アムステリアからの電信
正午。
職員が新しい情報に貼り換えた掲示板には、多くの人が殺到した。
新情報の中で注目を集めたのは、やはりと言うべきかハクロアであった。
「さっきの値段の半額になっているだと……!?」
9時更新の情報と比べてみると、あまりの大暴落に思わず目を疑ってしまう。
「逆にレギオンは大幅に値を上げているよ……!!」
通常時の5倍以上にまで膨れがったレギオンの価値に、投資家たちは一層歓声をあげていた。
「まだ上がる! もっとだ!」
「ハクロアはもう駄目だ! 今までマイナーだった貨幣に替えないとな」
「リュオウが熱いようだ。情報を集めろ!」
せかせかと働きまわる人々に、ウェイルはイラついていた。
「……儲けどころじゃないだろうに……!!」
「ハクロアが潰れたら大変なことになるのに……」
ハクロアの暴落に、この場の多くの者は全くもって危機感を持っていない。
その気持ちは判らぬわけではない。
台風が来ると聞けば、およそ身の安全が確保されている者は、その襲来に胸をときめかせる。
不謹慎と知りつつも、軽いお祭り騒ぎにはしゃぐ者達も多い。
もっとも、ハクロアが潰れた後のことを考えている連中は少ないということもある。
「ハクロアが潰れたら大陸は終わりだよ……」
フレスの現実的な呟きに、二人も知っているとはいえ背筋が凍る。
ハクロアは大陸でもっとも流通している貨幣である。
さらに言えば、アレクアテナ大陸だけではなく、他大陸との交渉にも用いられているほどだ。
ハクロアが潰れる、これすなわち他大陸からの信頼も消えてなくなると同義なのだ。
「はやく対策を取らないと」
「……だが、一体どうすれば……!!」
手をこまねくウェイルの元へ、一人の職員がやってくる。
「あの、プロ鑑定士のウェイルさん、ですよね?」
「そうだが」
「協会のサグマール氏から大至急の連絡があるようです」
「なんだと……!?」
サグマールが連絡してきたということは、おそらくアムステリアからの連絡が来たということだ。
「ウェイル! 急いで戻らないと!」
「ああ、判ってる」
「ですがウェイルさん! 市場の様子も監視しないと!」
優先すべきはアムステリアからの報告だ。
しかしながら、この為替市場の監視も怠るわけにはいかない。
「……リル。君に頼みたい。出来るか……?」
市場を監視することも、今だって最重要課題であるからだ。
リベアの連中が来る可能性だって否定は出来ない。
「頼む。今、どちらもやらなければならない。人手が足りないんだ」
イルアリルマは視覚がない。
だから為替情報を掲示板から見ることは出来ない。
だがその卓越した聴力と、そして人の気配を感じることの出来る察覚は、この場を監視するのに十分使える。
リベアの連中は気配から違うだろうし、為替情報は周囲の連中から聞くことが出来るだろう。
ウェイルがイルアリルマに向き合うと、彼女はあっさりと了承してくれた。
「行ってください。ここは私にお任せを。掲示板は見えませんが、人間の気配なら誰よりもよく判ります。不審な、怪しい人物が来たらすぐに知らせに行きますので!」
「助かる……! 行くぞ、フレス!」
「うん! リルさん、後はよろしくね!」
イルアリルマ一人を残し、ウェイル達はすぐさまサグマールの元へと戻る。
「私にとってもリベアは敵です。絶対に逃がしません……!!」
――●○●○●○――
「何があったんだ!?」
バタンと、それこそ扉が壊れそうな勢いでウェイルはサグマールの部屋の扉を開いた。
あいにくサグマールに驚く様子はない。
それどころかその表情は深刻で、アムステリアの報告を聞くのがはばかられるほどだった。
「アムステリアから電信だ。今、大変なことになっているそうだ」
「ついに暴動が起きたのか?」
「いや、そうじゃない。だが、敵がリベアであるという直接的な証拠を発見した」
「なんだと!?」
これまで全て状況証拠と関連証拠しか尻尾を出さなかったリベアが、ついに本体を現したという。
どうやって証拠を掴んだのか気になるところ。
「アムステリアって女は、我々が思っている以上に凄まじい女だよ」
サグマールのため息は、絶望の色より安堵の色が濃い。
彼女が敵でなくてよかった、と心底思っているみたいだ。
「とにかく、この電信を読んでくれ」
「ああ」
ウェイルはサグマールから受け取った電信をじっくりと読んだ。
そして見えてきたヴェクトルビアの現状、敵の陰謀。
その情報は、中央為替市場の午後三時情報更新が恐怖に値するものであった。