買収された王都
ウェイル達が中央為替市場に入ったときには、すでに午後三時を過ぎていた。
つまり情報が更新されている。
二人は急いで掲示板に向かった。
「…………始まったか……!!」
掲示板に描かれたハクロアの価値の曲線。
それがついに下落をストップさせていたのだ。
「ねぇ、これってどういうことなの!?」
フレスは、ハクロアはこのまま下落の一途を辿ると思っていたようだ。
それはここにいる市場関係者共通の認識だった。
それが予想を大きく裏切る結果となっている。
しかし、ウェイルはこうなることを予知していた。
いや、予知とかいう曖昧なものではない。むしろ確信に近かった。
何せ、リベアがこれからするであろうことを考えれば、簡単に予測できること。
「さっきの男がレギオンを売り払い、代わりに価値の下がったハクロアを大量に購入したんだ。だからハクロアの需要が上がったということで下落もストップした。おそらく市場の連中の大半は、この下落ストップは大したことのない誤差程度だと思っているに違いない。だが、感の鋭い連中や、関係者は理解しているはずだ。ハクロアの価値が上がってきているということを」
レギオンの価値を見ると、当然のことだが上昇が止まっていた。
情報の更新は3時間に一度だ。
この更新と更新の間の時間、大きな変動があったに違いない。
だが、それを一般投資家が知るには情報の更新を見るしかない。
この3時間というのは、ある意味隠された時間なのだ。
「こりゃ次の情報更新時には大変なことになってるな……」
おそらくはレギオンの暴落。
そしてハクロアの急上昇だろう。
これから3時間後。
中央為替市場が大いに混乱するのは火を見るより明らか。
「ウェイル! さっきの奴、いた!」
フレスの指さす先に、先程の男がいた。
奴らがいるたのは、為替市場の方ではなく、株式市場。
「あいつ、かなり行動が早いぞ……!!」
ある意味してやられた。
あの護衛連中は最初から時間稼ぎの為に連れてきていたのかもしれない。
そう、リベアの作戦を完遂させるための、最後の時間稼ぎ。
「あ、こっちに来るよ!?」
ウェイルに姿を確認した先程の男は、本当に嫌らしい笑顔で、此方へ向かってきた。
「また会いましたね、警備員さん。今は休憩で?」
「……もうそういうのはいい。知ってるんだろう? こっちのこと」
あえて皮肉を垂れる男に、いい加減イラついてくる。
「はは、当然ですよ。貴方みたいに眼の良い警備員なんていませんからね? そうだ。名前を教えてなかったですね。警備員の方に名乗る名などありませんが、鑑定士の方でしたら教えて差し上げますよ」
(こいつ、やはり全部掴んでいやがった)
流石は大企業というべきか、その情報網は侮れない。
「私の名前はサバル。サバル・ヴィオ・リベアと申します。流石はヴェクトルビアの事件を解決、さらに言えばハンダウクルクスの人間為替まで潰してくれた鑑定士。ウェイルさん、でしたっけ?」
薄ら笑うサバル。
彼はウェイルのことすらも調べ上げていたようだ。
しかし、まさかサバルの方から打ち明けてくれるとは思いもしなかった。
「随分とあっさり身を明かしてくれたな。こっちはそれが知りたくて色々と企てたというのに」
いくら名前が割れている可能性があるとはいえ、自ら名をばらす必要はない。
つまり名がばれても、特に支障のないところまで計画は進行しているということ。
「もう、ばらしてもいい時期に入ったってことか……!!」
「ええ。たった今全ての契約を終えたところです。今日は我々新リベアの創立記念日となる。そして同時に建国記念日にも、ね」
恐れていた最悪の事態。
それがこれから現実のものになろうとしている。
「ハクロアを買い占めたのか!!」
「ええ。我々新リベアは価値の暴騰したレギオンを全て売り去り、代わりに暴落したハクロアを大量に買ったのです。現在流通しているハクロアの、およそ62%を取得しました」
「そのハクロアを使ってアレスを脅すんだな?」
「脅すなんてとんでもない! 国や都市も一企業と変わりません。発行した貨幣の50%を取得されたら、購入者の言うことを聞かざるを得ない。そうでしょう? 脅しじゃないんですよ。何せヴェクトルビアはすでに我々のものなのですから。我々から言わせれば彼らは不法侵入者ですよ。不法侵入者に出て行ってくれとお願いをするだけです。何も違法なことをしていないのですから、これは当然の権利なのですよ?」
サバルのことは気に食わないが、彼の言うことは全て正論だった。
本来株式や貨幣とはそういうものなのだ。
彼らは陰謀を企ててはいたものの、言い方を変えれば企業戦略としてハクロアを集めた。
そして50%以上を正式に取得したのだから、表向き違法なことは何もない。
「上手い奴だ。リベアを一度倒産させたのも、違法な案件の責任を逃れるためにしたってわけか……!!」
奴隷取引等の証拠は出ている。
だがそれは旧リベアの業務内容と言うことになっている。
つまり一度倒産し、新しくなったリベアには何の関係もないということだ。
「ええ。それも倒産した理由の一つですね。市場の目を背けるためだとか、他にも色々と倒産した理由はありますよ。もっとも大きな理由は株式の値を下げることでしたが」
「……お前ら、まさか旧リベアの株を……!!」
「当然旧リベアの株と新リベアの株は同じですよ。我々リベア一族は当然のことながら大量の株券を持っていますから、他の誰も我々の企業活動に反対が出来ないんですよ。そうしないと、新しく発行した場合誰かに買われてしまうかも知れませんし、発行するのもただではないのですから。我々はあくまで企業としてヴェクトルビアを買い取ったわけですからねぇ」
企業の名を背負ってヴェクトルビアを征服する事には大きな意味がある。
もし仮に、これが企業ではなく個人で、だとすれば、侵略行為とみなして治安局に訴えることが出来る。
当然、治安局が出てくれば、サバル達は逮捕されてしまう。
しかし企業となれば話は別だ。
企業として世界競売協会に申請していれば、企業は一定の活動を協会から保護してもらえることになる。
もちろん違法なことに手を染めれば協会は黙ってはいないが、腹の立つことにサバル達は一応筋を通しているのだ。
ハクロアを買い占めることも、買い占めたハクロアでヴェクトルビアの実権を握るのも、全てはルールの範囲内なのである。
これまではそんな大それたことをする者がいなかったため、誰もその危険性を指摘していなかった。
まさか貨幣を集め、一都市を乗っ取るなど誰が考えようものか。
「我々は法人で、企業を運営していく活動の一環としてヴェクトルビアを制そうと思っただけです。貴方方鑑定士は、これ以上介入することは出来ないでしょう? もし介入したければ株主になることですね。もっとも、株主が企業側に意見するには、25%以上の株が必要というわけですが。それに市場に残っていたリベア株はたった今私達が全て買い占めました。もう1株たりとも余ってはいません」
サバルは高笑いを上げていた。
人の目も気にせず、ただひたすらに大声を上げている。
まるですべてを手に入れた。
そうと周りに伝えんが如く。
「アーッハッハッハッハッハッハッハッ!! 本当に今日は良き日だ。さっき貴方方に、ヴェクトルビアでの暴動は失敗に終わったと聞いた時はヒヤッとしたものです。あの暴動は王家の連中の手を煩わせ時間稼ぎをするため、ついでにヴェクトルビアの価値も下がればいいと思って計画した事。全ての契約が終わった今、もう関係のない! 我々は大量のハクロアを手に入れ、ヴェクトルビアの実権を手に入れた! リベアは大陸でもっとも巨大な企業になる!! どうです、鑑定士さん、どうです!? 我々の計画は!? アーッハハハハハハッ!!」
完全に狂気の目だった。
何かに憑りつかれたかのように、笑いを止めない。
「ウェイル、この人、どこかおかしいよ……!!」
思わずフレスも恐怖を感じ、ウェイルの後ろに隠れてしまうほど。
しかし、ウェイルは努めて冷静に、そして冷たい声でこう告げた。
「本当にそうなるかな……?」
あまりにも冷たい声に、サバルの顔から狂気が消える。
「…………何?」
打って変わって冷めた鋭い声。
「だから、本当にヴェクトルビアの実権を握ったと、そうなるのかなと」
「そうなるでしょう! 我々は全ての条件をクリアしたんですよ!? 我々を止めることができるのは誰もいない!」
「サバル。お前、次期社長なんだろ? だったら株式会社が最も重視せねばならない決議は何かくらい知ってるだろう」
「…………鑑定士さん。アンタまだ何かするつもりか……?」
ウェイルはサバルに指を突き立てる。
中央為替市場にいた者のほとんどは、高笑いを上げたサバルの方を向いていた。
それら野次馬の視線を一身に集め、ウェイルは宣言する。
「株主総会で決着をつけよう」
「……いいでしょう。全て叩き潰してあげますよ」
大陸全土を巻き込んだリベアブラザーズの事件は、ついに最終決戦を迎えることになった。