邂逅
「どこへ行くの?」
汽車に乗り込んだ二人は、少しばかりそわそわしていた。
すでに例の情報は大陸中に回っていることだろう。
ハクロアの価値が大暴落するのは時間の問題だ。
暴落を止める方法など考えもつかないが、それでもどうにか対策を取らねばアレクアテナ大陸の経済は破綻する。
二人がこれから向かうのは、この大陸でもっとも為替情報が集まる都市。
「俺達が向かうのは銀行都市『スフィアバンク』だ」
「銀行都市、かぁ」
初めて行く都市の場合、フレスはたいていワクワクしていた。
しかしこの度の旅は、そうも言っていられない。
珍しくフレスは嘆息し、窓の外の景色を見ていた。
「私も一緒に行きますね」
突如掛けられた声。
疑問形ではなく、もはや確定だと言わんばかりの声の主は、イルアリルマだった。
「リル、どうしてここに?」
「以前言ったじゃないですか。復讐したい連中がいるって。絡んでる可能性があるんでしょう? 奴隷売買の元締めが。私、耳がいいですからね。聞こえちゃいましたよ」
イルアリルマの聴覚が鋭いことを失念していた。
例え目の前に本人がいなくとも、彼女は遠く離れた場所から情報を得ることが出来る。
察覚と凄まじい聴覚。
なまじ人間には手に入らない感覚を彼女は武器としている。
「そうか。どうしても来るのか?」
「ええ」
「なら一緒に来い。リルの力は必要になるかもしれない」
意外にもウェイルは拒否しなかった。
彼女を突き動かしているのは復讐心。
その決意の固さは生半可な物じゃない。
今更拒否したところで、意味がないことを承知していたからだ。
「フレスさん。試験では一緒に戦えなかったけど、今度は一緒だね?」
「うん! リルさんいると心強いよ!」
リルの登場は、フレスとってありがたかったのかもしれない。
多少緊張が紛れてくれたようだから。
(……リベアブラザーズ。一体何を企んでいるんだ……!?)
三人を乗せた汽車は進む。
銀行都市『スフィアバンク』。
全ての貨幣の情報が持ち込まれている都市。
そして倒産した大企業リベアブラザーズとその陰謀。
大陸を震撼させる経済戦争は、銀行都市スフィアバンクから邂逅しようとしていた。
――●○●○●○――
――王都ヴェクトルビア。
フレス達の来訪で、久々に愉快な一日を過ごし、二人の出発を見送った後のこと。
再び静かになったコレクションルームに一人佇んでいたのは、ヴェクトルビア国王アレス。
「……やれやれ。子守りというのもなかなか疲れるものだな……。なぁ、ウェイルよ?」
残念ながら会うこと叶わなかった友に向かって、愚痴を垂れる。
この自慢のコレクションルームに人を入れたのは久々だった。
「あの事件以来か……」
アレスは広々と、それでいて寂しいコレクションルームを眺めながら、少し前の、よき理解者がいた時のことを思い出す。
(……あいつがいてくれたからこそ、収集も捗ったもんだ。何せ今は自慢する相手がいないのだから……)
その者は、王族でも貴族でも、さらには上級階級のものですらない。
どこにでもいるただのメイドだった。
しかし、そのメイドこそ、アレスの趣味をもっとも理解してくれた者。
新たな品が手に入れば、それを羨ましそうにしていた。
それが贋作だと判ると、最初はざまあみろと笑ってくるが、最後は共に落ち込んでくれた。
今思うことがある。
もしかして余はその者の為に、芸術品の収集活動をしていたのではなかろうか、と。
彼女と、芸術について語り合いたいだけだったのではないかと。
(……今、どこにいる――――フロリアよ……)
その時、コレクションルームに設置してある窓が大げさに開いた。
「なっ――」
アレスは信じられない者を見た。
何せそこには、たった今想っていた者の姿があったからだ。
「――久しぶりです、アレス様♪」
龍と鑑定士第七章『プロ鑑定士試験編』はこれで完結です。
これまでのキャラクターがたくさん出演したので、書いている私もとても楽しかったです。
本章も10万字超えととても長くなり、読者の方には長々と付きあわせてしまいました。
感想や評価など御気軽にお寄せください!
それでは次章予告です!
フレス達のプロ鑑定士試験も中断してしまい、次章はついに倒産したはずの大企業『リベアブラザーズ』との決戦です。
第五章から続く大きなストーリーの完結編ですので、続けて読んでいただければと思います。
第八章 銀行都市スフィアバンク編『決戦! 株主総会』
現在、第一章から誤字脱字、粗末な表現、セリフなどを改稿しています。
また龍と鑑定士を執筆中でして、その影響もあり次章の更新速度は少し落ちてしまいます。おそらく週2、3回になると思います。