いたずらテメレイア
シルヴァンまではかなりの距離がある。
到着はおそらく明日の昼頃になるだろう。
その間、ウェイル達は互いに面白い鑑定依頼などについて語り合っていた。
しかし、そんな楽しい会話も、時としてつまらない会話になることもある。
プロ鑑定士故の必然か。痛ましい悲惨な事件に遭遇することだってあるからだ。
「クルパーカー戦争にリベアブラザーズか。ウェイル、色々と介入しすぎだよ」
「俺だって好きで介入したわけじゃないさ。クルパーカーにしたって、リベアにしたって、全ては鑑定士としての職務を果たしただけだ」
「大抵の鑑定士はそこまでしないんだけどね。好きなものを鑑定するだけで一生を終える」
「そんなこと言うレイアだって、色々とやってたんだろ? 俺はお前ほど商才のある人間を見たことがない。俺の知らぬ間に大金をつかんでたりするんじゃないか?」
「おや、察しがいいね。その通りだよ。金はいくらあっても困らないから、集め甲斐があるのさ。もっとも、僕には金しかない。ある意味でつまらない人生だよ。君が羨ましい」
「その大金で豪遊でもしてろ」
「すでに豪遊はしているさ。でも、なんというか満たされないんだね。いくら金を使っても、ウェイルとプロ鑑定士試験を受けていたときの楽しさに勝るものはない。思えば、あの時が一番豪遊していたかな?」
「……後半の言葉の意味は理解しかねるが、前半は納得だ。そりゃ楽しかっただろうよ。常に俺のギリギリ一歩前を歩く行動ばかりしやがって。本当なら余裕なところも敢えてそうしてたんだからな。いい気なもんだ」
「……ギリギリ一歩ってどういうこと?」
長い汽車の旅の退屈を紛らわすために本を読んでいたフレスだったが、プロ鑑定士試験と聞いて黙ってはいられないようで、ウェイルに疑問をぶつけた。
「レイアって奴は、見た目はとても爽やかで好印象な奴なんだが、実はとても腹黒いんだよ。俺と共にプロ鑑定士試験を受験したんだが、テメレイアの成績は他を圧倒していたんだ。それこそ現役のプロ以上の実力があった。だからこそ、試験が退屈だったんだろうな。どうしてか俺に絡んできて、腹の立つことに、まるで狙ったように俺のやることを先回りしていたんだよ」
「本当に狙っていたからね。君の行動はすべて読めたから、ウェイルがこれから何をオークションで落札しようとかも判っちゃって」
「レイアの奴、俺がオークションで狙っていた絵画を先にすべて先に買収したんだよ。オークション内ではなく、オークションが始まる前の出品者のもとへ行って交渉してやがった」
「あの時のウェイルの顔は滑稽で今でも笑えるよ。君はいつだって僕の笑い種さ」
「勘弁してくれ。第4次試験では「3日中にどれだけ株取引で儲けを出せるか」というものだったんだが、こいつは俺の持っている株式に一気に売り注文を浴びせて値段を暴落しにかかってきたんだ。おかげで損失をケアするのに必死だったんだぞ。あの時は本気で試験に落ちたかと思った」
「アハハ、そんなこともあったね。でも、結局あの後すぐ僕はウェイルがケア用に買っていた株の値段を上げてあげたでしょ」
「おかげで今、プロやってるよ。まったく……。さらに腹立つのは試験の順位。あの時、俺は何とか合格に至ったんだが、順位はなんと一位だったんだ」
「一位通過!? す、すごい!?」
「すごいと思うだろう? 違う。本当にすごいのはレイアでな。こいつ、自分自身と俺以外の受験者たちの株式を一挙に暴落させたんだよ」
「おかげで僕は二位通過。というか二位までしかいなかったんだけどね」
「ひどい話だろう? 自分が楽しむために他の受験者を根こそぎ不合格に追い込んだんだ」
「どのみち彼らはプロになれなかったさ。僕の目が、ダメだと言ってたんだからね」
「とすると俺は大丈夫だったのか?」
「もちろん。ウェイルは僕以上の素質があると見ていたさ」
「俺はお前に手も足もでなかったんだけどな……」
「ほへー、ウェイルでも手も足も出ないなんて……。それにしてもレイアさんって悪戯が好きなんだね」
「他の受験者から言わせれば悪戯どころの騒ぎではなかったけどな」
話を聴いているだけでも、目の前でニコニコ微笑んでいるテメレイアが相当な実力だと判る。
ましてやウェイルを凌駕するほどの鑑定士だとは、フレスもただ感嘆するしかない。
「本当に楽しかったよ。あのプロ鑑定士試験はね」
「俺にとっては屈辱の一言だったけどな」
さっきテメレイアは、ウェイルのことについて誤解だなんて言っていたが、なんだかんだでウェイルは楽しそうである。
フレスだって、プロ鑑定士を目指す者の一人だ。
自分の師匠が楽しんでいるかそうでないかなどすぐにお見通し。
「ねぇ、レイアさん、もっと昔のウェイルについて教えてよ」
「もちろん構わないよ」
「ちょっと待て。それだけは止めろ」
「実はね、ウェイルは昔サグマールに――」
「その話だけは止めてくれ……!! 」
その日の夜、それこそフレスが寝るまで、ウェイルは屈辱的な言葉攻めにあったのだった。
――●○●○●○――
フレスもすっかり眠りに付いた頃。
「さて、そろそろ本題に入ろうか」
「だな」
フレスの会話からの退場を見計らっての、本当の会話。
これこそ、つまらない話の真骨頂。
「ウェイル、例の話、聞いているかい?」
ウェイルはこくりと首を縦に振る。
「ああ。知り合いに酷く腹黒くお節介な奴がいてね。電信で知らせてくれたよ。最近はどこもかしこも治安が悪くて困る」
「まったくその通りだね」
そういうとテメレイアは、一枚の新聞を取り出した。
「この新聞は『鉱山都市アルクエティアマイン』で発行されている奴でね。どこからか圧力が掛かり、配布が出来なかった物の原本を手を尽くして手に入れたんだ。少し見てくれないか」
「どこからかなんて、おおよその見当はつくけどな」
発行前の試し刷りの段階で絶版になった新聞。
そこには、ある意味予想通りの内容が記述されていた。
「宗教争い、ついに表面化する、か」
その内容は、とある宗教同士で勃発したある事件の詳細が書かれていた。