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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第三部 第九章 図書館都市シルヴァン編『インペリアル手稿と神器暴走』
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初恋

「無事か?」


 私はそう問われ、我に返る。

 目の前には不機嫌そうにムスっとした男の子が立っていた。

 私はその問いに応えようと首を縦に振ってみる。

 だが、彼はその返答の仕方が気に食わなかったようだ。

 腰が抜けて立つことの出来ない私に対し、彼は手を差し伸べようともせず、腕を組んで見下してくる。

 ずっと黙って、ただただ視線を交わすだけだ。

 私は必死に立とうと努力するが、疲労の溜まった足腰はそうそう言う事を聞いてはくれない。

 さながら生まれたばかりの仔馬の如く、何度も何度も尻もちをついた。

 立ち上がろうとすれば、力が入らず尻餅をつく。

 そんなことを繰り返す私の姿を、彼は黙ってじっと見守っていた。

 手を貸すこともなく、無様な姿を嘲笑うこともなく。

 ただひたすら、私を待ってくれているのだ。

 無言のプレッシャーからか、あまりにも長く感じた時間。

 実際にはそれほど長くはない時間だったかもしれない。

 私は尻もちを二十回ほど着いたところで、ようやく立ち上がることができた。

 必死に力み、なんとか彼と対等であろうと対面する。

 そこで彼はようやくフッと笑みを浮かべ、もう一度最初の言葉を呟いた。


「無事か?」

「……無事、だよ……!!」


 実際のところ無事でもなんでもなかったのだが、ここで弱音を吐くのは、なんだか無性に悔しく、そして彼に申し訳なく思ったのだ。


「そっか」


 それに対し彼のレシーブはとてもそっけない。

 けれども、私にはこれが彼の精いっぱいの優しさなのだと、この時、子どもながらに理解できていた。

 何せ、彼の周りには――私を捕まえようとしていた大人の男らが、七人も気絶して倒れているからだ。

 とある事情で追われ、追い詰められていた私を助けに、まだ少年である彼は危険も顧みず飛び込んできた。

 彼は強かった。

 大人七人を沈黙させるほどに、彼は強かった。

 それでも無傷とはいかない。

 大人の使うナイフや剣に、生々しい切り傷をつけられている。

 ボロボロの状態にも関わらず、彼は踵を返し、平然と立ち去ろうとする。

 そんな彼の姿に、私は子供ながらにときめいたのだ。

 生まれて初めての、恋。

 これが一目惚れというものなのだろう。


「…………待って……」


 私は全身が痛みに悲鳴を上げる中、心だけは温かく、その温かみに甘えるように彼の方へ勇気を奮う。


「……待って……!」


 その勇気は大声となり、彼を引き留めさせた。


「待ってよ!!」


 何事も無かったかのように立ち去ろうとする彼の肩を掴む。


「ん?」


 振り向いた彼と視線が合った。

 瞬間私の顔は沸騰し、うまく呂律が回らなくなる。


「どうした? まだ敵がいるのか?」


 ブンブンと首を横に振り、どうにか口を動かせるよう心で念じた。


「あ、あのっ! ありがとうございました!」


 願いは叶い、御礼を言う事が出来た。


「いいよ、別に」


 やっぱり彼の態度はそっけない。

 それでも私は満足だった。

 助けてもらった上、光を見出せたのだから。

 自分と同じような年齢で、これほどまでに強い男の子がいるなんて。

 もしかしたら自分も同じくらい強くなれるかもしれない。

 彼の後姿を見送る。

 振り返ることもしない彼に、私は益々惚れていった。


「お~い、ウェイル、どこへ行った!?」


 どこかで大きな声がする。

 現れたのはスキンヘッドで体の大きなおじさん。

 私はとっさに姿を隠した。


「ウェイル、こんなところにいたのか……、ダメだろ、勝手にオークションを抜け出したりしたら――ってなんだ!? お前さん、その傷は!?」

「別に。大したことないよ、師匠。早く戻ろう。オークションがあるんだろう?」

「もう終わっちまったよ。これから帰るところだ」

「じゃあさっさと帰ろう。拾ってきた小汚い子を置いてきたままだし」

「小汚いって……。お前、自分の妹弟子にそんな表現はないだろう」

「本当に汚いんだから仕方ないさ。それよりも、さっさと帰って鑑定の続きをやろう。面白い依頼品が届いてるんだろ?」

「よく知ってんな……。分かった分かった。その傷の手当てもいるだろうし、さっさと戻るか。いいか? 帰ったらギルパーニャに手当てしてもらうんだぞ?」

「判ってるよ」


 彼が師匠と呼んだおじさんは、私に事に気づくことはなく、私の初恋の相手を連れてどこかへ行ってしまった。


 ――ウェイル。


 それが彼の名前。

 私の命を助けてくれた大恩人。

 後に私の目標となり、私を導いてくれた、私だけのお師匠様。

 耳を澄ましていると聞こえてきた、鑑定という言葉。

 私は生まれてこのかた、商売に関した様々な知識を詰め込まれていたが、それはどれも自分から知りたいと思ったことではない。

 でも、この鑑定という言葉はひどく私の心が反応したんだ。


 だって、彼――ウェイルは鑑定が大好きなようだったから。


 彼の好きな事を私も知りたい。

 このとき、私の頭の中には、プロ鑑定士になるための算段が、綿密に張り巡らされていた。

 

 私は他人からよく天才だと言われる。

 一度見聞きしたことは絶対に忘れないし、論理的な思考にも強い。

 そんな武器を活かしながら勉強を続ける日々。

 全てはウェイルにもう一度会うため。

 想いを伝えるために。


 私はプロ鑑定士に、必ずなる。


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