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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第二部 第八章 銀行都市スフィアバンク編『決戦! 波乱の株主総会』
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狂気のアムステリア

 大ホールへ向かう途中、歩きながらウェイルが皆に経緯を話す。


「なるほど、そのイルアリルマって子が会場内で総会が始まったかどうかを聞いて、始まったら合図を送るって算段だったのだな?」

「そうだ。彼女はハーフエルフだからな。人間離れした聴覚を持っているから、中で総会が始まったらすぐに気づくことが出来るんだ。奴らが時間通りに総会を開くとは思えなかったからな。警戒していたんだよ。彼女にも無理を言ってサインを送る役を頼んだんだ。まず間違いなく総会開始を聞いたんだと思う」

「あの第一試験1位通過の子がまさかハーフエルフだったとは。驚いたな……」


 そう説明しているうちに会場へと辿りつく。

 正午から始まると信じて並ぶ一般参加者の間を縫いながら入口を目指した。


「入口だ!!」


 待ちわびる人の行列を退けながら進むウェイル達。

 入口の手前まで来る。

 しかし、相手はどうやら簡単には会場に入れてはくれないらしい。


「順番抜かしはいけないな……」

「他のお客さんの迷惑になるだろ!」

「総会開始は正午からだ。入場はその30分前からだ。さっさと消えてもらう」


 ウェイル達の前に立ち塞がったのは男二人。

 背後には柄の悪い男連中が十人前後いた。


「あの後ろの男には見覚えがあるぞ……」


 以前サバルと対面した時に絡んできた男連中の一部。

 こいつらがいるということは、前の男二人はさしずめリベアの関係者と言うことだろう。


「ユーリとジャネイルだな?」


 名前を告げると、男二人は見るからに表情を変えた。


「どこでその名前を知ったのかは知らない。だが、どちらにしても関係ない。入場時刻前にここを通ろうとする奴は誰であろうと排除する。やれ……!!」


 ユーリが指示を出すと、男達は一斉にウェイルへと襲い掛かった。


「サグマール、ここはいいから別のところから入れ!」

「しかし!」

「俺達の実力はお前がよく知っているだろう!? 急げ!」

「……判った、みんな、裏へまわれ!」


 頷いたサグマールは、ウェイルとフレスの二人を残し他の鑑定士を率いてこの場を離れる。


「……ジャネイル」

「判ってるって、ユーリ。奴らも逃がさねーよ。ここはこいつら二人だけだ。部下を何人か置いていく。お前だけで何とかなるだろ?」

「……ああ。はやく行け」


 ジャネイルは部下を連れ添いサグマールの後を追う。

 ジャネイルを止めようとウェイルは走り出そうとしたが、どうやらそれも出来ないらしい。


「お前まで行かせるわけがないだろう?」

「……神器か……!!」


 ユーリが大砲型の神器の砲口をウェイルに向けていたからだ。








 ――●○●○●○――








「急いで入口を探すんだ! 総会はすでに始まっている!!」

「逃がすかよぉ!!」


 サグマールはとっさに殺気を感じ、立ち止まる。

 部下を引き連れ、ジャネイルと言う男が追いかけてきた。

 臨戦態勢を指示するが、皆武器や神器等持ってはいないため、どちらかと言えば逃げ延びる体制を整えていた。


「プロ鑑定士の連中は全員止めるようにサバルに言われてるんでなぁ! てめぇら、やれ!」


 ジャネイルは男連中に、サグマール達を襲うように指示を出す。

 戦闘慣れしているのだろうか、彼らの動きに容赦などない。


「素手で戦える者はここで時間稼ぎだ! 他の者は入口を探してくれ!」


 サグマールの指示で、プロ鑑定士は数人を残し入口を探しに行った。


「……戦える者は少ないってか。今後はプロ鑑定士試験に戦闘試験も取り入れた方が良さそうだな……!!」


 サグマールがつい愚痴を漏らす。

 プロ鑑定士の多くは、多少の護身術に心得はあるものの、実践慣れしている者は少ない。

 協会に引きこもって鑑定ばかりしている鑑定士の方が多く、そういう連中はこのような状況では、足手まといにしかならない。


「おいおい、随分少なくなっちまったぁ。まあ逃げた連中も逃しはしねーよ」

「貴様ら程度この人数で十分よ」

「はっ! 部屋に引きこもってばかりの鑑定士風情が、粋がってんじゃねーよ!!」


 至る所で交戦が始まった。

 敵の数もさほど多くはない。

 これなら十分時間稼ぎにはなる。


「中々楽しませてくれるな」


 そう思ったのも束の間、サグマールの目の前にはジャネイルが立っていた。

 その腕には、有り得ない方向に腕の曲がった鑑定士が首を掴まれていた。


「このジャネイルが貴様の相手をしてやろう」


 掴んでいた鑑定士を捨てると、ジャネイルはポケットに手を突っ込む。


「くそ、厄介な……!!」


 何が厄介と言うと、奴らは全員、その手にはナイフを持っていたからだ。


「こちらは丸腰と言うのにな」

「そりゃ運の悪かったな。俺らはお前らに合わせる必要がない。素手でも十分だが、時間の無駄だ。使わせてもらうぞ?」


 案の定、ポケットからはナイフが。


「くっ!」


 容赦なく切り込んでくるジャネイルの斬撃を、サグマールはギリギリで避ける。

 しかし、ジャネイルは回避されることを読んでいたのか体を寄せようと突進してきた。


「ぐっ……!!」

「おっさん、動きは良いが歳だねぇ!」

「黙れ!」


 またもギリギリのところで突進は避けたものの今度は体勢を保てない。

 不安定な体勢に、一瞬動けなくなる時間が来る。

 ジャネイルの狙いはそれだった。


「往生しろや!!」


 ナイフが喉元目がけて振り降ろされる。

 その瞬間、サグマールは死を悟った。


「――おっと、まだサグマール殿に死んでもらっては困りますな」


 馴染みある声が聞こえると共に、ナイフの軌道がそれる。

 見ると誰かがジャネイルに体当たりを仕掛けていた。


「ナムル殿!」


 それはフレスの壺を鑑定した老鑑定士だった。


「ご無事でしたか!」

「そちらこそな。全く最近のプロ鑑定士は情けない。戦いをこんな老人に任せるのだから」

「このクソ爺が……!!」

「おっと、まだ動かないで下されや。時間はゆっくり使いませんと」


 ナムルはジャネイルに覆いかぶさるようにして、動きを封じていた。


「サグマール殿、急いで入口を探してくだされ!」

「クソ忌々しジジイだ!!」


 イラつくナムルが暴れ出す。

 年齢の差もあり、肉体もジャネイルの方が圧倒的に強い。

 そんな男が、老人を振り降ろそうと暴れているのだ。

 しかしながらナムルはしがみつづけていた。

 一秒でも長くサグマールを逃がす時間を作ろうとしているかのように。

 それでも、力の差は歴然。

 ついにナムルは振り飛ばされ、体を地面に叩きつけられた。


「……サグマール殿、お急ぎを……!!」

「よくぞ邪魔してくれたな……。だったらお前から先に!!」


 ジャネイルは手に持つナイフを握り直すと、ナムルに向かって振り降ろした。


「ナムル殿!!」


 サグマールが手を伸ばし、ナムルを助けようとした。


 ――しかし。


 鮮血が飛んだ。

 血塗られたナイフが、真っ直ぐに突き立てられていた。


「ナムル殿!! ……な!?」


 ことの異常さに気付いたサグマールは、思わず素っ頓狂な声をあげた。


「なっ……!! なんだ、お前は!?」


 ジャネイルすら、その異様な状況に目を見開いている。

 ジャネイルは間違いなくナイフを突き立てた。

 そしてそれは人に刺さったはずだ。

 だが、刺されていたのはナムルではなかった。

 視界にすら捕えられない速さで、何者かが身代わりになったのだ。


「お前、一体誰だ……!?」


 ナムルの体を庇うかのように身代わりとなっていたのは、スラリと黒い髪が伸びた女性だった。

 血に髪が濡れ、周囲は真っ赤に染まり始める。


「邪魔しやがって、このクソアマァ!!」


 またも邪魔されたことに激情するジャネイルは、刺さったナイフを引っこ抜く。

 邪魔な女を蹴り飛ばし、ナムルへ向けて刃を下ろした。



「あ~あ。痛かった。でもどうやら間に合ったみたいね。大丈夫? ナムルさん?」

「アムステリア!?」


 ナムルを庇い、ジャネイルを蹴り飛ばしたのは、他ならぬこの女、アムステリア。

 その台詞がジャネイルに聞こえた時、ジャネイルは宙を舞っていた。


(眩暈……!? いや、これは……俺が宙に浮いているのか!?)


 大きく回転しながら、ジャネイルは重力に逆らう。

 

「ナイフのお礼ね」


 地を蹴り舞い上がったアムステリアは、重力の力を借りてジャネイルを叩き蹴り飛ばす。

 

「あらお似合い♪」


 叩きつけられたジャネイルは、潰れたカエルの様に這いつくばる。

 悲鳴や絶叫をする時間すら与えず、アムステリアの蹴りが炸裂したのだ。


「……アムステリア殿か……、助かった……」

「全くナムルの爺さん、カッコつけるのもいいけど歳考えなよ」

「いやいや、年寄りは後先短いからな。こういう場面では率先して出てこないと」


 ナイフで刺されたはずのアムステリアだが、何事もなかったかのようにピンピンしている。

 アムステリアの体が丈夫すぎることは、プロ鑑定士の中でも有名なことだった。

 もっとも、何故そんな体を持っているのか、その体の仕組みはどうなっているのか。

 その本当の理由や理屈はウェイルを含めた一部の者にしか知られていない。


「な……なに…………?」


 蹴り飛ばされたジャネイルは、信じられないと言った表情でアムステリアを見上げた。


「奴を、奴を殺せ……!!」

「あらやだ、まだ意識があるのね。結構頑丈なのね、あなた」

「誰でもいい! 殺した奴には報奨金を弾む!」


 地を這うジャネイルの命令は無様にも虚空へと消え去る。

 彼の部下に、一人としても地に立つ者はいなかったからだ。


「どうして誰も残っていないんだ……?」

「そりゃ私が掃除をしたからよ。あんなゴミクズはさっさと捨てるべきだわ」


 ナムルを助けた時には、すでにアムステリアが他の連中をなぎ倒していたのだ。


「さて、覚悟はいいかしら……? 久しぶりに頑丈な男に出会ったからねぇ。楽しませてもらうわよ?」


 その瞬間、ジャネイルは生まれて初めてぞっとしたのかもしれない。

 背筋が凍るとはこういう感覚か。

 目の前に立つ女から放たれたその言葉に、ジャネイルは人生を諦めざるを得なかった。


「ナムルの爺さんを殺そうとした罪は重い。さあ、存分に楽しんで?」


 後は一方的な暴行。

 アムステリアに容赦など存在しない。

 殴られ続け、ようやく気付く。

 狂気に壊れた人間がこれほどまでに恐怖するものなのだということを。


「あら、流石に殺すのはまずいかしら」


 血にまみれた拳を振い、胸倉を掴んでいた手を離す。

 意識のないジャネイルはそのまま崩れ落ちた。


「あんまり鑑定士を舐めないことね?」


 その光景はまさに悪魔絵図。

 男達を踏み倒し、アムステリアは歩き出す。

 拳には血をしたたらせ、表情は妖艶な笑みを浮かべて。


「さあ、サグマール。アンタらはさっさと裏から行きなさい!」

「お前が味方でよかったとこれほど強く思った日はないよ……」


 サグマールを含めたプロ鑑定士数十人は、ウェイル達に先んじて会場内に入ることに成功した。


「さて、私はウェイルのところへ、と」



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