龍と鑑定士

第二部 第七章 プロ鑑定士試験編 『試験開始、新たな懸念』

イルアリルマのヒント

「どうしてなんだろう……」

「わかんない」

　ベッドの上で揃って考え込む二人。

　手が寂しいので、くるくると壺を回して遊んでいた。

　すると、部屋の扉にコンコンとノックをする音が響く。

「……誰？　ウェイル？」

　ウェイルであればノックをする必要はない。

　だからウェイルでないだろうとギルパーニャは思っていたが、他の来客者の心当たりはなかった。

「私です。リルです」

　入ってきたのはイルアリルマだった。

　にこやかな笑みを浮かべて、部屋に入ってくる。

「リルさんだぁ！　どうしたの!?」

「いえ、お二人がここにいることを察知したので、つい♪」

　彼女の察覚は、相当なものだとギルパーニャは思う。

「試験、どうでした？」

　早速ギルパーニャは一番訊きたいことを切り込んだ。

「第二試験ですか？　無事合格しましたよ」

「本当!?　どうやって!?」

　思わず立ち上がって驚くフレスだが、立ち上がった反動で、壺が地面に落ちてしまいそうになる。

「……うわぁ！　危ない危ない……」

「ちょっとフレス！　気をつけなよ！」

「その様子だとお二人はまだの様ですね」

「……うん。それでリルさん、どうやって合格したの!?」

「う～ん、教えちゃっていいのかな……？」

　口に人差し指を当てて考える仕草をするイルアリルマ。

　時たまチラリとフレスの方を向き、困ったなぁと呟いていた。

　やがて、別にいいかと口ずさむと、

「……うん。いいよ。教えてあげちゃいます！」

　とサムズアップを見せてくれた。

「本当!?」

「はい。　……でも、この方法はおそらくもう無理だと思いますけど……」

「いいからいいから！」

　部屋の椅子を持ってきてイルアリルマに勧める。

　お淑やかに腰を掛けたイルアリルマは、丁寧に語り始めた。

「お二人とも、まさか今日一日はこのマリアステルで過ごしていたのではないですか？」

「……うん。骨董市や質屋さん、オークションハウスにも行ったよ」

「結果は惨敗、そうですね？」

「うう……。そうだよぉ……」

「リルさん、私達、何か間違っていたかなぁ……？　シアトレル焼きは平均で15万ハクロアくらいで取引されていたと思うんだけど……。どこもまともに買い取ってくれなかったよ……？」

　昼間の出来事を思い出すと落ち込みたくなる。

　買い取り拒否の連続で、酷い所では門前払いの扱い。

　それを聞いて、イルアリルマは苦笑した。

「……それはそうですよ。だって、このマリアステルには今、シアトレル焼きの壺は供給過多なんですから」

「……供給過多？」

「ええ。この試験の為に、プロ鑑定士協会は1000個の壺をこの都市にばら撒いたんです。一度に1000個ですよ？　その価値は下がって当然です」

「……そうか！」

　ギルパーニャは気づく。

　この試験のカラクリにだ。

「……プロ鑑定士協会はわざと壺の価値を下げたんだ！　本来なら15万くらいするものを、大量入荷で二束三文にした。そんな価値の無い物を、どうにかして売って来いって。そういうことなんだ！」

「そうなの!?　じゃあリルさんはどうやって10万に……」

　フレスの疑問に、イルアリルマは答えてあげようとしたが、それをギルパーニャに止められる。

「ちょっと待って、リルさん。自分で考えるよ！　……えーっとプロ鑑定士協会はマリアステルに壺を配布して、だから価値が下がって……。……マリアステル……？」

　突如引っかかるマリアステルという単語。

　そして閃く。

「そっか！　マリアステルで価値が下がったんなら、他の都市に行って売っちゃえばいいんだ!!」

「正解です、ギルさん♪」

　そう、マリアステルがダメなら、汽車に乗って他の都市に行けばいい。

　他の都市であるならば、本来の値段で取引もしてくれるはずだからだ。

「私は合格条件が発表された瞬間、ピンと閃いたんです。壺は元々高い品です。それを普通に売るならば簡単なこと。でも、そんな簡単なこと、協会が試験にするはずもない。協会が壺を配布し始めた瞬間判りました。この都市では、壺を売ることは出来ないだろうなぁって」

　一日で1000個も配布したのだ。

　圧倒的な供給過多。

　買い取りを拒否した理由はそこにある。

　何せどこの店も、すでにシアトレル焼きの壺の価値が大暴落していることを知っていたからだ。

「だから全然買い取ってくれなかったんだ……」

　フレスも納得である。

「じゃあどうする!?　ボクらも今すぐ他の都市に行く!?」

「それは止めておいた方がいいです」

　などと言いながら早速準備を始めるフレスに、イルアリルマが口を挟む。

「どうして!?」

「だって、他の都市もすでに供給過多になりつつあるからです。このカラクリに気付いた受験者が最寄りの都市に殺到しています。おそらく、今からではとても間に合いません。そもそも私が行った時でさえギリギリのタイミングでした。後数時間遅ければ、壺の価値は暴落していたでしょう」

「……今から行っても間に合わない、それどころかすでに価値は暴落しているってこと……？」

「その通りです。それに、プロ鑑定士協会がシアトレル焼きの壺を大量に流すってことは、他都市のオークションハウスは事前に知っていたようです。ですから、最初にいくつか取引した後は、受付を拒否したとか。結局、他都市に行って無事売ることが出来たのは最初の数十人程度だと思いますよ」

「……そうなんだ……」

　淡々と語るイルアリルマに、フレスは素直に尊敬していた。

　イルアリルマの神がかり的な察知能力に、恐れていたと言ってもいいかもしれない。

　第一試験の時もそうだし、今回の咄嗟の判断もそうだ。

　誰が荷台に乗っていた壺を見ただけでそこまで予想できようか。

　同様にギルパーニャも、同じ受験者として、大きな力の差を感じていた。

　二人のシュンとした姿を見て、イルアリルマは少し動揺する。

「え、えっと。お二人とも、元気出してください……！　まだ明日があります！」

「……うん。でも明日、ボクらはどうすればいいんだろう……」

「……他の都市に行っても、もう意味がないんだよね……」

　落ち込む二人を見て、イルアリルマはしかたないなぁと呟くと、こっそり二人に耳打ちをしてきた。

「……では一つだけヒント。供給が多すぎるのであれば、それを断てばいいんじゃないかな……？」

「「…………？」」

「私からのヒントは以上！　それ以上は二人で考えてね♪」

　そう言うとイルアリルマは笑顔だけ残して、部屋を出ていってしまった。

「供給を……断つ……？」

「……フレス！　私、少し判ったかもしんない！」

「本当!?」

「うん！　でもうまく行くか判らないから、しっかりと作戦を練ろうよ」

　その夜。二人は一睡もすることなく、会議を続けたのだった。