それぞれの一週間
「アレス様。ウェイルに電信を打っておきましたよ」
「よし。あいつのことだ、上手くやるだろう。……しかしながらこれほど上空に来たのは初めてだ。まさか龍が実在するとはな……」
王都ヴェクトルビアがリベアのものに落ちて一週間。
国王アレスは、なんとか逃げ延びていた。
「あら、アレス様は他にも龍を見ているんですよ?」
「そ、そうなのか!? いつだ!?」
「ほんの数日前ですよ。まあそんなことはどうでもいいです。それにしても、あいつ等無茶苦茶しますよねぇ」
「まさか我が国が乗っ取られようとは……。だが、必ず取り戻す。取り戻せる。これも全てお前のおかげだよ。しかし、どうして戻ってきたんだ? ――フロリア」
アレスは、その隣で笑いながら佇み彼女を見て、疑問を投げかける。
ヴェクトルビアが買収される寸前の時、アレスの目の前に現れたのが彼女。
裏切られた時の苦い記憶が蘇り、最初こそは警戒していたものの、少し話してみると、やっぱり親しい頃のフロリアであった。
フロリアはリベアの思惑を全てアレスに語り、リベアの手が回る前に救い出してくれたのだ。
「どうしてですかね? 私にもよく判らないんです。でも一つだけ言えるのは、アレス様に使えていた時、私毎日が楽しかったですよ」
「そう、か。奇遇だな。実はワシもそう思っていた」
「気が合いますね」
「腹黒い女が好きだからな」
「アレス様の悪趣味ですねぇ」
「まあな。でないとお前さんの相手なんかできん。事件が終わった後ゆっくり語り明かすとしようか」
「そうしましょう♪」
フロリアはいつだってこの調子。
思えば当時からも自由奔放なところはあった。
フロリアが自分を助けてくれた目的は何にしろ、彼女は自分にとって大切な人間に違いはない。当時も今もだ。
夜の上空、久しぶりに懐かしい会話を交わしたアレスだった。
――●○●○●○――
「師匠! これで大体全部回ったのかな!?」
「ああ。おそらくは問題ないだろう。これで奴らを牽制できる」
ギルパーニャとシュラディンは独自に行動していた。
とある人物を伴って。
「しかし、本当に助かりましたよ、ヤンク殿」
「いやなに、ウェイルの師匠の頼みともあっちゃ聞かないわけにもいかんしな。それにこれはビジネスを広げるいいチャンスだったよ。アンタらの為というより、自分の為にやったことだ」
「そう言ってもらえると助かります。それで、当日はどうします?」
「俺は隠居した身だ。行ったところで何の力にもなれん。だからこれを渡しておく」
ヤンクは封筒を一枚、シュラディンに手渡した。
「……いいのですかな?」
「ウェイルの野郎には借りがあるからな。師匠を通じて返したってことでよろしいか?」
「ハッハ、全く構いません。そういうことなら使わせてもらいましょう」
「師匠、急ごう! 汽車が来る! ヤンクさんもまたね!」
「ああ、ギルちゃん。またうちへ泊りに来てくれよ」
「はい! フレスと一緒に!」
起死回生の切り札をしっかりと握りしめ、シュラディンとギルパーニャは汽車へと乗り込んでいった。
――●○●○●○――
「メイラルド、状況はどうなのです?」
王都ヴェクトルビアの王宮。
すでに新リベアの本社社長室として占拠した謁見の間で、4人の声がこだましていた。
「概ね順調です。現在我々が所持しているリベアの株式は43%。リベア系列の子会社が持つ株が11%。これだけですでに過半数。残りの46%は一般投資家ですが、その大多数は我々の営業方針に賛成の意を示しております。6%の投資家からは委任状を預かっておりますので、実質我々が持っている株の割合は60%。我々を邪魔できるものは皆無といえましょう」
4人の中でただ一人女性であるメイラルドは、淡々と状況を説明しながら縁の太いメガネを食いと持ち上げ掛け直している。
ハルマーチの親族として潜り込んだメイラルドは、若さと、その美貌を生かして貴族へ取り入り、ハルマーチに対しても簡単な暗示を掛けていた。
ハルマーチが暴走したきっかけ自体は、本人が日頃抱いていたアレスへの嫉妬ではあったが、そうなるように精神操作を掛けていたのは他ならないメイラルドだった。
「しかしたった60%だろ。子会社の11%だって委任状があるわけじゃないし、絶対に言うことを聞くわけではない。そこのところ、どう考えているだ? 兄者」
次の発言したのは、サバルの弟、ジャネイル。
澄ました態度を取るサバルとは違い、大柄で肉体派な弟だった。
「心配することはない。子会社が本社を裏切ることはないだろう。裏切った瞬間倒産なんだからな。それにこの株主総会に協力すれば報酬は約束している。進んで報酬を手放すような奴はいないさ」
「それならいいんだがな。ほら、スフィアバンクで兄者と話した鑑定士がいるだろ。あいつ等、何かしてこないのか?」
「あの鑑定士一人で何が出来る。どうせ我が社の株も持っていないだろうし、会場に入ることすら出来ないだろうよ。もし邪魔でもしてくるんだったら、それこそジャネイル、お前の出番だ」
それを聞いてジャネイルはにやつき始める。
「了解。命はとるつもりないが、事故ってのは起こりうるよな?」
「当然だ。お前の部下達はいつも血気盛んだからな。何が起こってもおかしくはない」
ジャネイルの部下とは、スフィアバンクでサバルを護衛していた者達。
厄介毎があれば、いつもジャネイルが連中を連れて対処に当たる。
「ユーリ。怪我は平気か?」
「ああ。……にしてもプロ鑑定士協会の奴ら、元『不完全』の連中まで抱えていやがったとは……」
ヴェクトルビアで暴動を起こそうとした男ユーリ。
アムステリアの機転と行動で、暴動が起きることはなかった。
アムステリアは彼を逮捕しようとしたが、実際ユーリはアムステリアが逮捕するに値することは、あの場ではやってない。
思いっきり体中に怪我を負い、情報が抜かれてはしまったが、拘束自体はされなかったのだ。
「その情報、『不完全』側にも流しておけよ」
「すでに流したさ。それにプロ鑑定士協会を脅すには良い材料が手に入った。実はすでに脅迫状を送りつけている。『元『不完全』を鑑定士にしていることを世間にばらされたくなければ、当分下手な動きはするな』とな。プロ鑑定士協会が脅しに屈するとは思わないが、多少の効果はあると睨んでいる」
「ふむ。確かにプロ鑑定士協会は厄介だからな。下手に動かれると困るってのはある」
「サバル。提案があります」
「行ってみろ、メイラルド」
「私が独自に掴んでいる情報によりますと、やはりプロ鑑定士協会は何らかのアクションを起こしているよう。当日に何かしでかしてくることは火を見るより明らかです。そこでどうでしょう。罠を仕掛けるというのは」
「罠……? なんだ?」
「株主総会をですね――」
メイラルドの提案は実行されることに。
新リベアの幹部4人は階段を終えると、アレスのコレクションルームへと向かった。
「一流の品ばかりだ」
「『セルク・オリジン』もどこかにあるはずです。探しますか?」
「総会後ゆっくりと探すとしよう。……おお、これが欲しかったのだよ。この絵画が……!!」
アレスのコレクション。
4人がヴェクトルビアを狙った理由の一つでもあったのだ。
「リンネの彫像か。流石は国王、どれも素晴らしい一流の芸術品ばかりだ。……ん?」
ユーリが気づく。
コレクションルームの床に、一枚の羽根が落ちていることに。
「……カラスの羽か……?」
よく見ると黒に近い紫の色をする羽。
「しばらく掃除をしていなかったのか」
その羽をポケットに入れたユーリは、他の幹部たちと芸術鑑賞に耽ったのだった。