プロ鑑定士試験、中断
「たっだいま~~!!」
「帰ったよ~~~、ウェイル兄~~~!!」
アレスから借り受けた鑑定依頼品をプロ鑑定士協会に提出し、第三試験も一応終えた形となった二人は、ウェイルの部屋へと戻ってきていた。
土産話でも聞かせてやろうと嬉々として扉を開けた二人だったが、
「……あれ? ……なんなんだろう、この雰囲気……」
部屋にいたのはウェイルとアムステリア。
二人が帰ってきたことにも気づかず、何やら深刻な表情で話し込んでいた。
「あ、あの~~、ウェイル、帰ってきたんだけど……」
なのでこっそりと声を掛けると、ようやくウェイルが気づく。
「ああ、帰ってきてたのか」
「うん。どうしたの? テリアさんと何かお話してたみたいだけど」
「実はな、大変なことが起こったんだよ」
シュラディンがウェイルの元へ駆け込んできた理由。
それは三大貨幣の一つ、『ハクロア』の価値の暴落が始まったということだった。
「ハクロアが!? どうして!?」
少し前までヴェクトルビアにいたが、王都に変わった様子はどこにもなかった。
それにもしハクロアが大変なことになっているのであれば、アレスがそれなりの対応をしていたはずだ。
少なくとも昨日までは何も起きてはいなかった。
「情報が出たのはついさっきなんだよ。これを見てみろ」
そう言ってウェイルは、アムステリアと覗き込んでいたとある新聞を渡してくる。
「新聞……?」
難しい単語などフレスには判らないこともあるため、ギルパーニャに手伝ってもらいながら記事を探した。
「……え……? ヴェクトルビアで起きた事件、実は貴族の犯行だった……!?」
該当記事を真っ先に見つけたギルパーニャがそう呟くと、フレスの目が見開く。
「ギル、ちょっと見せて!」
載っていた。
その新聞には、当事者しか知らないことがズラズラと。
嘘偽りの一切ない、純粋な真実だけが。
「ど、どういうこと!? これ!?」
「俺にも判らん。王都がハクロアを守るために必死で隠してきたことが、ついに報道されたんだよ」
ハルマーチの実名も、家系、背後の関係者まですべてが晒されていたのだ。
記事の中には国王アレスが情報隠ぺいを企んだと、まるで悪役だと言わんばかりに記事が誇張されている。
「この記事、一体誰が!?」
「リベアの関係者よ」
答えたのはアムステリア。
「リベアのことを調べていて判ったのだけど、リベアの系列企業には出版社もあるの。その新聞、その出版社が発行していたわ」
「メイラルド本人の指示だろうな。当事者として事件を知っている者は俺、フレス、アレス、ステイリィ、そしてフロリアとハルマーチくらいなものだ。当然俺達は何もしていないし、アレスだってしないだろう。フロリアは、おそらく関係していない。ハルマーチなんて監獄の中だ。現状、外部に情報を漏らす者なんていないんだよ。なのに漏れた。であればハルマーチの関係者しかない。状況的にメイラルド以外考えられん」
出版社を見ても状況を見ても、そう考えるしかないのだ。
「だが、情報が漏れた以上、犯人を捜すことは無意味だ。とにかく、このハクロアの暴落を止めないと……!!」
ハクロアが大陸に与える影響は凄まじい。
もっとも流通している貨幣の暴落。
このまま推移すれば経済崩壊を起こしかねない。
「フレス。ギル。冷静に聞いてくれ」
ウェイルは改めて二人と向き合った。
事件が起きた以上、避けようもない現実を二人に伝えねばならない。
「今、プロ鑑定士協会では、この経済危機の問題で手一杯になっている。したがって、プロ鑑定士試験は一旦ここで延期することになった。再開の目処は立っていない」
「…………え…………」
ウェイルの言葉に、一瞬呆気にとられた二人。
「試験、中止になるの……?」
「最悪そうなる可能性もある。今のところは延期ということになっているが」
「冗談じゃないよ! ボク達、必死にここまで来たのに!」
フレスは肩を震わせていた。
気持ちは判る。
フレス達がこの試験に、これまでどれほど頑張ってきたかウェイルはしっかりと見てきた。
フレスだって、ハクロアの暴落は大事件だと理解している。
試験なんかよりも優先しなければならない問題であると。
それでも感情が制御できなかったのだ。
「……フレス……」
意外にもギルパーニャは冷静だった。
フレスが自分の代わりに叫んでくれたからかもしれない。
自分一人ならば、同じように叫んでいただろう。
「……でも……でも……!!」
唇を噛みしめ、思いっきり拳を握りしめた後。
フレスはすっと力を抜いた。
「仕方ないよね。だって大事件が起きちゃったんだから」
その目はすでに真剣そのものだった。
切り替え。スイッチ。
これまで経験してきた事件の数々に、フレスも成長している。
「プロ鑑定士志望として、我が儘は言えないね。むしろ鑑定士ならこの事件を見過ごせるはずないから……!!」
「フレス。その通りだ。お前は立派な鑑定士なったな」
ウェイルは、フレスの頭を撫でようとしたが、その手が止まる。
代わりに肩を叩いてやった。
もう、頭を撫でてやるような子供ではない。
そう一瞬で感じたのかもしれない。
「プロ鑑定士試験を再開させるには、これから行かなければならないところがある。ついてこい」
「がってん! 師匠!」
「アムステリア、手筈通り俺達は先に行く。そっちは頼む」
「ええ、任せておいて」
「ギル、お前は急いでシュラディンと合流しろ」
「あ、うん!」
ウェイルとフレスは、必要最小限の荷物だけ持って部屋を飛び出していった。
「あの娘、結構鑑定士らしくなってるじゃない? ねぇ?」
アムステリアがギルパーニャに声を掛ける。
実のところ二人は初対面だ。
ギルとしては突如他人に話しかけられ戸惑った部分もある。
しかし、フレスについては、どうやら共通の念を抱いていたようだ。
だからこそ、すんなりと返事が出来た。
「そうです。フレスは、最高の鑑定士ですからね!」
さて、自分はすぐにシュラディンと合流せねばならない。
師匠はすでに対策に動いているはずだ。
すぐに師匠を支えないと。
そしていずれは自分もフレスの様に強い鑑定士を目指そうと。
ギルパーニャはそう誓ったのだった。
「…………私もいかないと…………!!」
ウェイル達の後を追う影に、二人は気づいていなかった。