アレス自慢のコレクション
「ほほう、そうか。そういえば丁度今頃だったな、プロ鑑定士試験は」
「ボクら、今第三試験中なんだよ! だからウェイルはいないってわけ」
「なるほどな。しかし個人的には少し残念だよ。せっかくならウェイルも来て欲しかったんだがな」
相変わらず他の貴族や大臣達の目が煩わしかったのか、例のコレクションルームに案内された二人。
その超希少な展示品の数々にギルパーニャの開いた口は塞がらない。
見慣れたアレスと、以前じっくり見物したフレスの二人だけが流暢に会話を弾ませていた。
「何かあったの?」
「実はな。ウェイルが贋作だと見抜いた『セルク・オリジン』2枚の内、1枚の本物が発見されたのだ。ウェイルに是非自慢したかったのだが」
「そうなの!? ボク、それ見たい!」
「残念だが、今はシルグルに預けておる。精密な鑑定がまだなのでな。試験が終わった後来るがいいさ。本物を見せてやろう」
「うん♪ 今度はボクが鑑定してあげるよ! その頃にはプロ鑑定士になっているはずだから!」
「随分と自信があるんだな。そうとも、プロ鑑定士は常に自意識過剰でなければな。自分の目が最も優れている、正しいと思わねばやっていけぬ職だ。フレスなら合格できるかもな」
アレスは何気に嬉しげな表情だった。
自分のコレクションを見たいと言われるのはコレクター冥利に尽きるというものだ。
それにフレスの過剰とも思える自信。
その姿はどこか親友と重なるところがある。
「そうだ。フレス、頼み事があるんだったな。もしかして試験に関わる事か?」
「そだよ♪ 頼めるのはアレスくらいしかいなくてさ」
フレスは第三試験の内容をアレスに語った。
「……なるほどな。100万ハクロア以上の価値がある品の鑑定、および提出か。プロ鑑定士協会も無茶なことをするもんだ」
普通に考えれば一般人の手に負える金額じゃない。
それこそ商人や貴族、そして王族でなければ。
「つまり我がコレクションの中から一つ、フレスに貸せばよいのだな?」
「ううん。一つじゃなくて二つだよ。ギルの分もいるから! ね、ギル?」
ちらりとギルパーニャの方へ一瞥。
「……あちゃー、固まってるよ……」
当のギルパーニャはというと、すでに目が点になっていた。
飾られている絵画、その全てが巨匠セルクの作品だ。
まだ半人前とはいえ、鑑定士を志す以上、本物のセルクの作品くらい見抜くことは出来るし、美術館などで見たこともある。
しかし、これほどの数を一度に見る機会なんてあるはずもなかった。
作品に圧倒され、手に掻く汗の量は尋常じゃなかった。
「ギル、ねえ、ギルってば!」
「…………はっ!?」
ようやく我に戻ったギルパーニャ。見ると肩で息をしている。
「ギル、大丈夫?」
「……わ、私、これほど心が揺さぶられた瞬間はないよ……。だって、私、今セルクの作品に囲まれているんだよ……!? こんな経験初めてだ……!!」
ごしごしと手の汗を服で拭く。
そんなギルパーニャの様子に、アレスはこれまた満足げだった。
「ハッハッハ、そこまで言われると、コレクターとしては鼻が高い。誰かに自慢してこそのコレクションだからな!」
せっかくなのでと、アレスはギルパーニャに自慢のコレクションをこれでもかと見せてくれた。
その品を見る度に驚愕と感嘆を交互させるギルパーニャに、アレスの自慢もついつい熱が入る。
「これはリンネ・ネフェルの後期の作品、『秋月』だ」
「うわぁ…………。凄く綺麗だ……。この月、もしかして琥珀を使っているんですか?」
「おそらくな。中に入った水滴が、月の模様を表現している。何とも素晴らしい彫刻だよ」
「本当に綺麗です。でもおそらくって? これ、公式鑑定はまだなんですか?」
「そうなんだよ。少し前に手に入れたんだが、最近はセルク・オリジンのことで頭が一杯でな。この彫刻の鑑定をしていないんだ。以前ウェイルに来てもらったとき、してもらおうとは思っていたんだがな。例の事件のせいでそれどころではなくなった」
「へぇ、ちょっと勿体無いです。鑑定したらこれ、かなり良い評価が付くと思うんですけど」
「実のところ、この彫刻に関しては評価なぞどうでもよいのだ。真作にしろ贋作にしろ、結局美しい作品には違いはないのだから」
「う~ん。確かに結局のところ私が綺麗だと思ったのには違いないけど……。鑑定士としては理解しかねる思考です」
「ハハハ、そうだろうな! それでいいんだよ! 感性など、結局は個人差があるんだ! それを足並みそろえるのは無理だというものだ。……だが、セルクの作品に関しては贋作に興味はないのだがな! ハッハッハ」
「それもおかしい話です! にゃはははは!」
高笑いをあげる二人の肩を、ジト目のフレスがちょんちょん叩く。
「…………あのー、アレス、ギル? そろそろ本題に入ろーよ……!!」
いい加減しびれが切れたようで、少し不機嫌だった。
「お、そうだったな。すまんすまん。この子が聞き上手なもんでな、つい」
「つい、じゃないよ! ボク達、自慢を聞きに来たんじゃないんだって! 全くもう!」
「フレス、そう怒んないであげてよ」
「ギルにも怒ってんだよ!?」
「そう騒ぐな、フレスよ。お前の頼みは承知している。すでに鑑定してもらう品は見繕ってやった」
「本当!? ボクの、どれ!?」
「これだ」
アレスが取ってきたそれとは。
「これ? う~ん、どこかで見たことが……――――あっ」
「思い出したか?」
アレスの手のひらに置かれてあったのは、小さな指輪。
しかしながらこの指輪は、ただの指輪なんかじゃない。
「これ、確か……『封印指輪』、だっけ……!?」
フレスが思い出したのは。龍殺しでの戦い。
王都ヴェクトルビアでの事件の最後、フレスは上級魔獣である『龍殺し』と戦った。
戦闘開始直後は、龍殺しの力の影響を受け、満足に戦えずウェイルに負担を強いた。
圧倒的な破壊力を持つ龍殺しを倒せたのも、ひとえにこの指輪の力があったからだ。
「そう、これは『封印指輪』。れっきとした神器だ。邪悪なる存在の力を封印することが出来る。それにこいつは我々にとっての命の恩人でもあるわけだからな」
ふと、アレスの表情が沈んだのをフレスは見逃さない。
確かこの指輪を発動した者は――――フロリアだ。
フロリアは『不完全』の構成員にして、アレスを裏切った。
アレスはフロリアのことを信頼していた。何より地位身分関係なく、友人として接していた。
彼女の裏切りは、今もなおアレスの心に突き刺さっているのだと、フレスは感じた。
「この神器、実は正式な鑑定はまだしていなかったのだ。この『封印指輪』の鑑定をフレス、お前に託そう」
「…………いいの?」
「ああ。フレスだからこそ、頼みたいんだよ」
アレスはフレスの手を握ったかと思うと、手のひらにポンと指輪を乗せてくれた。
「ありがとう、アレス」
「気にするな。……と言いたいところだが。”プロ”鑑定士には何かと貸しを作っていた方が都合が良い。貸し一つにしておこう」
アレスはわざと『プロ』を強調する。
フレスにもその意味はしっかりと伝わった。
「さあ、続いてはギルパーニャだが、そうだな。この『秋月』を鑑定してみないか?」
「いいんですか!?」
ギルパーニャが驚くのも無理はなかった。
何せリンネ・ネフェルといえば、大陸で知らぬものなどいない高名な彫刻家だ。
その作品は、いずれも500万ハクロア以上はするという、まさに超高価な代物だ。
一流のプロ鑑定士すら、実際に鑑定を任されることを名誉だと思うほど。
ましてや、未だプロですらない受験生のギルパーニャが受け持つなど、本人含めて信じられないことである。
「リ、リンネの作品を……私が……?」
震える手を必死に抑え、手袋をしたギルパーニャ。
恐る恐る作品に手を触れる。
「私、これを鑑定するんだ……」
信じられるはずもない、と。
しかしながら、任されたことについても嬉しくあり、責任を感じる。
期待多めの葛藤に、ギルパーニャも息を呑み、そして。
「アレス公、私、全力で鑑定します!!」
力強い返答に、アレスも深く頷いたのだった。