第三試験、いざヴェクトルビアへ
次の日、第三試験の内容が発表された。
その内容とは、100万ハクロア以上の価値がある芸術品を見つけ、鑑定する事。
入手した芸術品は自分で鑑定を行い、その結果を元に公式鑑定証書を作成しなければならない。
当然のことながら公式鑑定書はプロ鑑定士協会に提出する。
また協力者の了解を得て、その芸術品本体も無事マリアステルまで持ち込まなければならない。
もし再鑑定時に100万ハクロアの価値がなければ、その時点で試験は不合格となる。
「き、厳しいね……」
「100万ハクロア、でしょ? しかも、このルール……」
試験内容が発表された掲示板に貼ってあった、小さく書かれた注意書き。
『第三試験において、自分の所有物を鑑定することは出来ない。必ず協力者を見つけ、鑑定を行うこと』
公式鑑定書が付いた芸術品を購入し、そのまま書き写すことを禁じたこのルール。
「うう……。せっかく300万もあるんだから、高い物を買ってしまおうと思ってたのに……」
「やっぱり卑怯なことはダメなんだって」
今度こそは楽をしようと思っていたフレスだが、これでは出来ない。
「試験期間は……三日あるよ。三日後の午後6時までだって」
「今回は早く動かないとね! さあ、早速行こうよ!」
「あ、ウェイルに一言言っていかないと」
「そだね」
掲示板をしっかりと確認して、ウェイルの自室へと戻ってくる。
「ウェイル、ボクら、三日ほど留守にするよ」
「第三試験か。了解した。何か事件に巻き込まれたらすぐに電信を打てよ」
「うん♪ じゃあ行ってくるよ」
「判った。 ……って、おい! ドッグタグ、忘れてるぞ!」
机の上に置きっぱなしになっていたドッグタグを掴むと、二人に投げてやる。
「……おっと、忘れてた! じゃあ改めて行ってくるね!」
「行ってこい。ギル、フレスを頼むな」
「任せてよ、ウェイル兄!」
慌ただしく準備をすると、二人は仲良く部屋を飛び出していった。
「しばらく静かになるか……」
うるさい住人がいなくなると、部屋がやけに広くなったように感じる。
「……いや、またうるさい奴がくるんだったな」
昨日の夜の話。
ステイリィから電信が届いたのだ。
何でも直接話さなければならないことがあると。
しかもそれは急を要する事であると。
「……奴ら絡みには違いなさそうだけどな……」
また何か事件があったと考えると憂鬱にもなる。
ウェイルは大きくため息を吐くと、ステイリィの到着まで休んでおこうと椅子に深く腰を掛け、ゆっくりと瞼を閉じたのだった。
――●○●○●○――
「ねーねー、ギル。そういえばボク、どこへ行くのか聞いてなかったんだけど。どこへ行くの?」
試験開始から3時間。
二人は汽車に乗って、移動をしていた。
外の景色を眺めながら、ギルパーニャに問う。
「100万ハクロアもするような芸術品が集まるところなんて、あんまりないよ。だからありそうなとこへいく」
「マリアステルの方がいいんじゃない? 競売都市なんだからさ」
「そうだけど、競売って結構時間が掛かるし、何よりライバルが多いでしょ? 良い品はすぐ他に人に取られちゃうよ。だから少し離れたとこに行きたかったんだ。かといってリグラスラムへ戻る時間もないし、目的地は時間的に見ても丁度いいところだよ」
揺れる汽車から見える景色。
この景色に、フレスは見覚えがあった。
「もしかしてヴェクトルビア?」
「正解。王都ならお金持ちも多いし、良い品物がたくさんあると思ってさ!」
ヴェクトルビアには多くの貴族が住んでいる。
となればレベルの高い芸術品があるのは必然と言える。
「……でも、お金持ちの人、ボクらに芸術品を鑑定させてくれるのかな……?」
フレスの心配事はこれである。
何せ何度も言うが富豪なのだ。
自分の持つ品くらい、すでに鑑定は終わっているだろう。
それをフレス達のようなアマチュアの鑑定士に再鑑定など依頼するだろうか。
「だ、大丈夫だと、思う……たぶん……」
途端に表情が暗くなるギルパーニャ。
高価な芸術品はある。
しかし、それを二人に鑑定させてくれる人がいるかどうかは別問題だった。
そんな単純な問題を今頃気づいたというわけだ。
「な、なんとかなるよ! 金持ちたくさんいるんだから、一人くらいはさ! それに私達、ウェイルの妹弟子に、本物の弟子でしょ? 師匠の名前を出せば大丈夫だって!」
「……ボクらがウェイルの弟子だって、どうやって説明するの?」
「そ、それは……。雰囲気?」
「判るわけないでしょ!」
「あううう……。そうだよねぇ……。……もしかして、進路間違えた……? そうだ、コネだ! 誰か知り合いがいれば!」
「ギル、ヴェクトルビアに知り合い、いるの?」
「……いない……」
「……なんだか、いつものボクとギルが入れ替わったみたいだ……」
なんだかいつもの自分を見ているような気すらしてくる。
ただ、ウェイルにいつもこんな姿を見せているのかと、フレスは内心ショックを受けていた。
「ど、どうしよう……。私、ヴェクトルビアに知っている人なんていなかったよ……」
「う~~~ん。知り合いがいなくても、オークションハウスにでも行けば一つや二つ鑑定させてくれるかも……。……知り合い?」
フレスの頭に浮かぶ、ヴェクトルビアでの知り合い。
「あ、ボク、知り合いいるよ?」
「……え? そうなの? その人お金持ちなの?」
「お金持ちどころか、王様だよ?」
「………………おう、さま…………?」
思わず目が丸くなるギルパーニャ。
唐突な発言にそんなこと信じられないと言った様子で、フレスの顔へと手を伸ばしほっぺをつねった。
「いひゃい! いひゃいよ! ギル!」
「ちょっと、フレス! 私をからかってるの!?」
「かりゃかってなんかいないよぉおお! いひゃいいひゃい!」
つねる手を離すと、フレスは涙目で赤くなった部分をさする。
「本当なの? その話」
「ううう……、ギル、酷いよ……。ボクとウェイル、以前鑑定依頼でヴェクトルビアに行ったんだよ。ウェイルがアレスと知り合いみたいでさ。大きな事件があって、それを一緒に解決したんだ」
「……そういえば師匠が行ってたっけ。ウェイル兄がヴェクトルビアを救ったって。師匠、新聞を見ながらご機嫌だったなぁ……」
「その事件、当然ボクも一緒に行ったんだよ! だからアレスと知り合いなの!」
「そういうことだったんだ。なるほど。納得したよ! なら国王のところに行ってみようよ! 何か鑑定させてもらえるかもしれない!」
何とかこれからの目途が立ったことに、ギルパーニャは安堵しつつ、椅子に深く腰掛けた。
――目の前の殺気を無視してしまおうと。
「ギ~~~~~ル~~~~~~~??」
「わ、私、ヴェクトルビアまでお昼寝するね! 到着したら起こしてね!」
「知るか~~~~!! 仕返しだぁ~~~~!!」
目を赤くたぎらせたフレスが手を伸ばしてきた。
「い、いひゃいいい!! いひゃいって、ふゅれす~~~~!!」
「問答無用~~~!! うりゃうりゃうりゃうりゃ~~~!!」
「いひゃいって! もう、こうなったらやり返してやる! おりゃあああ!!」
「負けないもんね! うりゃりゃりゃりゃああああ!!」
「…………お客様、客室ではお静かにお願いします」
その後、汽車の車掌さんに二人揃って叱られたことは言うまでもない。