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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第二部 第八章 銀行都市スフィアバンク編『決戦! 波乱の株主総会』
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ヴェクトルビアでの暴動事件

 王都ヴェクトルビア。

 アムステリアは、閑散とした駅に降り立っていた。


「人が少ない……?」


 ヴェクトルビアは大都市だ。

 常時多くの人々が駅を利用し、活気ついている。

 しかし、今に限って、その喧騒は周囲には存在していなかった。


「まさか、もう……?」


 頭に過ぎる暴動の文字。

 例の情報流出に業を煮やした住民が、王宮に向かっているのかもしれない。

 住民からすれば、信頼していた王に裏切られたと思っているはずだ。

 アムステリアにとって、国王アレスはどうでもいいのだが、ウェイルの親友とのことだ。

 守ってやれば多少ウェイルからの目も優しくなるかもしれない。

 そう打算があっての行動だった。


「王宮へ行ってみましょうか」







 ――●○●○●○――







 歩いていくと、都市の至る所から怒声が鳴り響いていた。

 聞くところ、連続殺人事件についての怒りらしい。

 新聞で読んだが、被害者の数は数百人以上におよび、犯行には上級デーモンすらも用いられていたそうだ。

 犯行を行ったのが貴族と言うのも原因だ。

 むしろだからこそといったところ。

 貴族は特権を得ている代わりに民を守る者されている。

 現に多くの貴族は民を必死で守ってきたし、民も貴族を信頼していた。

 国王アレスに対しても、尊敬の念を抱いていた住民は非常に多い。

 干ばつから民の命を守った功績もあるし、何より人柄が好かれていた。

 よく聞いてみると、国王アレス本人を非難する声は聞こえてこない。

 住民の男一人を色仕掛けで無理やり捕まえて話を聞いてみると、アレス本人への恨みなどは皆無らしい。

 ただ問題は連続殺人事件を起こした貴族全体へ不信感が溜まっていることだった。

 さらに、事件の真相を国王が隠した。つまり国王は貴族が汚いことをしたのに匿ったと、そのことに腹を立てている様子だった。

 他にも、暴落したハクロアについてぶつけようのない怒りをぶちまけている者も多かった。

 血気盛んな年頃の、為替取引で失敗したと思われる者が、溜まった鬱憤を周囲に当たり散らしていた。


「……こんなのがいるから面倒なのよね」


 暴れ回る若者の後頭部に鋭い蹴りを浴びせてやる。

 糸が切れた人形のように、コテっと地面に崩れ落ちた若者を見下しながら、アムステリアは王宮へと向かう。






 ――●○●○●○――






 王宮の前は住民であふれかえっていた。

 固く閉じられた門の前で大声をあげながら抗議活動を続ける者達。

 中には城壁をよじ登ろうとしている者までいた。

 王宮に仕える兵士たちが必死に民を宥めてはいたものの、あの調子では逆に感情を逆なでする結果になりそうだ。


「さて、予想ではここにいれば面白いことになると思うんだけど」


 王宮へ向かう道にある出店の椅子に腰かけるアムステリア。

 徐々に増えてくる民に、アムステリアは内心面白がっていた。


(何が始まるのかな?)


 アムステリアの期待が、実を結んだのだろうか。

 ざっと見渡すだけでも二千人は集まっただろう。

 住民達が大声を上げていた中、ついに目立つ人間が現れた。

 そいつは中年くらいの、髪の薄い男だった。

 兵士に向かって拳を振り上げたのだ。


(なんとまあ不細工な男。絶対に抱かれたくないわね)


 アムステリアから最低な評価を受けている男は、大声で何やら叫びながら兵士を殴っていた。


「俺は事件で娘を失ったんだ! この事件を隠した王を許すわけにはいかない! 皆の者、王を許せるのか!?」


 ここに集まったというだけで、不満を持つ連中だと判っているわけだ。

 そんな連中に煽るような言葉を発したのだから、当然帰ってきた返事は、


「絶対に許せない!」

「犯行を起こした貴族を出せ!」

「その家族全員殺してやる!」

「殺人者を匿うというのか!?」


 という殺気立ったものばかり。

 非難の矛先は、当然ハルマーチの一族と、事件を隠した王へと向かっていった。


「門を壊せ!!」


 男の一言がスイッチだった。

 男の周辺にいた連中が、大声を上げながら門を攻撃し始めたのだ。

 その狂気は集まった群衆へと伝染し、賛同する者も多く出てくる。

 元々用意していたのか、爆薬やら武器やらが、運び込まれていた。

 それを使って門を壊すつもりなのだろう。


「物騒なこと。それにしてもあの男と最初に騒ぎ出した連中。怪しいわね」


 アムステリアはペロッと唇をなめると、住民の集団へ突っ込んでいった。


「邪魔よ!!」


 暴動開始寸前。

 止めるなら今しかない。

 アムステリアは群衆を蹴飛ばしながら前へと進む。


「こんな物騒なもの、こうしてあげるわ!」


 ポケットから小瓶を取り出す。

 以前世界競売協会へ潜入した時にも使った、液体性の爆薬だ。


「怪我したくなかったら避けなさいよ!」


 綺麗な放物線を描きながら、置かれていた武器や爆薬目がけて小瓶が飛ぶ。

 一部の者はアムステリアが何をしたか理解できたらしい。

 その場から逃げ出す者が多数。


(念のため……!!)


 予備の小瓶を、今度はもっと上空目がけて思いっきり投げつけた。

 一つ目の小瓶が、下に落ちる寸前だった。


「…………クッ……!!」


 兵士を殴った例の中年が、走って小瓶をキャッチする。


「あら、ナイスキャッチ♪ ねぇ、どうしてそれを守るの?」

「決まっているだろう、暴動を起こすためだ」

「駄目よ。暴動なんて起こしたら、ハクロアの価値はさらに下がる一方だわ。それはさらに自分たちの首を絞めるだけよ?」


 アムステリアの指摘に、集まっていた住人達も、幾許か冷静になっていた。


「国王アレスが情報を隠ぺいしたのは、こういう風な暴動が起きることを恐れたからでしょ? ひいてはハクロアの暴落につながり、住民達の暮らしも厳しくなる。だからこそ秘密にしたんだと私は思うけどね? それに、国王が情報を隠ぺいして、貴方達、何か損をしたの? 国王は反乱を企てた貴族を厳しく処分したと聞いたわ。それに都市を襲った貴族から民を守ったのも、英雄である鑑定士と、国王じゃなくって?」


 その言葉に、確かに、と納得する者も現れる。

 アムステリアの指摘は、皆が心の底では判っていることだった。

 アレスが例の事件で民を守ったことは誰もが知っている。

 現に例の事件ではアレスは体をボロボロにしていた。

 大怪我を負って尚、民に向けてメッセージを発していた。

 ハクロアの価値も守られ、高い生活水準も守られたのである。

 隠ぺいといえば聞こえは悪い。

 だが民を守るために仕方なくやったのであれば、その行動の意味は理解できる。


「皆、こんな王宮からの回し者の話なんて聞くな! 俺達は騙されたんだぞ!? 怒って当然、恨んで普通なんだ!!」


 アムステリアの指摘に流されつつある群衆に向かって、男が叫ぶ。

 その主張を、アムステリアは真っ向から否定した。


「あら、私はマリアステルの者よ? それに国王を恨むのはお門違い。恨むなら事件を起こした犯人だけにすべきよ。もっともその犯人、今頃は処刑されてこの世にはいないかもしれないけど」


 行き場のない怒りが、民を行動させた。

 それは仕方のないことだ。誰だって感情を堰き止めることは出来ないのだから。

 事件で大きな傷を負った人が暴れたくなる気持ちも理解は出来る。

 それでも暴動しても利点はない。

 アムステリアはそう民を諭したのだ。


「もう止めましょう。国王アレスだって、今ハクロアが大変なことになって、そのことに手一杯のはず。ことが落ち着けば説明をしてくれるわ。だから待ちましょう。国王アレスは、そんなに信頼できない人物じゃないでしょう?」


 アムステリアの声は良く響く。

 数多くの者は、その言葉に胸打たれ、頷いていた。

 しかし、だ。

 どうにも理解してくれそうにない男が目の前にいる。


「何言ってんだ!! 暴動が起きなきゃ、王は判らない!! それに余所者がいちいちヴェクトルビアのことに口を出すな!!」


 そう主張し始めたのである。


「あら、暴動が起きないと何か困ったことでもあって?」

「それは!! ……死んだ娘が浮かばれない……!!」

「暴動が起きれば娘さんは浮かばれるの? 理解しがたいわね? 一人でやったら?」

「私一人したところで何が変わるんだ!?」

「娘さんが浮かばれるのでしょう? だったらいいじゃない。そうそう、娘さんの名前、なんていうの?」

「そんなこと、アンタには関係ないだろう!?」


 アムステリアは瞬時に見抜く。

 一瞬だが、目線がたじろいだことを。


「そもそも、本当に娘なんているのかしら?」

「な、何が言いたいんだ!?」


 アムステリアは妖艶な笑みを浮かべて、言い返した。


「あんたみたいな不細工に、娘なんているわけないでしょう?」

「こ、このクソ女が……!!」


 どうやら気にしていたことに触れたようだ。

 相当憤慨しているのか、置かれた武器の一つを取る。


「殺してやるよ……!! お前ら、やってしまえ!」


 男が指示を出すと、アムステリアの回りを数十人の男が取り囲んだ。


「あら、やる気なのね? いいわよ」


 すっと、アムステリアは体勢を落とす。

 一瞬の跳躍。

 その刹那、彼女の正面にいた男が、鼻から血を出して倒れていた。


「な、なんなんだ、この女!?」

「は、はやい……!!」

「あんたらが遅いのよ」


 続いて繰り出したのは足払い。

 スラリと伸びた綺麗な足が、地面に円弧を描く。


「このアマが!!」


 すでにナイフを取り出していた男が、アムステリアの背後に迫る。

 男がナイフを振ったとき、そこにアムステリアの姿はなかった。


「物騒な奴。おしおきしないと」


 背後に回り込んでいたアムステリアは、男の股へ向かって、思い切り足を振り上げた。

 蹴られた男に電流走る。

 泡を吹いて気絶してしまった。

 それから数十秒後。

 アムステリアを取り囲んでいた男達は、皆地に伏していた。

 皆白目をむき、泡を吹いて気絶している。


「き、貴様……、殺してやる!!」


 代表の男が息を荒げる。

 対するアムステリアの表情は涼しい。


「そう? それは楽しみね。それよりも、気を付けた方がいいわよ?」


 アムステリアが人差し指で地面を差すと、男も視線をそちらへ向ける。


「あら、意外に素直ね。本当は上よ?」


 直後。男の背後で爆発が起こった。


「グハァァッ!!」


 爆発の爆風で吹き飛ばされた男。

 アムステリアが投げつけたもう一つの小瓶が、武器や爆薬を吹き飛ばしたのだ。

 爆薬に引火し、連鎖的に小規模な爆発が起きる。

 爆風が止むと、すぐさま倒れた男の元へ駆けつけた。


「移動しましょうか」


 アムステリアは代表の男を抱えると、住民が驚いている間に都市部へと戻る。

 残された住人は、ただただ爆発して上がった煙を見るだけだった。




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