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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第一部 第一章 宗教都市サスデルセル編 『宗教都市と悪魔の噂』
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愛おしき弟子

 教会の書斎でバルハーは次なる計画を練っていた。

 部屋の隅には、気を失い縄で縛られたシュクリアを監禁している。


「このままラルガポットが売れ続ければ本部へ送る賄賂も増えるというもの。そうなると最高司祭への道はかなり近くなる……」


「――ずいぶんとご機嫌だな」


 自分とシュクリア以外誰もいないはずの部屋。

 その部屋の影から男の声が聞こえた。


「おお、ルシャブテ様、おかげ様で儲けさせていただいております」

「そうか。これは追加注文の偽ラルガポットだ。代金は明日、一括で払ってもらう」


 ルシャブテと呼ばれた男が影から姿を現した。

 血のように赤い髪が肩まで伸びていて、体型は細身だ。

 だが弱々しさを感じることはない。

 全ての無駄を削った、そんな表現がふさわしい容姿をしていた。

 目が据わっていて何を考えているか分からない、バルハーがルシャブテを見て思った印象だ。


「承知いたしました。おお、これはまた見事な出来ですなぁ。本部の者でさえ間違いかねませんな」

「これで我々の仕事は完了したが、契約は完了していない。分かっているな?」

「重々承知の上にございます。代金は明日、一括でお支払いいたします」

 バルハーは気を失っているシュクリアに視線を向けた。


「――なら、いい」


 素っ気のない返事。だがその声は聞く者を凍りつかせるかのような威圧感が存在した。


「……しかし、何故あのようなものを代金にしたのですか? ――妊婦だなんて」


 バルハーはどうしても気になっていたことを、恐る恐るルシャブテに尋ねた。


「その問いに答える必要はない。お前はただ代金を払えばいいんだ。理解したか?」


 圧倒的な威圧感がバルハーを襲った。

 深入りすれば命はない。そう感じさせる声だった。


「……はい……」

「明日もう一度ここに来る」


 それだけ言うとルシャブテは影の中に溶け込み、瞬きした瞬間には姿を消していた。


「……不気味な男ですね。まあ仕事が完璧だから文句はないのですが……」


 ルシャブテの姿が消え、バルハーの緊張がほぐれる。その反動で本音が出ていた。


「そうだ。あのオークションハウスには消えてもらわないといけませんね」


 ――我々の計画全てを掴んでいるあろうオークションハウスを、野放しには出来ない。

 少し圧力を掛けておけば大丈夫だろう。

 いざとなったらまた『不完全』に頼めばいい。

 とにかくこのポットを早めにオークションに流してしまおう。

 そこまで考えたとき、バルハーはウェイル達のことを思い出した。


「あの方が死んだら私の絵に付けられた公式鑑定は無価値になりますか。まあ別の鑑定士にでも頼めばよいでしょう」


 ――公式鑑定書は鑑定結果をプロ鑑定士協会に申請しなければ価値を持たない。

 申請する前に鑑定を行った鑑定士が死亡した場合、鑑定結果は全て無効となる。

 降臨祭の儀式を行う為に、バルハーは部屋を出て大ホールへと向かった。

 その途中ダイダロスを放った部屋の近くに来た時、ある違和感を覚えた。


「やけに静かですね……。奴らが死んでいてもダイダロスがうるさいはずなのですが……?」


 ――違和感。それは静寂だった。やけに静かなのだ。


「――もしや……!?」

 

 バルハーは部屋の方へ足を向け、壊れた扉から中に入った。


「……なんだ? 何もない! 何もないじゃないか!!」


 部屋の中にいるはずのダイダロスが忽然と姿を消している。


「奴らは……奴らは一体どこに……」


 奴らの死体も見当たらない。


(逃げたか? いや、逃げたのならダイダロスがいるはずだ。ダイダロスはこの部屋から出られないからな……)


 ダイダロスには転移の術式陣を守るように命令してある。部屋から出る訳がないのだ。


「どういうことだ……!? ――――誰だ!?」


 バルハーは部屋の中から殺気を感じた。


 ――誰だ!? ダイダロスもいない。奴らもいない。

 バルハーはただただ恐怖を感じた。


「クソッ!!」


 バルハーは急いで自分の書斎に戻り、部屋に鍵を掛けた。


「一体どうなって……――はっ!?」


 ――部屋で感じた殺気が、書斎の前に来ている……。


「誰だ!?」


 バルハーは書斎に置いてあったナイフを手に取り叫ぶ。

 バルハーはナイフを構え、扉から入ってくる訪問者を迎えた。


 ――そしてその訪問者を見てバルハーは驚愕することになる。


「これはこれは、バルハーさん。また会ったな。シュクリアは無事か?」

「ウェイル、シュクリアさんは無事だよ! あそこにいる!」


 フレスが気絶したシュクリアを指差した。


「そうか、良かった」

「な……何故お前がここにいる!? ダイダロスはどうした!?」


 バルハーはナイフを片手に恐怖で震えながら問う。


「あれ、倒しちゃった♪」


(――ダイダロスを倒すだと!? なんだこいつらは!? ……プロ鑑定士とはこれほどまでに……!!)


「さてと、バルハーさん。いくつか聞きたいことがある――」

「聞きたいことだと? ふざけるな!! お前達はラルガ教会の神父である私に手を上げようとしているのだ。ラルガ教会本部にこの事を報告すれば、お前達は明日から教会から追われるんだ!!」


 バルハーはウェイルを言葉を遮って言葉を綴った。だがウェイル達に脅しは通用しない。


「話を逸らすな。聞きたいことがある。ただな、明日から俺らが教会に追われる、ということは絶対にないな」

「どっちかというと神父さんが追われる立場だよ?」


 バルハーは知る由も無かった。


「どういうことだ!?」


 ――ウェイル達が、すでに手を打っているということを。


「お前がしたこと全て、ラルガ教会本部と治安局に通報したからだ」

「そんなどこの馬の骨とも分からん奴の手紙を教会が信じるはず――ああっ!!」


 バルハーはようやく気がつく。

 自分が相手をしているのは――"プロ鑑定士"であることを。


「理解したか? 俺は"プロ鑑定士"だ。全て"公式鑑定"扱いでお前のやったことを証明した。知っているよな? プロ鑑定士の公式鑑定書が、このアレクアテナでどれほど信用されているかを」


 そこまで聞いたバルハーは膝を曲げ、手を地面につけた。


「ついでに物的証拠、関連証拠も全て治安局へ提出し通報した。もうじきここに来るだろう」

「悪いことしちゃったんだから逮捕されて当然だよ♪ しっかり反省しなさい!」

「さあ、顔を上げろ。聞きたいことがあると言っただろう?」


 地に伏せていたバルハーが急に笑い出す。


「フハハハハハハ、そうか。ならば私は今日中には教会に連行されるだろう! だが、貴様らだけは絶対に許さん!! 死ねぇ!!!」


 やけになったバルハーは、手に持ったナイフでフレスに切りかかった。


 ――キィィィィィン!!!!!


 刃と刃の交わる金属音が部屋に響く。


「――な……!!」


 バルハーのナイフは宙を舞っていた。


「俺の弟子に手を出すとはいい度胸だな!!」


 ウェイルがバルハーのナイフを氷の刃で弾き飛ばしていたのだ。


「さて、もう武器もないだろう。聞かせてもらう」

「ヒィィィィィッ!」


 ウェイルが凄みを利かせて睨む。バルハーは恐怖で顔がゆがんでいる。

 それほどまでに今のウェイルは怒りが顔に浮き出ている。


「『不完全』とはどうやって接触した?」


 ウェイルはバルハーの胸倉を掴んで尋問を始めた。


「わ、分からない……」

「おいおい、分からないはないだろう? プロ鑑定士には贋作士、詐欺師を尋問するとき、肉体的懲罰を与えてもよいという権限を持っている。意味は分かるな? 正直に答えろ。さもなくば――死ぬぞ?」

「ほ、本当に分からないのですよ!」

「ふざけるな!!!」


 ウェイルの怒りはついに限界を超えた。バルハーの腕を掴み、そのまま握力だけで握り潰した。

 ビキビキという音が生々しく響く。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

「さぁ、答えろ」

「だ、だから本当に! 気がつけば部屋の中に入ってきて儲け話があると提案されただけなのです!!」

「どういう契約をした!! 契約した相手の名前は!! 姿形は!!」

「…………」


 バルハーは黙秘を続ける。その姿にウェイルの憤りは加速した。


「早く答えてくれ。さもなくば――」


 ウェイルはバルハーの足を躊躇い無く踏み潰した。


「ぐぎぎぎぎいいいぃぃぃっ!!!!」

「ウェイル、止めてって!! そんなことしたら死んじゃうよ!!!」


 フレスが止めに入る。だがウェイルは聞く耳を持たない。いや、聞こえてすらいない。

 この世で最も憎い敵の情報がここにあるのだ。

 今のウェイルは容赦という言葉を忘れている。


「――早く答えろ」


 ウェイルの迫力に気圧されたバルハーは少しずつ言葉を吐き出していった。


「……け、契約はラルガポットの贋作製造、魔獣の召喚、そして噂を流すことです……」

「見返りはなんだ?」

「に、妊婦です……! 私にはよく理解できませんが、ともかく妊婦を差し出せとのことで……」

「それでシュクリアを代金だと言ったのか」


 非人道的にも程がある。『不完全』の目的が何にしろ、ウェイルの怒りは更に強くなった。


「それで契約を交わした相手の名前は!? 姿形は!?」


 それこそが一番重要だ。『不完全』を探す最大の手掛かりとなる。


「答えろ」

「言えません……。言ったら殺されます……」

「答えろ」

「…………」


 これ以上は絶対に喋らない、とバルハーは固く口を結んだ。


「――わかった。もういい。じゃあ死ね」


 ウェイルがバルハーの首に手を掛けた。その時――



「ウェイル、だめーーーーーーーーっ!!!!!」



 フレスが叫び、ウェイルの手にしがみついた。


「放せ、フレス」


 ウェイルは首を絞める力を更に強めた。


「ダメ!!! ウェイルは鑑定士でしょ!? 鑑定士は人殺しをするの!?」

「摘発、逮捕も仕事のうちだし、その権限もある。仕事中に人が死ぬことも多々ある。それに今までこいつのせいでどれだけの人間が傷ついたと思う? 死ぬべきだろう」

「……違う! これはただの殺人だよ!! ウェイルは殺人するために鑑定士になったの? 殺人の手伝いをさせるためにボクを弟子にしたの!?」


 フレスの目に涙が浮かんでいた。ウェイルは黙っている。


「違うよね! 違うよ! ボクの師匠は正義感溢れる鑑定士なんだよ。ルークさんもそう言ってたんだ!」


 フレスの叫びがこだまする。それでもウェイルの憎悪の炎は消えることはない。


「お前だって復讐したい相手がいるんだろ……? なら俺の気持ちは分かるだろ……?」


 ウェイルの口から本音が漏れた。それを聞いたフレスは少し動揺したものの、


「分からないよ!」


 と、力強く否定した。フレスの目に溜まった涙が大粒となって零れ落ちる。


「確かに復讐したい相手はいるよ。でも今のウェイルとは違う。だってウェイル、復讐に関係のない人にまで手に掛けようとしているんだよ!? そんなのは絶対にダメだよ! もしその人を殺しちゃったら、ウェイルもその人とやっていることは同じだよ!! ボクは後悔しているんだ! あの時、もしボクがいなかったら。今頃ボクの大切な人は幸せに暮らしていたはずなんだ! あの人達は直接関係がなかったのに……。もう関係ない人を巻き込むことは絶対に嫌なんだ!」


 ――フレスにも過去がある。

 誰にだって他人に触れられたくない過去があるのだ。それは人も龍も変わりは無い。


「……お願いだよ。ウェイル……」


 フレスはウェイルを優しく抱きしめた。


「帰ってきてよ、ウェイル……。ボクを一人にしないでよ……」


 この言葉がウェイルの何かに突き刺さった。

 ウェイルは自分の中の憎悪の炎が弱まっていくのを感じる。



「――帰ってきて、"師匠"……!!」


「――――クソッ! クソッ!! クソォォォォォォォォォッ!!!!」


 ――ウェイルは天井を仰ぎ、咆哮した。


 ウェイルがバルハーから手を放す。まるで呪縛から解き放たれたように。

 憎悪の炎はもう消えていた。自然と言葉が漏れる。


「……そうだったな。俺は正義感溢れる鑑定士で、そしてお前の師匠だったよ」


 うん、うんとフレスは抱きついたまま頷く。ウェイルはフレスの頭をゆっくりと撫でた。

 何故だろう。愛おしいと思った。

 『不完全』に対する怒りが徐々に消えていくのが分かる。


「ごめんな、フレス」

「……許さない」


 フレスは涙でぐしゃぐしゃになった顔を真っ赤にさせて、頬を膨らませた。

 その顔は怒っているが、とても嬉しそうにも見える。

 嬉しいと思っているのはウェイルも同じだった。


「どうしたら許してくれる?」

「二つ……約束して。絶対、人を殺めたりしないって。もうボクの目の前で人が死ぬのは嫌だよ……」

「……ああ。約束する」


 正直、守れる保証はどこにも無かった。

 しかしフレスの前では了承の言葉以外出てこなかったのだ。


「後の一つは……?」

「熊の丸焼き…………で、許してあげる」


 バルハーは気を失っていたが、かすかに息があった。

 だがもう虫の息だ。このままでは死んでしまうだろう。


「ウェイル、名残惜しいけどちょっと退いてて」


 フレスはウェイルに抱きついていた手を離し、バルハーの前まで屈んだ。


「どうするつもりなんだ?」

「こんな奴でも一応人間なんだ。だから治してあげる」

「そこまでする必要があるのか?」

「このままだと死んでしまうよ。ボクはウェイルに殺人なんかして欲しくない」


 フレスは一度祈るような仕草をした後、両手をバルハーの体にかざした。


「どうするつもりなんだ?」

「龍の生命力は凄いんだよ。だからボクの生命力を彼に分けてあげるの」

「そんなことをしてお前は大丈夫なのか?」

「大丈夫。このせいでボクの寿命が縮む、とかはないから。それにボクたち龍には死という概念はないんだよ」


 フレスの両手が青い光に包まれる。

 とても優しい光だ。青き光はバルハーを包み込んだ。

 ウェイルが折った腕や足に光が集中し、瞬く間に怪我が完治する。


「ふう……。とりあえず怪我は治したよ。でもダメージが消えたわけじゃないから当分は目覚めないね」


 そうか、と返事をしたウェイルは内心複雑だった。

 本当なら今すぐに起こして情報を聞き出したい。

 だが先程フレスの暖かさに触れた。

 フレスはバルハーに尋問することを望んでいない。

 今またバルハーを尋問するということはフレスを裏切ることと同義だ。それだけは絶対にしたくない。

 今のウェイルは『不完全』に対する憎悪よりフレスに対する愛おしさのほうが勝っていた。


 今俺がやるべきこと。フレスと共にやるべきこと。それは――


「――よし、鑑定士としての仕事、始めるぞ」


 ――鑑定士の仕事。それは美術品を鑑定したり、贋作を破棄することだ。決して殺人なんかではない。


「うん! で、何やるの?」


 待ってました、とばかりにフレスが返事をする。


「贋作の"破棄"だ。これも大切な仕事の一つだからな」


 ウェイルは部屋中にあった偽ラルガポットが入った箱を指差した。


「あれ全部壊すの?」


 フレスは目をきらきらさせている。


「ああ、全部ぶっ壊す! 本当ならサンプルを持ち帰ったりするんだが、偽ラルガポットのサンプルならルークのとこに大量にある。だから全部ぶっ壊しちまえ!!」

「おりゃおりゃおりゃ~~~」


 ――パリパリ~ン!! ズガアァァァァン!!!


 フレスはウェイルの言葉を聞くより先に、軽快な音を立てながら壊し始めていた。


「やっぱり仕事は楽しくやらないとね! ウェイル!」


 偽ラルガポットをぶっ壊して回るフレスは実に楽しそうだった。


「……そうだな」

「そうだよ♪」





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