それぞれの因縁
それは唐突だった。
天井に亀裂が走り、爆発が起きる。
瓦礫の落下も始まり、会場は大パニックに陥った。
『な、なんです!?』
流石のメイラルドも狼狽える。
部下が必死にメイラルドを安全地帯まで逃がす。
この大騒ぎの中、平然としていたのは、ウェイルとフレス、そして壇上の後ろで様子を窺っていたサバルだけだった。
ウェイルとサバルの視線が交差する。
一瞬のうちに、お互いに腹の内を探り合う。
「ウェイル、奴らが来たよ……!!」
フレスの指差す先。
フレスが感じていた嫌な予感とは、これのことだった。
プロ鑑定士達にとっても想定外の出来事で、まさかという驚愕は拭いきれない。
だがただ一人ウェイルだけは、この状況を待ち望んでいた。
「フロリア、待っていたぞ。……って、アレス!?」
「……ニーズヘッグ……ッ!!」
天井が落ちてきて出来た瓦礫の山に立っていたのは、紫色の少女ニーズヘッグとフロリア、そして今まさに事の中心にいるヴェクトルビアの王、アレス。
「やっほー、ウェイル、助太刀にきたよん♪ 例のものもここにあるからね」
派手な登場に軽い台詞のフロリアに、思わず腹立たしさを覚える。
「どんな登場の仕方なんだか……」
「派手な方がいいかと思ってさ」
「被害が出たらどうする気だったんだよ……」
変にテンションの高いフロリアを無視し、改めてアレスと向き合った。
「ウェイル。久しぶりだな。フレスとは先日以来だ。プロ鑑定士試験が中止になって残念だったな」
フロリアの隣に何故かいるアレスに、ウェイルの疑問は尽きない。
「どうしてアレスがフロリアと共にいるんだよ!」
「どうして、って言われてもな。フロリアから何も聞いていないのか」
「フロリアがここに来ることは電信で聞いた。だがアレスがいるなんて今初めて知ったぞ!?」
「あれ? 言い忘れてたっけ」
まさか行方不明になっていたアレスがフロリアと共にいるとは思いもしなかった。
「フロリアが助けてくれてな。迷惑を掛けたお詫びをしたいのだと。私を匿い、対リベアの対策を打ってくれた」
「フロリアを信頼するのか!? こいつはお前を一度裏切っているんだぞ!」
「そうだな。それについては後でゲンコツでも喰らわせておくさ。そんなことより、ヴェクトルビアの心配をしなければならないのが王だ。フロリアはヴェクトルビアを助ける手段があると言った。フロリアをどう思っていようと、王として出来る限りのことはしなければならない」
アレスの表情を窺う。
彼は本気だった。
どんなことをしてでも、どんな相手を頼ろうと、プライドなど殴り捨ててでも守らねばならないことがある。と、そういう顔をしていた。
それになんだかフロリアに対しても警戒はない。
あの二人にしか判らないものがあるのかもしれない。
そんな二人に対して、こちらは警戒しっぱなしのフレス。
「……よくも堂々とボクの前に来れたね、ニーズヘッグ」
「……うん……。フロリアが…………ここにこないと……フレスを……守れないって……」
「ボクが君を頼る事なんてない! 守ってもらいたくもない! 君なんかに!! 君なんか来なくて良かった!」
「フレス……」
怒りを露わにするフレスに対し、ニーズヘッグは悲しそうだった。
フレスとニーズヘッグの間に何があったか、ウェイルは少しだけ聞いている。
フレスの怒りももっともだが、ではどうしてニーズヘッグはあんなに悲しそうなのだろうか。
「ウェイル、ボクを龍に戻して! ニーズヘッグは危険なんだ! ここで食い止めないと!」
「だめだ。フレス、お前の気持ちもわかる。だが今の優先事項は議決だ」
「何言ってんのさ! ニーズヘッグはここにいる皆を殺すことだって、躊躇なくするよ!」
「それに関しては心配しなくていい」
返答したのはアレスだった。
「フレス。お前がニーズヘッグとどういう因縁があるかは知らない。だが、今しばらく耐えてはくれまいか。今は我が都市の一大事。王としてどうしてもこの場を成立させなければならない。それにニーズヘッグは龍だぞ。フレスに勝てる余地はない」
「ボクだって――――うぐっ」
「フレス。言うな」
「うぐーーーっ!!」
ウェイルに手で口を塞がれる。
龍であることを隠すというウェイルの行動は正しい。
それでもフレスは納得できない。
そんなフレスにフロリアが微笑む。
「大丈夫。私がニーズヘッグの近くにいる限り、変なことはさせないからさ♪」
「そういうことらしい。フレス。堪えてくれ」
ウェイルの懇願に、ついにフレスも観念したのか、暴れることを止める。
「判ったよ……。でも何か少しでも不審な動きを見せたら、容赦しないからね」
「いいよ、それで。ね、ニーズヘッグ?」
「……うん……。それで……いいの……」
フレスが渋々でも了承してくれたことが嬉しかったのか、ニーズヘッグの虚ろな目に、微かだが光が見えた気がした。
天井崩落の危険性もなくなると、リベア側の連中がフロリア達を取り囲む。
「何の権限があって、こんなことを!」
「そもそもお前らは株主総会に参加する権利はないだろう!」
「今は重要な議決の最中なのです。アレス国王とは言え、邪魔することはまかりなりません」
メイラルドは遺憾の意を表明しながら、アレスへ向かって一歩進む。
「さあ、お早い御帰りを」
手を出口方面へ差し向けた。
アレスはそれに対し鼻で笑ってやる。
「それが我々にも参加する権利はあるのだ。なあ、フロリア」
「その通りです、アレス様! ここにリベアの株券がございます!」
フロリアは抱えていたバッグから、それこそ大量のリベア株を取り出した。
「これだけあれば大丈夫でしょう? 確かリベア株の10%がここにありますので」
「10%……!?」
これにはメイラルドも目を丸くする。
「ささ、確認しても結構ですよ?」
リベアの連中が株式の確認を行うが、彼らだって分かってはいることだろう。
この株券は間違いなく本物だということを。
そうでなければ、天井を壊して乱入してくるなどしてきやしない。
「フロリア、どうしてアレスを助けようと思ったんだ?」
「う~ん、手元に大金があったからね。使う宛てもないし、暇つぶし!」
「そうかよ」
なんてフロリアは主張するが、そんなわけない。
どう考えたってアレスのための行動だ。
ウェイルはフロリアに100万ハクロアという大金を渡している。
しかしまさかあの時は、その金でリベアの株を買うとは想像もつかなかった。
先日秘密裏に電信が届いた。
フロリアが、リベアへの対抗策として株を買ったというものだった。
その真意はすぐに理解できた。
あの時、フロリアがこそっと呟いた『アレスを守る』というのはこういうことだったのかと。
「よく間に合ったな」
この意味はどちらの意味にも当てはまる。
「まあね。ここに辿りつけたのもギリギリだったし、リベアの株を買えたのも、高騰するギリギリのタイミングだったから」
「フロリア。俺はいまだにお前のことは信用ならないけど、ことアレスの事に関しては多少考慮できる点はあると思ってる。俺たちに賛同してくれるか?」
彼女は元『不完全』で、アレスを裏切った張本人でもある。
それでも、彼女の行動にはいくらかアレスを思いやる点は間違いなくあった。
そもそもヴェクトルビアの事件の時、フロリアはアレスの命を助けなくてもよかったのだ。
彼女の目的は『竜殺し』と『セルク・ラグナロク』を手に入れる事。
ある意味アレスが死んだ方が計画はもっと簡単にできたはず。
ハルマーチの奇行を許しながらも、アレスを守っていたのだろう。
「当然。そのために私はここに来たんだからさ。さあ、アレス様!」
本物だと証明され、返還された株券を、フロリアはそのままアレスに手渡した。
アレスは黙って頷くと、高らかに宣言する。
『10%の株券を持つ我々は、プロ鑑定士協会が主張するリベアの倒産を支持する!』