リベアブラザーズ登場
二人が中央為替市場に向かう途中だった。
鋭い視線で辺りを警戒して歩き回る連中がいた。
「いた! あの人っぽい!」
「どうやら間違いなさそうだ。あれがリベアの関係者か……」
その連中の中央。
やたら背の高い白髪の男が、付き人を連れ添い歩いていたのだ。
そいつがリベアの関係者に間違いない。
周囲の連中は、その護衛というわけだ。
「なるほどね。あんなに殺気を放ちながらこの都市に入った連中がいたんだ。リルが驚くのも無理はない」
彼女の察覚は、連中の発する威圧感や殺気を見事に感じ取ったというわけだ。
おかげで、奴らが中央為替市場に入る前に姿を拝めそうだ。
ウェイル達の接近によって、敵についている護衛の連中に緊張が走る。
そして、その緊張は鋭い殺気に変化した。
表情が変わり、視線は真っ直ぐにウェイル達へ。
護衛団のうち2、3人が一歩前に出て警戒を強めた。
「さて、ご対面だ」
ウェイルとフレスはというと、そんな彼らの放つ殺気に臆することもなく、一団の進行方向上で歩みを止めた。
彼らに対し、真っ直ぐと視線を送り返す。
「何者だ!?」
柄の悪い護衛が一人、さらに一歩前へ出て怒鳴りをあげる。
その手はポケットに。
おそらくはナイフ。
彼らとて重要な取引前なのだ。刃物を取り出す覚悟はあるようだ。
無論ウェイルはそれを百も承知だった。
嫌味な笑みを浮かべて、こう切り返す。
「そっちこそ、そんなに柄の悪い連中つれて、一体何をするつもりなんだ?」
ウェイルの質問は、その一団の中心人物である白髪の男に向けたものだ。
「てめえに応える義理はないだろう。そこをどけ」
代わりに返答したのは奮い立つ周囲の護衛達。
殺気渦巻き、今にも事件に発展しそうなこの場だったが、その当事者であるウェイルとフレスは涼しい顔そのもの。
そしてこの場でもう一人、涼しい顔を浮かべていた者がいた。
その者は手をあげると、護衛の連中に下がるよう指示をした。
その命令には逆らえないのか、あれほどいきり立っていた護衛の連中でも、ポケットに入れていた手を出し、引き下がる。
「すまないね。この者達は私の護衛でね。職業柄、少々血気盛んで柄も悪い。この都市にはふさわしくなさそうだから君たちが警戒するのも無理はないよな。悪かった。我々は、というより私はこれから中央為替市場で取引をしたいだけなんだよ」
食えない男だと思った。
おそらくこの男、ウェイルの正体もあらかた知っているのではなかろうか。
出来る限り物事を穏便に済ませたい、とそう思っているのだろう。
それにウェイル達も下手に手を出せないことも知っている。
こいつは間違いなくリベアの者だ。
頭が切れるのは当然と言えば当然だ。
こういう相手とやりあうのは至難の業と言える。
とにかく必要な情報だけは手に入れないとならない。
「俺達は中央為替市場の警備を任されている者だ。貴方方のお名前は?」
ウェイルは大きめの声で嘘を吐く。
腹の探り合いは、嘘の付き合いだ。
そして先に嘘に矛盾が出た方の負けなのだ。
先制攻撃したのはウェイル。
「警備員の方に名乗る制度は、ここにはなかったはずですが。いつの間に制度が変わったのかな?」
上手いレシーブだった。
ここで下手に嘘で返すと、次はそこを突かれて負けるだけだ。
こういう時に有効なのは、話題のすり替え。
もっとも、これも応急処置に過ぎず、再び話題を蒸し返されるとどうしようもないのだが。
「いえいえ、私達も仕事でして。貴方は別に構わないのですが、周囲の連中がね。中央市場に来てくれている他のお客さんが怯えてしまう、と私の懸念はそれだけだったのです」
話題対象を周囲の連中にすり替える。
もっともらしい理由だし、相手としても切り捨てやすい話題。
「ああ、そういうことですか。そうですね。この人達は護衛としては優秀なのですが、確かに取引の現場にはふさわしくないですね。皆さん、会場外で待っていていただけますか?」
男の声に、周囲の連中は渋々承諾する。
殺気の色濃い視線は、今もウェイルを串刺しにしている。
「これで構いませんか?」
「はい。問題ありません。さあ、中へどうぞ」
ウェイルに促されると、満足げに歩みを進め始める男。
ウェイルの傍を通り過ぎる時、一瞬だけ一瞥をくれてくる。
その顔はというと、ウェイルを嘲笑っていた。
付き人と共に中央為替市場へと向かっていく。
――ウェイルはその背中に向かって、叫んだ。
「そういえば、ご存知ですか?」
その声に反応するように、男が振り返る。
「何を、ですか?」
やはり、その顔は笑っていた。
「ヴェクトルビアでの暴動、起きなかったみたいですよ?」
ウェイルには見えた。
今の言葉で、男の表情が一瞬だけ揺らいだのを。
「へぇ、それは良かったですね。私、ヴェクトルビアの国王、アレス公を尊敬していまして。王が無事であればホッとしましたよ」
「そうですねぇ。あ、そうそう、そのヴェクトルビアでのことですが、アレスを陥れようとしていた連中の一人、確か名前をユーリとかいう者なんですが、逮捕されたみたいですよ。国王が被害に遭わなくてよかったよかった」
「そ、そうですか……」
少し雰囲気が悪くなった。
実際にはユーリは逮捕できていない。
アムステリアが捕まえたあの段階では、大きな拘束理由がなかったためだ。
そう思ったのか、ガラの悪い護衛連中が、じりじりとウェイルへ寄ってくる。
「すみませんね。私、これから取引があるもので。そのお話は彼らにでもしてやってください。私を待つ間、きっと退屈でしょうから」
(そうきたか)
男はもう一切振り返らず、為替市場へと入っていった。
「ウェイル、いいの!?」
「おそらく、あいつは取引にまつわる面倒事は全てにおいて手を回しているはずだ。今更どうこうは出来ないだろうよ」
悔しいが、こればかりはどうしようもなかった。
物理的に止める選択肢以外は、全て裏で手を回されているはずだ。
奴らがこの計画を進めるために費やした資産と、時間はそれこそ半端ではない。
今更鑑定士が数人対処に当たったくらいで破綻するような計画ではないはずだ。
「それより、目前の心配もしないとな?」
気が付けば、ウェイルとフレスは、護衛の連中に囲まれていた。
「よお、兄ちゃん。俺らにさ、今の話詳しく教えてくれよ」
「結構興味あるんだよねぇ、その話」
「それによ? ここの警備をしているって話も詳しく聞きてえなあ」
「まさか幼女を連れて警備している奴がいるとは思わなかったぜ」
「うがーーーー!! 誰が幼女じゃーーーー!!」
相変わらずその言葉には反応するフレスは置いておいて、この状況は少しばかりまずい。
こいつらを蹴飛ばして中央為替市場へと向かうのは容易い。
だが、問題はそれが出来にくいこと。
荒事に関して厳しいスフィアバンク内で、戦闘を行うのは困難だ。
最悪、都市外へつまみ出されてしまう。
敵も同時につまみ出されるだろうが、彼らにとっては別にどうってことはない話だ。
むしろ最初からそれ狙いなのかもしれない。
(先程のやり取りで、良い情報は手に入った。暴動が起きなかったことは奴等にとっては想定外であったことと、奴がやはりリベアの関係者であること。これが判っただけでも十分だ。……が、この状況、果たしてどうしたもんかね)
ウェイルは無言を続けていた。
その反応に業を煮やしたのか、護衛の男達も、しきりと威圧してくる。
「なぁなぁ、早く教えてくれよ。俺達は暇なんだからよ」
汚い顔が目前にまで迫ってくる。
ぶん殴ってやろうかとも考えた。
だが、あえて踏みとどまった。
一つだけ希望があることを知っていたから。
彼女なら、間違いなく気を利かせてくれるはずだから。
「すみませ~~ん、ウェイルさん、フレスさん、交代の時間ですよお~~」
(――完璧だ、リル!)
とてとてと走ってきたのはイルアリルマ。
ウェイルは先程から、わざと大きな声で会話をしていた。
全てはイルアリルマに会話を聞いてもらう為。
ウェイルの吐いた警備員という嘘を、その超聴覚で聞き取った彼女は、あえてその嘘にのることで二人をサポートしにきてくれたのだ。
「さあ、早くあがってください! ここからは私がやりますから」
「すまないな。じゃあ、後は頼む」
「お任せください!」
イルアリルマの機転により、二人は男達から解放された。
男連中もウェイルを追うことは出来ない。
何故なら彼らはウェイル達のことは警備員だという前提で、脅迫を進めていた。
それがたった今から警備員ではなくなり、ただの一般人と化したのだ。
ここで下手に絡むと、今度は本物の監視の目に映ることになる。
「それでは警備員の仕事についてお話しましょうか! 皆さんなら体も大きいしピッタリなお仕事ですよ? どうです? 警備員、やってみませんか?」
それから護衛の男達は、尽きることのないイルアリルマの話にうんざりするまで付き合わされることになった。




