狂人
「さて、色々と聞かないと」
井戸から水を汲み、男に浴びせかける。
「……グッ……」
「起きた?」
ぐいっと顎をつまみあげると、男は苦しげに瞼を開いた。
「お、お前……、一体何者だ……?」
「プロ鑑定士よ」
その言葉に、男はニヤリと笑う。
「プロ鑑定士か。俺に何の用だ?」
「貴方に逮捕状が出ている」
これは嘘だ。はったりもいいところ。
「嘘だな……。俺は何もしちゃいないさ。善良な一般市民よ」
「あのね、そんなこと私にはどうでもいいの。貴方が本当に一般市民でも何でも、私が知りたいことを吐かないと拷問を続けるだけよ?」
アムステリアは、本当に楽しいと言わんばかりに愉悦的な表情を浮かべる。
それでも男は動じない。
「プロ鑑定士がそんなことしたら……大問題だぞ……!!」
などと逆に脅してくる。
だが、男は知る由もなかった。
このような態度を示す相手こそ、アムステリアの大好物だということを。
「大問題? 別にいいわよ? 別にプロ鑑定士の資格に拘ってるわけじゃないし。私ね、もしかしたら本音では貴方を拷問したいだけかもしれない」
言い終わるか早いか、アムステリアは男の腕を両手で掴んだかと思うと、膝を関節目掛けて振り上げ、そのままへし折るかのように蹴り飛ばした。
「あぐぁあああああああ!!」
「あら、いい声」
悶える男の顔を右手でギリギリと握り抑え付け、彼の耳元でさらに問う。
「貴方の本当のお名前を教えて? こっちとしてはすでに知っているのだけど、貴方の口から解答を聞きたいわ」
「何故鑑定士にそんなこと――――あぐぁあああああああああ!!」
「あー、楽しい。そうね、もう少しとぼけてくれてもいいわ。楽しみが増えるもの」
男は耐えられず絶叫を上げた。
アムステリアが男の鼻先めがけて拳を振ったからだ。
鼻の骨は粉々に折れてしまったことだろう。
「腕の骨は大丈夫よ? 手加減したから折れてはいないわ。でも鼻は一発だったわね?」
「……あが、あががが……!!」
ここに来て、男はようやく悟った。
この女は狂っていると。
普通のプロ鑑定士には立場というモノがある。
変な噂を立てられでもしたら信用はがた落ち。仕事も回ってこなくなる。
下手に騒がれることを恐れ、どうせ何もしてこないだろうとたかをくくっていた。
(……こいつは例外だ……!!)
あまりにもイレギュラーな存在に、今になって後悔し始める。
「俺はヴェクトルビアに住み一般人で……、アンタらに捕まるようなことは何も……!!」
「ええ、そうかもね。もうどっちだっていいわ?」
アムステリアの目に光はなかった。
モードに入ったのだ。
そう、彼女が人を捨てる時のモードに。
「一つだけ教えておく。私ね、元『不完全』のメンバーなの」
「奴らの!?」
これは効いたらしい。
『不完全』と聞いて恐怖を覚えるのは、奴らのことを熟知している者か、奴らと付き合っている者。
今の反応だけで、一般市民でないことは明確だった。
「今更人一人殺すことなどわけない。教えてくれたら、命はとらない。色々と情報は教えてもらうけど」
男は勘念した。
元『不完全』とはいえ、一度は所属していた者。
この言葉は脅しじゃない。
むしろ率先してやりたいと思っている人種。
「俺の名前は……ユーリという」
「ユーリ。やっぱりね。ユーリ・リグル・リベア本人ね」
「…………ああ」
資料にあった名前と完全に一致した。
「私はあんた、いやあんた達のことを色々と知っている。今更隠したところで無駄だと理解して」
「判ってるよ。いいよ、全部話してやる。どうせ今更あんたらに止められることはない」
「へぇ、殊勝な心がけね。でもいいの? もし鑑定士の私に話したら、アンタは一生牢獄、あるいは処刑になるかもしれないのよ?」
「俺が何か悪いことでもしたってのか? 精々兵士一人殴った程度で」
「家族、殺してるでしょ?」
「……なんだ、やっぱり知ってたのか」
「言ったでしょう。全て知ってると。今私を試したのね?」
「まあな。今の回答次第じゃ多少はぐらかしてやろうとも考えたが、これで腹を括ったよ。それに、俺は牢獄に行くことも処刑されることも決してない。アンタが俺を殺さなければの話だが。さあ、何から聞きたい?」
傷だらけの男、ユーリは、ゆっくりと背を井戸の壁にもたれる。
「どうして暴動を起こしたの?」
「ハクロアの価値をさらに下げるためだ」
「ハクロアの価値を下げて、一体何をするつもりなの?」
ユーリが語った真実に、アムステリアは珍しく驚いた。
まさかそんな計画があったとは、予想だにしていなかった。
ただちにウェイルに伝えねばならない。
アムステリアはユーリを近くの柱に縛ったのち、電信を打ちに治安局へと向かったのだった。