贋作の氷像
「俺の目的はお前らの足止めだ。大人しくしていれば殺す気はない」
そう脅してくるユーリの腕には、大砲のようなものが握られていた。
いや、正しくは握っていない。まるで腕が大砲になったかのように、腕と融合している。
「……ウェイル。あれ、ちょっとまずいよ」
「何か知っているのか?」
フレスは長い時を生きた龍。
神器に関してはウェイルよりもフレスの方が圧倒的に詳しいのだ。
そんなフレスがまずいという。どうやらあれは想像以上に危険なものらしい。
「あの神器、遠距離攻撃が可能な代物だよ。あの大砲はウェイルの持つ『ベルグファング』と同様に本人と同化する性質があるんだ。使用者が神器に魔力を込めると、あの砲口から弾が飛び出してくる」
まさに小さな大砲。
完全に戦闘特化系の神器のようだ。
「……ガキの癖によく知ってるな。こいつは『波動大砲』(オーラキャノン)。錬金都市『サバティエル』で精製した特注品だ。知っているなら話は早い。そこを動かない方がいい。お前らの為にも、後ろにいる一般人の為にもな」
完全攻撃特化型神器、つまり武器として作られた神器の威力は、そこいらの武器や神器の火力とは桁違いの性能を誇る。
人間が神獣相手に互角以上に戦えるほど強力な神器だという。その力は計り知れない。
あの砲口がこちらへ向けられている以上下手に動くことは出来ない。
仮にあの攻撃を避けたとしても、ウェイル達の背後には株主総会に参加しに来た一般市民がいる。彼らに多大な被害が出るのは想像に容易い。
「どうしよう、ウェイル」
「どうするもなにもな。後ろに人がいる以上、動くに動けない。それに今は動く必要もない」
「……そうなの?」
状況を打破するには神龍『フレスベルグ』を借りるのが一番手っ取り早い。
だが、あまりにも多い衆人環視の中、龍の姿を見せつけるというのはあまりにもハイリスクだ。
龍と言う存在は、現代の人間にはあまり好かれていない。下手をして教会の耳にでも入れば、二人は追われる身となる。
「ボクが元の姿に戻れば」
「それは止めておけ」
「どうして?」
よくよく思い出してみればフレスに伝えて忘れていた。
龍と言う存在が、現代ではどのような扱いを受けているのかを。
「後で詳しく説明してやる。だが今のお前でも出来ることはある」
「ボクの氷の力でしょ? でもボクのツララ、あの神器には壊されちゃうよ。あれ、かなり威力強いから」
「いいんだよ。それに氷は常にツララで使う必要もないだろう。それに、もうすぐあいつがここに来てくれる。時間を稼いで後は任せよう」
そしてウェイルはこっそりとフレスにだけ聞こえる小さな声で、作戦の内容を伝えた。
「……了解」
「よし、ならやろうか。丁度入れ替わりみたいだしな」
二人の表情が変わったことにユーリは気づく。
「おい、余計なことはするなよ?」
砲口が光る。魔力を注入し始めたようだ。
「やってくれ、フレス」
「あいさ!」
フレスが手のひらを地面へ向ける。
ブシュウッと音が響くと、この辺り一帯は真っ白な霧に包まれた。
空気中の水分を一瞬にして凝結させ、白くて冷たい霧を作り出したのだ。
「煙幕か、逃がさねーよ」
魔力を込めた神器が唸る。
巨大な反動を伴い、魔力の弾が発射された。
魔力の弾は霧を切り裂きながら進み、着弾、小規模な爆発が起きる。
周囲は騒然となった。
突如として霧が発生したかと思うと、今度は爆発が起きたからだ。
「なんだ!? テロか!?」
「参加者同士の小競り合いかも知れないぞ!!」
「とにかく逃げた方がいい!」
一般市民の参加者は、その爆発に恐れをなし、一斉にその場から離れだす。
爆風により晴れた場所にはウェイルらの姿はない。
おかげで一般市民には被害はなかった模様。
「誰もいない……? ならば次を打つまでよ」
ユーリはすぐさま魔力を込め、第二弾の準備を始める。
「おい、出てこい鑑定士! さもなくば市民に被害が出るぞ!」
ユーリの脅し文句に対する返答はどこからもなかった。
「……良い態度だ。いいぜ。もう知らない」
怒り心頭のユーリに、もう容赦と言う言葉はない。
溜まった魔力をおもむろに打ちだし、轟音響かせ爆発を起こした。
爆風は周囲を包んでいた霧を容赦なく吹き飛ばす。
視界も良好になり、ユーリは改めてターゲットを補足しようと周囲を見渡した。
「……いない……!?」
しまったと思ったときにはすでに遅かった。
ユーリは一般市民を人質にすればウェイル達は必ず自分に対して何らかの抵抗を見せると踏んでいた。
「あの鑑定士、意外にも外道……!」
他人のことなどどうでも良い。
あの鑑定士はそう考える人間だったのかと、ユーリは酷い勘違いをしていた。
しかし本当のところはそうではない。それはすぐに理解することになる。
「あら、あなた、また会ったわね?」
その声にユーリは背筋が凍りつく。
恐怖によって支配された体は動くことすらままならない。
どんなにこの先生きていこうと、この声だけは忘れることは出来ない。
「ど、どこにいる!?」
「今の台詞、貴方勘違いしてるわよ?」
声のした方へ振り向く。
霧の為、影だけしか見えなかったものの、この声は間違いなくヴェクトルビアで遭遇した一人の女鑑定士。
アムステリアだった。
「お、おまえ……、どうしてここに……!?」
「そりゃ鑑定士ですもの。ここで事件があるのだから来るに決まってるでしょう? そうそう、貴方のお仲間さんでしょ? あのゴッツイ男。あまりにも不快な顔をしてたからちょっと顔面を整形してあげたわ? 今頃は嬉しくて昇天してるんじゃないかしら」
「ジャネイルをやったのか……!!」
自分よりも戦闘力の高いジャネイルがいとも簡単に屠られた。
――敵わない。
そう思ってはいるが逃げることは敵わない。
この女が逃がしてくれるはずもないからだ。
「貴方、今ウェイルのこと、一般市民を無視して会場入りしようとしたへたれ外道だと思ったんでしょ?」
ユーリは確かにウェイルのことを卑怯者だと思っていた。
一般市民を人質に取るという自分の所業こそ卑怯だと知っているのに。
「それは間違い。ウェイルは気づいたのよ。自分がいなくても一般市民に被害を出さずに貴方をぶっ倒せるって」
ユーリだってそれは嫌というほど気づかされた。
姿こそ見えぬが、それが可能な者がこの場にいるということを。
「ウェイルは私がここへ来たことに気づいた。だからこの場を去ったの。後は全て私に任せてね。この意味、判るでしょ?」
当然判っている。
この後、自分はこの女にまた体中を痛めつけられるのだと。
ユーリは震える手を何とか動かし、神器に魔力を込める。
その様子をアムステリアは嘲笑っていた。
「そんなもので私を止められると思って?」
「うるさい……!!」
嘲笑をかき消すようにユーリは叫び、魔力を放出させた。
高速の弾速がアムステリアに襲い掛かる。
だがアムステリアは避けることをしない。
「どこを見ているのかしら?」
直後、背後からアムステリアの声がした。
「なっ!?」
ユーリが驚いて振り返ったときにはすでに遅い。
すでにアムステリアの蹴りが目前に迫っていたのだから。
その蹴りは容赦なく顔面に命中。
鼻の骨など跡形もなく粉々になったことだろう。
薄れゆく意識の中、ユーリは自分が魔力を放出させた方向へと視線を向けた。
ユーリの魔力弾は間違いなく命中していたのだ。
だって、そこには――アムステリアを象った氷の塊が粉々になってあったのだから。
そして悟る。
自分は女鑑定士の贋作に向けて攻撃をしていたのだと。
それだけ理解したユーリは、そこで意識を失った。
「それにしてもこの氷像、良く出来ているね。私そっくりじゃない。……これじゃ鑑定士より贋作士を目指した方がいいんじゃない?」
頭だけになった氷の像を拾って、しみじみと呟く。
ユーリが打ったのは、フレスが氷で作ったアムステリアそっくりの氷像であった。
ウェイルの指示した作戦とはこれのこと。
霧で周囲を隠し、その隙にフレスにいくつか彫像を作らせたのだ。
よく見たら判るが、一般市民をモデルにした氷像もいくつかこの場に残っている。
氷像を作った後は、氷の霧と合わせて光を上手い具合に屈折させ、それがあたかも本人であるかのようにカモフラージュを掛けたのだ。
この霧の中だ。影程度にしか見えなくとも、ユーリにとってはそれが本物にしか見えない。
「にしても気持ち悪いわね。あんな小娘に自分のパチモノを作られるなんて」
自分の顔を象った氷像を握りつぶしたアムステリアは、残っていた他の氷像もすべて粉砕していった。
「リベア幹部はこれで二人目か。後の二人は暴力では無理そうね」
残りの二人は株主総会に参加しているはず。
であれば暴力、戦闘担当の自分の仕事はここまでだ。
アムステリアは一息ついて、足についたユーリの血をハンカチで拭うと、大ホールに視線を向ける。
「後は頼んだわよ、ウェイル」