないけど、最近大陸各地で神器の暴発事件が発生している。武器系神器の暴発によって死傷者も報告されているよ」
「原因はわかるのか?」
「神器について、ウェイルは詳しいかい?」
「さほど詳しくはないな」
「それが答えだよ。この大陸で神器に詳しい人間なんていやしない。神器鑑定士は、どこからか神器に魔力が注ぎ込まれ、それが溜まった暴発したなんて結果を公表していたけど、それすらも当てにはできないよ。何せ神器の構造の大半が人間の理解や常識を超えているのだから」
テメレイアの言う事はもっともだった。
神器というものは、その原理、構造、もとよりその存在理由自体明らかになっていないのだ。
一説によれば、芸術の神アテナがこの世に忘れていった遺産だとか、太古に存在したドラゴンが、神々から盗んできたものだとか言われているが、結局それすら神話にすぎない。
後者の方なんて、フレスが泥棒をしてくるなど想像もつかない。
もっとも、ウェイルとてフレスの過去を知っているわけではないから何とも言えないのだが。
「ウェイル。僕はね、宗教戦争よりもこの神器暴走こそが今大陸を脅かす最も危険な懸念事項だと思っているのだよ」
「被害者も出ているようだしな」
「それこそまだ数人程度だけどね。これがまだ小規模な神器だからこの程度で収まっている。でも、アレクアテナには、大陸の根本を支えている神器だってあるんだよ。これから向かうシルヴァンだって、過ごしやすい気候をもたらすために巨大な神器を用いている。もしそれが暴走でもすると考えなよ。大変なことになる」
「確かにな。プロ鑑定士協会本部のあらゆる設備にも神器の技術が使われている。暴走など起こされたら大陸の市場がストップするだろうな」
「競売禁止措置以上にひどいことになるだろうね。そう考えれば、この問題の大きさが理解してもらえたと思う」
「だが、どう対策を打てばいいんだ? 神器の事だ。分からないことが多すぎる」
「僕がシルヴァンに向かう理由の一つにそれも含まれているんだ。あの図書館でなら何か分かるかもしれないだろう?」
「そうだな」
シルヴァニア・ライブラリーの蔵書には神器について記述のなされた書物も多くある。
対策を講じる事が可能かもしれない。
「さすがテメレイア。色々と手回しが早いんだな。鑑定士の鏡だ」
「よしてくれ。僕だって、基本的には利益になることしか考えていないんだから。今回のことも自分の利益になりそうだから調査に乗り出したまでだよ。それに、シルヴァニア・ライブラリーにはもう一つ用がある」
「それは金儲けに関することか?」
「もちろんさ」
そこまで話すと、辛気臭い話はこれで終わりだと言わんばかりに二人は笑った。
ウェイルにとっては初耳なこともある。
神器の暴発は確かに危険な事件だ。もしかしたらプロ鑑定士協会を挙げて対策に乗り出さねばならないかもしれない。
宗教戦争と神器暴走。
いまだ漠然とした捉えきれない懸念事項は、これから少しずつ悪い方向に進展することになる。
この時はまだ、これから迎える大陸の危機と、巨大な陰謀に、誰一人気づいていたものはいなかったのだった。
夜の汽車は走り続ける。
ウェイル達を乗せて、行き先は厄介事ばかりの未来へ。
次話からようやく図書館都市です。