噂の真相
――降臨祭開始五分前のことだった。
建物全体が震えるほどの轟音が、大ホールの外から響いてきた。
「フレスからの合図……。見つけたか……! よくやった!」
響き渡る轟音に、ウェイルを監視していた二人も途端に動き始めた。
「おい、今の音! どこからだ!?」
「例の部屋だとしたらまずいぞ!」
「――何がまずいんだ?」
監視の二人が声のする方へと振り返った時には、既にウェイルの拳が二人の顔面目前に迫っていた。
避けることも敵わず拳は見事顔面にめり込み、二人はそのまま崩れ落ちた。
「さて、あっちの方だったな……」
倒れた二人を後にして、ウェイルは大ホールから廊下に出た。音のした方向へ進もうとした時、その方向から凄まじい形相の信徒たちが現われ、ウェイルの行く手を阻んだ。
「通さんぞ……、この先には」
手には信徒には相応しくない剣を持っていた。
「おいおい、物騒だな。俺は来賓だぞ?」
「黙れ! お前らがバルハー様を嵌めようとしているのは知っている! ラルガポットが贋作だというデマを流そうとしてたんだろ!」
「デマも何も、今日はそれを確かめようと思っていたところなんだけどな」
参ったなと頭を掻くウェイル。だが相手からすれば、その仕草は挑発に見えたらしい。
怒りに染まった瞳の色をさらに濃くして、剣を振るい切りかかってきた。
「――邪魔だ」
ウェイルは迫り来る剣を全て紙一重で交わし、お返しにと鳩尾目掛けてカウンターを打ち込んだ。
「プロ鑑定士をなめるなよ? 強くなきゃやっていけない世界なんだ」
鑑定士は強くなければならない。
鑑定結果に不服を持った依頼人に襲われることだって少なくはないからだ。
ウェイルの言葉を聞いた者はいなかった。すでに全員気を失っていたのだから。
「無駄に時間を食っちまったな……」
ウェイルは急いでフレスの元へ向かった。
――●○●○●○――
「――ここか……!」
轟音の根源。その場所はすぐに見つかった。粉々に粉砕された扉の破片が、そこら中に散乱していたからだ。
その部屋は吹き抜けの二階構造になっており、二階から下を見下ろせるようになっていた。もっとも二階へ繋がる階段はこの部屋には設置されていないようだ。
中は薄暗く、倉庫のような部屋である。
(……グルルルルルルル…………)
部屋は広かったが、フレスの姿はすぐに見つけることが出来た。
「フレス、見つけたか?」
「あ、ウェイル。うん、見つけたよ! これだよね!」
フレスが指差したその先。そこには――
「ああ、これだ。これで関連証拠も全て揃ったな」
――巨大な円陣と、それを囲むように配置された五本の杖があった。
「転移系神器と、その術式陣に間違いないようだ。ここからデーモンを外に転移させていたってことだ」
(……グルルルルルル…………)
「フレス、さっきから何か変な音が聞こえないか?」
「あ、ウェイルも? 実はボク、さっきからずっと気になってたんだ♪」
「だよなぁ、気配の大きさが尋常じゃないもんなぁ……」
「だよねぇ」
「この音の根源を転移していたと考えて間違いなさそうだな」
「――その通りですよ、ウェイル殿!」
ウェイルは声のした方へと視線を向ける。声の主は吹き抜けから下を見下ろしていた。
「いやはや、まさかこんなところでお会いするとは思いませんでした。いかがなされたのかな? 降臨祭はもうじき始まりますぞ?」
黒い笑みを浮かべたバルハーが、部下の信徒を引き連れ姿を現した。
「そうだな。仕事が終わったら参加させてもらうよ」
「仕事、ですか? 鑑定なら昨日全て終わらせたのでは?」
「今日は別件だよ。この都市の悪魔の噂についてだ。お前らだろ? デーモンを転移させていた犯人は」
「そんなことをして我々になんの得があるのです?」
白々しく答えるバルハー。その間にもウェイルらの周りには続々と信徒が集まってきた。
「贋作のラルガポットが高く売れるじゃないか」
「誰から聞いたのです?」
バルハーの目が光る。後から何かしようとするのは間違いなさそうだ。
「この都市のオークションハウスのマスター、ルークさんからだよ♪」
フレスが正直に答える。
元々隠すつもりなど毛頭なかった。これはルークの責任でもある。ここはダシに使わせて貰おう。
それを聞いたバルハーは、醜い高笑いを上げた。
「はははははは、そうです。その通りですよ! 噂の悪魔というものはここから転移したデーモンのことですよ!! 人間というものは本当に愚かだ。少し噂が広まるだけですぐにラルガポットを買ってくれる。それがいくら法外な値段になろうとも、噂がある限り売れ続けるのです。おかげでかなり儲けさせていただきましたよ」
「……正直な話、俺にはそっちの話はどうだっていい。お前、どうやって『不完全』と接触した?」
ウェイルの瞳が鈍く光る。
「おやおや、そこまでお知りになっているのですか。さすがはプロ鑑定士殿ですな。彼らに"偽ラルガポット"を作って頂いたのですよ! 流石プロですね~、私だって見分けがつきませんでした。公式鑑定書も彼らが作ったのですよ? 本当に素晴らしい仕事しますよねぇ」
「何がいい仕事だ。お前らのせいで人が死んでいるんだぞ!」
「別に構いません。被害者にはラルガンの御加護がなかった、ただそれだけのことです」
バルハーの目には狂気が滲んでいた。
その時、ウェイルの背後からガタッと音がした。
「どなたです?」
バルハーが問うた相手。そこには――
「……神父様……、今の話、本当なのですか……?」
――信じられないといった表情を浮かべるシュクリアがいた。
「おや、シュクリアですか。いいタイミングですね。こちらから迎えに行こうと思っていたのですよ。ちなみに今の話、全部本当のことですよ? 貴方以外は皆知っていたことです」
「な……何故……?」
「貴方に知ってもらう訳にはいかなかったのですよ。貴方は正義感が強く慈悲深い。それ故に逃げられたりしたら困りますからね。貴方は大切な代金なのですからね」
「だ、代金……ですか……?」
「そうですよ。貴方は今回『不完全』に報酬として支払う代金なのです。そのためにわざわざ、夫に逃げられて傷心している貴方をラルガ教会に迎えたのですから」
「そんな、嘘です! 神父様!」
「嘘じゃありませんよ? 妊娠している女を神官にだなんて、有り得るはずないでしょう? いわば貴方は神官の"贋作"といったところですよ」
「……あ……ああああ……」
シュクリアは目を見開き、口元を手で塞いでいた。ショックの余り、その場に立ち竦んだ。
「信徒諸君、彼女を連れてきてくれたまえ」
ウェイルを囲んでいた信徒たちは、一斉にシュクリアを取り囲んだ。
「おい、彼女に何をする気だ?」
「だから言ったでしょう? 代金ですよ。『不完全』へのね。おっと動かないで下さい。貴方達が動くならシュクリアの命までは取らないまでにしても、どんなことをするか分かりませんよ?」
信徒たちがシュクリアに剣を突きつけた。これでは迂闊に動けない。
「さあ、急いで彼女を」
シュクリアは信徒たちに抱えられて出て行った。ウェイルはただそれを見ることしかできない。
そんなウェイルをあざ笑うかのようにバルハーは言葉を続けた。
「貴方も素晴らしい才能です。まさか『不完全』の贋作を見破るとは! しかしそのことで命を失う訳ですので、才能が有りすぎるのも困りものですなぁ!!」
「ウェイル、ボク達、命を無くすの?」
フレスが人事みたいに言う。
「そうですよ、お嬢さん。貴方達は知ってはならぬ事を知ってしまったのですから。生かしておく訳にはいきません」
信徒を率い、圧倒的有利な状況を満足しているバルハーは、ご機嫌そうにウェイル達を見下していた。
(今なら何でも喋ってくれそうだ)
ウェイルはこのチャンスを生かすことにした。
「デーモンはどうやって手に入れた?」
「もちろん『不完全』の方から頂きましたよ。私共には召喚が出来ないので。代金さえ渡せば何だってやってくれる。それを利用して私も更に稼ぐことが出来るのですから、『不完全』という連中は素晴らしいですなぁ」
ウェイルはいい加減苛立ちを隠すことは出来なかった。
シュクリアのこともあるが、ウェイルにとって『不完全』という集団は、この世界で最も憎むべき宿敵だ。その宿敵を肯定し、素晴らしいと連呼する言葉は聞くに堪えない。
「もうよろしいでしょうか? 私もいい加減おしゃべりに疲れてしまいました。これから降臨祭でございますし、オークションハウス、とりわけルーク氏には制裁を加えないとなりません。何より下にいる私の可愛い魔獣が、貴方達を食べたくて仕方がないようで。ではごきげんよう」
バルハーが笑いながら姿を消したとき、部屋の奥の扉が開いた。
そこからはさっきから感じていた気配の主、上級デーモンに属する魔獣『ダイダロス』が姿を現した。