誇りか、滅びか
私が『不完全』の襲撃を知ったのは、最初の犠牲者が出てから二時間も経った後のことでした。
「イレイズ様! 『不完全』の連中が、南地区を中心に攻めてきました!!」
血相を変えた部下が、私の元へ走ってきました。
「な、何……!?」
私とバルバードは一瞬言葉を失いましたが、すぐに頭を切り替え、指示を始めます。
「敵の数は!?」
「正確な情報は判りかねますが、報告ですと八人だそうです!」
「たったの八人だと!?」
バルバードが思わず叫ぶ。
その気持ちは痛いほど判ります。
まさかたったの八人で都市一つを攻めてこようとは誰が思うでしょう。
「被害は如何ほどに!?」
「兵士はすでに五十人以上犠牲になってます! バルバード様、急いで部隊を編成しなければならないかと!」
「判っておる。すぐに各隊長に連絡を回せ。『不完全』が相手なら、奴らは間違いなくこの城に来るはず! 兵士達には城に集まる様指示を出せ!」
「了解しました!」
二週間の間、何の音沙汰もなかった『不完全』。
嫌な予感は見事に的中し、彼らは強硬手段をとってきたというわけです。
「イレイズ様、早く安全な場所へ!」
「何を言います。兵士に被害が出ているのです。私一人安全な場所になんていけるわけがないでしょう」
「しかし!」
「心配は無用です。私の実力は貴方も知っての通り」
部屋の棚からサーベルを抜くと、私はそれを腰に差しました。
「行きましょう。どの道彼らは私に話があるはずですから、結局は出ていくことになりますからね」
「イレイズ様……」
バルバードはそれでも不満そうな顔をしていたが、ここは我が儘にならせてもらう。
――●○●○●○――
城から出てみると、それは想像を絶する光景で、思わずこの目を疑うことになりました。
「都市が焼けている……!?」
都市中の至る所から火が立ち、人々は消火作業にあたっている模様。
「これも奴らが……!?」
バルバードが確認するかのように問うてくるので、しっかりと頷き返してやります。
「間違いありませんね……」
「イレイズ様!」
兵士が一人やってきて、最新情報を伝えてくれる。
「『不完全』の連中は少数精鋭です! 数は一人ほど我が軍が対処できたため、後7人ほどいます」
「敵の進路は?」
「やはり城に向かっていると思われます!」
「やはりそうですか……」
想像の範囲内ですが、身の危機を肌で感じることになろうとは。
「また、バルバード様の指示通り、都市中の兵士は全てこの城に集結しつつあります! 次の号令をお願いいたします!」
「よし、集結が完了し次第、城を囲むような配置にしろ。どこから敵が来ても絶対に逃がすな」
「了解しました!」
ほどなくして兵士達は集結します。
私が知識として知っている『不完全』の連中は、むやみやたらに人を殺めたりはしない。
それこそ一般市民には害は少ない筈。
であれば、ターゲットの私がここにいる以上、城で万全の準備を整えることが一番良いと思われます。
「敵襲です!!」
一人の兵士の声が響き、周囲は騒然としました。
しかし、その騒ぎも一人の悲鳴で、打ち消されたのです。
「なっ!?」
血が、雨の様に降り注ぐ光景に思わず目を疑います。
確認を急ぐと、すでに五人ばかりの兵士の首がありませんでした。
「おいおい、随分と脆いな。これじゃ全然楽しめねーよ」
「あのね、ギリカ。私達は最後の交渉に来たの。別に殺しを楽しみにきたんじゃないわよ?」
不審者連中の先頭に、見たことのあるシルエット。
「ルミナステリア……!!」
『不完全』の構成員を引き連れて、ルミナステリアが現れたのです。
「でも、まあ多少脅す程度なら自由にしていいわよ? ギリカ」
「そうこなくちゃな」
ギリカと呼ばれた野性児のような巨漢は、ニヤリと汚い笑みを浮かべ、スピードをあげて兵士達へ突っ込んでいきました。
「死にたい奴から掛かってこいやぁ!!」
まるで雑草を払い除けるかのごとく、兵士の首を飛ばしながら直進するギリカという男。
「なんて、なんて力だ……!?」
「兵士が赤子のように……!!」
この時、私は悟りました。
今ここにいる兵士では、すでに『不完全』に太刀打ちなど出来ないと。
おそらくあのギリカという男ですら、『不完全』の中では大したことのない実力のはず。
背後に控える連中もいることですし、ルミナステリアもそこにいるのです。
「これ以上、被害は出させはしない……!!」
「イレイズ様、何を!?」
「バルバード。私が交渉に出ます」
「お止めくだされ!」
私はバルバードの制止を振り切り、恐怖に震える兵士達をの間を縫ってルミナステリアの前に出ました。
「ルミナステリア。交渉に応じます。ですからあの男を止めなさい!」
「あら、もう大将が出てきたのね? いいわ、止めなさい、ギリカ」
「ああ、なんだ、もう終わりかよ」
掴んだ兵士の首を握り潰し、つまらなそうに動きを止めたギリカ。
「それで、交渉したいっていうのは判ったけど。どうしたいの?」
「それは貴方達の要求次第です」
「要求なら決まっているわよ? ダイヤモンドヘッド」
「もし我々がそれに応じなければ……?」
「貴方の想像通りに事が進むわよ? クルパーカーは滅びることになる。私達はそれだけの武力や神器を持っているのだから」
ギリカという男一人でも、一個小隊が壊滅させられそうになったのです。
彼らなら今言ったことを造作もなくやってのける。そんな気がしました。
しばらくの沈黙が周囲を包む。
その静寂を破ったのは、鍵を握るルミナステリア。
「でもね、実はもう一つ提案があったの」
「もう一つ……?」
「ええ。むしろイング様はダイヤモンドヘッドよりもこっちの選択肢がご所望みたいだし」
誇りを捨てるか、滅びを選ぶか。
どちらか一つしか選べないと思っていたところに、彼らはイレギュラーな選択肢を用意してきたのです。
「イレイズ、貴方が私達の組織に入ること。それがもう一つの提案よ」
その提案に、私だけでなく、この場にいた兵士全員が息をのんだ。
都市の王子を、犯罪組織に加入させる。
これほど屈辱的なことなどない。
ギリカの力に戦意喪失していた兵士たちも、これには怒りを堪えることが出来なかった。
「お、いいねえ。殺しはこうでなくては面白くない」
目を光らせ喜ぶギリカ。
彼にこれ以上民を殺させるわけにはいかない。
私は息巻く兵士たちを黙らせるため、声を張り上げました。
「黙りなさい!」
普段ほとんど大声を出さない私の声に気圧されたのか、周囲は再び静寂を取り戻しました。
「ルミナステリア、その提案、受けましょう」
「な、何を!? イレイズ様、お止めください!!」
「止めるな、バルバード。私の体一つで最低限の被害で済むんだ。安いものだよ」
「安いもんですか!! イレイズ様のためでしたら、我ら民一同、一丸となって戦う所存です!!」
「ダメだ。それでも『不完全』には敵わない。あのギリカという男一人に、もう何十人もやられている。それでいて敵は無傷。それに奴らの持つ神器は本物に違いないさ。こちらが勝てる見込みなんて皆無でしょう」
バルバードには悪いですが、王としてこれ以上民を失うのは見ていられない。
「私が『不完全』に加入すれば、ダイヤモンドヘッドは求めないのですね?」
「考え方に語弊があるわね。正しく言えば、貴方は担保みたいなもの。ダイヤモンドヘッドを求めない代わりに、貴方をこちらで掌握したい。以前から思っていたけど、貴方には色々と才能が有りそうだし、我々の仕事の高効率化に一役買ってもらおうってわけ。もし、貴方が私たちを裏切れば、私たちは容赦なくダイヤモンドヘッドを持っていくわ」
「ダイヤモンドヘッドと民を人質にとるってことですか」
「そういうことね。さあ、どうする? 嫌なら私たちとしてはどの選択肢でも構わないのだけど」
私にもう迷いはありませんでした。
ルミナステリアの背後には、神器を持つ構成員。
ギリカという異様な存在もあります。
これ以上彼らを刺激し、民を失うわけにはいきません。
「分かりました。改めて、その提案、受け入れましょう」
「さすがイレイズ様。状況がよくお分かりで」
返答に満足したのか、ルミナステリアが笑顔を浮かべる。
とてもぞっとする笑顔でした。