ウェイルの切り札
ウェイルとサバルが直接対決した日の午後六時。
大暴落を続けていたハクロア、リベルテの価値は一変、急激な暴騰を見せることになった。
逆に超高騰を続けていたレギオンの価値は元の値段辺りに戻ってしまった。
次の日の新聞の一面には、新リベアがハクロアを買い占め、ヴェクトルビアの実権は実質リベアが掌握したと報じられる。
大陸全土は、一企業が大都市を侵略したとして恐怖に震えあがったという。
プロ鑑定士協会や世界競売協会、治安局も、この事件の影響を受け、早急に対策を講じることになった。
世界競売協会の規定では、企業が他企業を買い取った場合、その企業の運営権の移行は、買い取られた日から数えて2週間後と定められている。
そしてぴったり2週間後には、株主総会を開くことが義務付けられている。
つまりヴェクトルビアはこの株主総会で有効な手段を取れなければ、実質後2週間で崩壊だ。
リベア所有の都市になってしまう。
治安局やプロ鑑定士協会は、なんとしてもこの行動を阻止しようと色々と情報を集めて論じたが、結局何の対策も思い浮かばなかったという。
――●○●○●○――
「後一週間かぁ……」
ひとまずマリアステルに戻ったウェイル達は、この日もサグマールやアムステリア、ついてきたイルアリルマ、治安局員であるステイリィを交えて対策を考えていた。
「サバル達リベアは、すでにヴェクトルビア王室に指示を出しているそうだ」
「私、一昨日までヴェクトルビアにいたけど、住民達の動きは両極端にあったわ。復活した新リベアの社長、サバルは住民に対して何度か講演を行ったの。その内容は、ポジティブの内容だけのお粗末さで笑えたけど、頭の悪い住人はそれで満足していたみたい。全く税金完全撤廃とかよく言えたものよ」
アムステリアが嘆息する。
「税金取らなくなったら、その都市は終わりなのにな」
税金とは一般市民にとっては不満のある制度だが、実際にはないと困る制度なのだ。
以前ヴェクトルビアは水不足で困ったことがある。
国王主導で井戸を掘り、水不足は解消されたが、この井戸の製作費は全て税金だった。
また井戸には維持費がかかる。それも税金だし、公共の施設、教育現場、それら全ては税金で賄われている。住民が豊かに過ごすために必要不可欠なもの。それが税金だ。
「もっとも、頭の良い人達は危険性に気付いて、ヴェクトルビアから離れていったようだけど」
ヴェクトルビア崩壊の日まで残り一週間にもなると、リベアに反発する住民達が続々とヴェクトルビアを離れていく事態が起こった。
治安の悪化も原因の一つだ。
もし税金が無くなれば、この治安を守ってきた王宮の兵士に払う給料がない。
ならば治安はさらに悪くなってしまうだろう。
「アレス、無事かなぁ……」
フレスが心配だったのは国王アレスの身柄。
王族、貴族は、これまでの振る舞いは当然禁止されることになり、行動の全てはリベアの監視下に置かれることになっている。
リベアにとっては王族は邪魔ですらない。
株主総会の結果によっては、王族、貴族連中は最悪皆処刑されてしまうだろう。
「アレスのことだから大丈夫だとは思うが。一体どこへ行ったのだろうか」
実は、アレスはフレス達がマリアステルに戻った日の夜から行方不明になっていた。
リベアはアレスの不在を良いことに、アレスの悪評を言いたい放題広げている。
こんな重要な時期に、国王自ら逃げ出した、と、重要な時期を作り出した本人が言って回っているのだ。
「国王のことはひとまず置いておこう。問題は株主総会だ」
一週間後にスフィアバンクで開かれる株主総会。
総会に参加できるのは、当然株主だけ。
「そういえばウェイル。スフィアバンクで、このことが切り札になる、とか何か言っていたな。あれは何だ?」
「ああ。実は俺達には秘密兵器があるんだよ。なぁ、フレス」
「うん! 本当は騙されて買ったものなんだけど、まさか生きてくるとは思わなかったね!」
ウェイルが金庫を開けて取り出したのは、フレスの所有するリベアの株券。
「なっ……!? こんなに株券があるのか!?」
「確か30%くらいあるんだったよな」
「うん。たくさん買っちゃった。当時安かったし」
当時リベアの株は絶賛大暴落中だった。
ちなみに現在では超高騰し、フレスの持つこの株券の値段は、総額41億ハクロアというものになっている。
「41万ハクロアが、41億ハクロアになっちゃったよ! にゃはは」
新リベアの行動は一見暴挙であると思われがちだったが、大陸の投資家からはおおむね好評だった。
株の値段が上がることは確実だったし、持っているだけで何か得があるのではないかと思ったからだ。
事実、新リベアは株主に対し、自分達のやり方に反対しないのであれば、相当な見返りは用意すると発表したからだ。
こうなると新リベア体制に反対する者は少なくなるだろう。
だからこそ30%も持っているウェイル達が、大きく主張せねばならない。
「会場は敵だらけだと予想している」
「そうだろうな。来ている者のほとんどは新リベア賛成派だろう。しかし手はある。奴らはウェイルがこれほど株式を持っているとは未だに知らないはずだ。だとすればそれはチャンスになる」
あれだけ大見栄きったのだ。サバルもウェイルのことを多少は警戒しているだろう。
だが、それは会場外から何かしてくるとの警戒のはずだ。
まさか会場内に入れるとは思ってもいないはず。
「会場に入ったら嫌でも警戒されるけどな。それでも、相手からすれば予想外の出来事だ。作戦はないだろうし、護衛達の連携も上手くは出来ないだろう」
「だな。問題は発言権だが……」
「25%以上あれば発言できるから一応は大丈夫だ。しかし、奴らがどれほど自社株を持っているかは判らない。対抗できるかどうかは……」
その懸念に、一同静まる。
おずおずと沈黙を破ったのはステイリィだった。
「当日、我々は手を出せません。世界競売協会の管轄ですからね。ですから、ウェイルさん達が何をされようが、指を咥えてみることしかできません」
「……そうだろうな……」
世界競売協会の管轄下にある施設の内部、その周辺では、治安局の行動は著しく制限される。
どんな人物がどんな行動に出ようが、競売は全て公平に、それが協会のモットーであり、絶対のルールだからだ。
例え治安局員でも、競売の妨げをしてはならない。
「ですが、反対に考えてください。ウェイルさん達がどんなことをしても、我々は手を出すことが出来ない、と」
これはステイリィなりのウェイルへのエールだった。
どんなことをしても自分達は動けない。
だったら好き勝手やってきてください、とそういう意味。
「治安局の小娘も良いこと言うじゃない。私は会場の外で好き勝手やらせてもらうわ」
意気込むアムステリアに、ウェイルが提案する。
「どうせなら一緒に暴れよう」
ウェイルには面白い作戦があった。
フレスの株券を一度だけ担保として預かったとき、思いついた作戦だ。
またサグマール達には話してなかったものの、昨日シュラディンから連絡が来ていた。
その事実を踏まえ、ウェイルは勝てると確信していた。
作戦の内容を皆に話す。
サグマールは驚いていたが、アムステリアとフレスは、結局こうなるのね、と納得していた。
「リル。君にも頼みたいことがある」
作戦の開始のベルを鳴らす役目。
そんな大役を仰せつかったのはイルアリルマ。
「私に任せてください」
彼女も奴隷商売の件でリベアには恨みがある。
ウェイルが以前言ったサポートに徹しろという言葉。
イルアリルマはそれを成し遂げるため、ウェイルの作戦の準備を周到に行った。
ウェイルの作戦を実行に移すために、サグマールは必至に足を動かした。
アムステリアも準備に抜かりはない。とある目的の為に、とある場所へ向かっていた。
シュラディンやギルパーニャの方も、総会の日には間に合わせるという。
「必ずヴェクトルビアを守ってみせる」
ウェイルの決意に、皆同意し、深く頷き合ったのだった。