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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第三部 第九章 図書館都市シルヴァン編『インペリアル手稿と神器暴走』
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図書館都市 『シルヴァン』

 芸術大陸――『アレクアテナ』。


 そこに住まう人々は、芸術や美術を嗜好品として楽しみ、豊かな文化を築いてきた。


 そしてそれら芸術品を鑑定する専門家をプロ鑑定士という。


 彼らの付ける鑑定結果は市場を形成、流通させるのに非常に重要な役割を果たしている。

 

 アレクアテナにおいてプロ鑑定士とは必要不可欠な存在なのである。


 そのプロ鑑定士の一人、ウェイル・フェルタリアは、相棒である龍の少女フレスと共に、大陸中を旅していた。


 倒産した大企業、リベアブラザーズの王都ヴェクトルビア買収事件。

 一企業が都市一つを支配するという大胆な計画に、大陸は多大な影響を受けその影響は今も尚続いている。

 ウェイル達プロ鑑定士協会の活躍により、事件は最小限の被害で済んだが、問題はこれからだ。

 リベアの起こした行動は、基本的に違法な部分は少ない。

 むしろヴェクトルビア買収に至っては全て合法であった。

 この方法を真似して第二、第三のリベアが出現してこないとも限らない。

 市場監視の強化をより一層行い、対策を講じることに。

 おかげでしばらくは市場も安定し、一時的な平穏が、大陸に訪れていた。


 そう、その平穏は、これから来る事件の嵐の前の静けさだということを、この時はまだ誰も知らなかった。








 ――●○●○●○――







「う、う、う……うますぎる……!!」

「おおげさだな……」


 二人が食べていたのは、旅の風物詩である駅弁である。

 豚肉の腸詰をこんがりと焼き、それをパンで挟んでいる。

トマトをベースとした甘酸っぱいソースがよく合う、二人には食べ慣れない料理であった。


「このソース、甘酸っぱくておいしい……。ずっと舐めていたい……ぺろぺろ……」

「だからと言って俺の分のソースまで舐めんでもいい……」

「ハッ!? ついうっかり! もぐもぐ」

「どうしてうっかりで俺の腸詰まで食うんだ!?」


 メインディッシュのほとんどをフレスに食べられたウェイルは、フレスを恨めしそうに睨みながら残った味気のないパンを頬張っていた。


「ふう、おいしかった!」

「そうだろうよ」


 先に食べ終えた(パンだけなので当然ではあるが)ウェイルは窓の外へ視線を移していた。


「ここら辺の景色はあまり見たことがないんだよな」

「うん。ボクも汽車には乗り慣れてきたけど、ここは初めてだよ」

「乗客も少ないしな」


 二人が乗り込んだのは、図書館都市『シルヴァン』行きの汽車だ。


 ーー図書館都市『シルヴァン』。


 大陸でもっとも大規模な図書館である『シルヴァニア・ライブラリー』のある都市である。

 そもそもこの都市は図書館の方が最初にあり、図書館を囲むように都市が出来たのである。

 都市名の『シルヴァン』もこの『シルヴァニア・ライブラリー』から来ている。

 そのシルヴァニア・ライブラリーだが、その名の通り森の中に佇んでいる。

 つまり図書館都市シルヴァンは、都会の喧騒を感じさせない、とても静かな森の中にあるのだ。

 そこへ向かう汽車も、当然森の中を通る。

 道ゆく途中の駅も、シルヴァン以外は存在しないので、乗客もウェイル達の外には一人しかいない。ほとんど貸切状態なのでよりいっそう静寂に包まれていた。


「空気がおいしいねぇ」


 窓を開けると、ひんやりとした空気が車内に入ってくる。

 フレスはうんと背伸びをすると、深く椅子にもたれて気持ちよさそうに窓の外を見つめていた。


「俺もシルヴァンに来るのは久しぶりだ。本当に気持ちのいいところだよ。治安もいいしな」


 シルヴァンはとても静かな都市だし、一年を通して過ごしやすい天候や気候である。

 夏は涼しいし、冬もそこまで寒くはならない。

 というのも、実はこの都市には気候を管理する巨大な神器が備わっている。

 まるで風車のような姿をした神器は、その羽根から作り出す風を強めたり弱めたり、また気流を操作することによって、気候を制御しているのだ。

 本の天敵である湿気を吹き飛ばし、乾いた風を吹かせてくれるのである。


「治安もいいの? どれくらい?」

「旧ハンダウクルクスと同等だと聞いたな。シルヴァンに住んでいる奴の大半は学者や研究員だからな。下手の物欲よりも好奇心の方が強いのさ」


 都会の喧騒もなく静かで、大きな図書館まであるということで、学者にとっては最高の環境であるといえる。そのため、住まう人間も学のあるものが多い。

 また豊かな自然に囲まれていることから、自然からインスピレーションを感じるのか画家や工芸家なども多く暮らしている。


「ウェイルは図書館に用があるんだよね?」

「ああ。シルヴァニア・ライブラリーには大陸の知識全てが詰まっていると言われているからな。ここでカラーコインの手掛かりを手に入れられないなら、もうどこでだって手に入らないさ」


 プロ鑑定士協会本部も、多くの情報が集まり膨大な書庫があるとして有名だ。

 だがこれから行くシルヴァニア・ライブラリーはその比ではない。

 所蔵されている本の数は、シルヴァニア・ライブラリーの公式発表ではおよそ34億7千万冊。

 およそというのは、本の数は日々増え続けている為である。


「34億……!? 一体どんな数字なの!?」

「山ひとつが丸ごと本棚になっているくらいだ。数億冊が一つの大きな本棚に列挙している姿は圧巻だぞ。逆に気圧されて読む気が失せてしまうほどだ」


 それでも本は一つ一つ厳重に管理され、どこに何の本があるかは検索によってすぐさま特定でき、簡単に入手できるという。


「検索システムにも神器の技術が取り入れられている。一番神器を効率よく使っている建物はシルヴァニア・ライブラリーかもしれないな。まあそれは実際に見てのお楽しみだ」


 汽車は森地帯を抜け、崖の近くを走り始めた。


 見飽きた木々も窓の景色から消え去り、開けた景色が映し出される。


「見ろ。遠くに大きな山が見えるだろ? あの山がハンダウルだ」

「あれがそうなんだ。前ハンダウクルクスに行ったときはよく見なかったんだよね」

「色々とあったからな」


 そして山のふもとには、雄々しきハンダウル山を写しだす湖クルクス湖がある。

 為替都市ハンダウクルクスは、その二つの間に存在している。


「ピリアさん達、元気にしてるかな?」

「どうかな。ハンダウクルクスの復興も進んでると聞くし、姉弟仲良く暮らしているだろうさ」


 そんな感慨に耽らせてくれた景色ももう終わりを迎えたみたいで、またも景色は森の中に移る。

 アレクアテナ大陸はとても広大で、都市一つ一つ移動するのに汽車でも一日以上かかることはざらである。

 その為必然的に汽車内での生活は長くなりがちで、飽きっぽいフレスには苦痛な時間が必ずやってくる。


「ううううう、飽きた……」


 窓辺にあごを乗せて項垂れるフレス。

 旅をする度に見る光景だが、今回は少しばかり変化があった。


「そうだ! どうせ他に乗客いないし、遊んじゃおう!」


 ほとんど貸切の汽車だ。ウェイル達以外の乗客は見渡す限り一人しかいない。

 ならばとフレスは突如立ち上がり、通路の上で仁王立ちした。


「バランスとりゲームするよ!」


 ガタゴトと揺れる汽車。森を突っ切っているのだから、その揺れはいつも以上に大きい。

 フレスは両手を上げて、まるでサーフィンをしているかのようにバランスを取り始めた。


「おい、迷惑になる。止めろ」

「でも! 暇なんだよ!」

「トランプでもやればいいだろう?」

「トランプも最近やりすぎて飽きちゃったの! それに汽車内で遊ぶなんて滅多に出来ないんだからさ!」


 普段できないことをやりたくなる気持ちも理解できなくはないが、だからといって容認など出来るわけもない。


「いいからさっさと座席に座れ。迷惑になるし、何より危ないだろう!?」


 先程から汽車の揺れはかなり強い。

 線路が引いてあるとはいえ山道なのだ。整備だって行き届いているわけではない。

 ちょっとしたはずみで転び、怪我でもされたらたまったものではない。


「ウェイル、ボクなら大丈夫だよ。常人よりもバランス感覚は優れているんだからさ」

「だとしてもだ。万が一にでもお前に怪我を負わせるわけにはいかないんだよ。師匠としてな」


 そんなウェイルの心配を他所に、フレスは楽しげにバランスをとっていた。


「怪我なんてしないよ! ボク、龍なんだから――って、あれれ―!?」


 ふわりとフレスの体が浮く。

 キキ―ッという金属音と共に、強い慣性が客席を襲った。


「う、うわっ!?」

「何事だ!? 緊急ブレーキ……!?」


 座っているウェイルに被害はないものの、立っていたフレスは当然直撃を喰らう羽目に。

 大きな振動が車内を揺るがし、フレスは体勢を保てず前側に体を投げ出された。


「うぎゃああああああ!?」


 緊急停止した車内を転がるフレス。

 このままでは奥の扉に体を叩きつけられてしまうだろう。

 それはフレスが壁に衝突する寸前だった。


「全く、お茶目なお弟子さんだ」


 突然、すらりと伸びた白い手がフレスの服を掴んだ。

 その手は優しく、そして力強くフレスを引き寄せると、その手の主はまるでクッション代わりになるように壁側へと体を滑らせ、フレスを受け止めるように抱きしめた。


「……あれ?」


 良い匂いがフレスの鼻をくすぐる。

 誰なのかと顔をあげると、目の前にはとても綺麗な顔立ちをした人が立っていた。

 視線が合うと彼はニコっと笑顔を見せてくれた。

 フレスは思わず照れてしまい顔を真っ赤にしてしまった。

 彼の腕から解放されると同時にウェイルが駆け寄ってくる。


「おい、フレス、大丈夫か!?」

「え、あ、うん。大丈夫。この人が助けてくれたから」

「ありがとう、礼を言うよ。うちのバカ弟子を助けてくれて」

「うう……すみません」


 流石にフレスも反省したのか、シュンと頭を下げていた。


「いやいや、いいんだ。僕だって彼女があんまりにも楽しそうだったから注意できなくてね。でも怪我せずに済んでよかったよ、ウェイル」

「……え?」


 お礼を述べた相手からまさか出てくるとは思わなかった自分の名前。

 聞いているだけで心が落ち着くほどの優しく透き通った声の主。

 この声に、ウェイルは酷く聞き覚えがある。


「もしかして――レイアか……?」

「ああ。久しぶりだね、ウェイル」


 ウェイルが思わず立ちすくんだのも無理はなかった。

 何せ目の前にいたのは、ウェイルの無二の親友にして、鑑定士としての最高のライバルであったからだ。

 茶色のポニーテールに、瞳の色は透き通った碧眼。

 美形と表現するのにいささかの躊躇ないほど整った中性的な顔をした彼は、どこへ行っても注目の的になる。

 レイアと呼ばれたこの者の本名はテメレイアといい、ウェイルと同じくプロ鑑定士をしている。

 テメレイアはフレスの目線の高さに合わせると、にっこりと笑顔をフレスに向ける。


「君も、危ないからあまり走り回ってはいけないよ?」

「う、うん、ごめんなさい」


 フレスもテメレイアの持つ穏やかさに触発されたのか。

 顔も赤らめて静かに頷いていた。


「にしても驚いたよ。まさか乗っていた乗客がレイアだったなんてな」

「僕もそう思ったさ。もっとも、僕は汽車に乗り込んだ時点ですぐに気づいたけどね」

「……だったら声を掛けてくれればよかったのに」

「そっちはそっちで楽しそうだったからね。敢えて声を掛けなかったのさ。気が利いてるでしょ?」

「あのなぁ、俺達は別にそんなんじゃ……」

「はは、そうだね。ウェイルだもんね」

「どういう意味だよ」

「そのままの意味さ」


 クックと笑うテメレイア。

 悔しいが、その笑う姿すら絵になる。


「さぁ、とりあえず座ろうか。お話はそれからだよ」


 偶然にも再開を果たしたウェイルの親友、テメレイア。

 シルヴァンへの直行汽車の旅は、懐かしい顔と過ごすことになったのだった。


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