第二試験開始
プロ鑑定士試験、第二試験の日を迎えた。
「ふー、緊張するよぉ……」
「わ、私も……」
深呼吸する二人を見て、穏やかに笑うイルアリルマ。
「二人とも、そんなに緊張しなくても大丈夫よ」
「だって! これで落ちたらまた次だよ! ボク、それ嫌だよ!」
「……普通、一発で受かるような試験じゃないのだけど……」
イルアリルマとて緊張しないわけではなかったが、すでに何度も受験している身だ。
第二試験程度ではまだまだというところだろう。
三人は内容が発表されるプロ鑑定士協会前の広場に集まる。
続々と受験者が集まり、緊張感が漂う。
「何人か見知った顔がいるわね」
リピーター同士の繋がりでもあるのだろう。
イルアリルマは、数人から声を掛けられ、ギスギスした空気の中でも会話を楽しんでいた。
「あ、サグマールさんだ!」
フレスの声で受験者の表情はさらに引き締まった。
時間はピッタリ正午。
険しい顔のサグマールが広場に現れたのだ。
「さて、諸君。第一試験合格おめでとう。しかし、所詮は第一試験だ。合格したところで何の意味もなさない。この第二試験に落ちたのではな!」
サグマールが手を挙げると、側近の鑑定士達がそそくさと動き始める。
すると本部内部から、大きな荷物を積んだ荷馬車が何台も現れた。
荷馬車には何やら布が被せてあって、中身を窺うことは出来ない。
「さて、ではお披露目と行こう」
サグマールの指示で布が退けられる。
荷馬車に乗せてあったもの、それは――。
「……あれ、シアトレル焼きの壺だよね? 第一試験で買ってきた……」
そう、そこにあったのは、大量のシアトレル焼きの壺であった。
第一試験で受験者達が手に入れてきた壺、その全てがそこにあった。
「これから行う第二試験で必要不可欠となるものだ。試験開始後、一人ひとつ配布する」
わざわざ手に入れた壺を一体どうするのか。
受験者の間に不安が広がる。
「プロ鑑定士試験、第二試験の内容は、これらの壺を売ってくること。それが合格条件だ!」
「……せっかく買ったのに、売るの? ……それだけ?」
「……いや、そうじゃないみたいだよ……」
サグマールが続ける。
「おそらく諸君はこの壺、ほとんどの物がただ同然で手に入れただろう。これはプロ鑑定士協会がマリアステルの露店などに配布した物で、受験者が求めたら格安で譲る様に言っていたからな。だが、それだけでは協会は大損だ。したがって、今度はこの壺を高く売ってきてもらう。今回の試験、このシアトレル焼きの壺を最低10万ハクロアで売ってきてもらいたい」
「10万だと!?」
「そんな大金無理だろ!?」
「詐欺でもしないと出来ないぞ!? プロ鑑定士協会は詐欺を推奨するのか!?」
受験者達から溢れる不満や文句。
「なんだ、10万か。余裕だな」
「シアトレル焼きの壺だろ? 本来は14、5はするからな。余裕だぜ……」
受験者の間には大きく分けて二つの考えが生じていた。
大半の者は、10万ハクロアなんて大金、簡単に手に入らないと思っている。ましてやすぐに用意するなど無理だと考えていた。。
それに対し、一部の者は余裕を見せていた。10万程度は軽いと、脳内ではすでに攻略の算段を立てているほど。
シアトレル焼きの壺は、元々そこそこの値打ちものだ。余裕だと思うあてはここにある。
次第に高まる不満や、意見の小競り合い。
中には第二試験のやり方に意見をしてくる者も出てきた。
だが、サグマールはそんな連中を睨み付けると、
「物を売ることすら出来ない者に、プロ鑑定士の資格など無い!」
と大声で一蹴する。
「参加したくない者はしなくてもよい。諸君の自由だ。それと最初に行ったはずだ。試験を受けるのなら命を賭けろと。命を賭けているのならばこの程度の試験、屁でもないはずだ。何せ死にはしないのだからな」
その言葉に、文句を言う連中はピタリといなくなる。
彼らも第一試験を通り抜けた、いわば猛者だ。
少なくとも、プロ鑑定士になってやるというプライドや気概はあるようで、サグマールの言葉に絶対合格してやると躍起になっていた。
「合格基準はシアトレル焼きの壺を10万ハクロアで売り、その証書を持ってくること。販売方法は問わない。証書に10万ハクロアの記載があれば良しとする。なお、この試験で諸君らが行かなる損失を被ろうと、我々は一切の責任を負わない。期間は約3日。明後日の午後6時までとする!! ちなみにもし壺を売ることが出来なかった場合、試験終了時にプロ鑑定士協会へ返還してもらう規則であるから、各々損をしないように。それでは、第二試験、開始だ!」
サグマールの号令で、受験者達は一斉に壺を積んだ荷馬車に殺到した。
プロ鑑定士試験、第二試験が今、スタートした。
――●○●○●○――
プロ鑑定士試験一日目、残り時間 53時間。
フレス、ギルパーニャ、イルアリルマも無事壺を受け取った。
「……これからどうしようか」
「ねぇ、リルさん、ボク達と組まない?」
プロ鑑定士試験は基本的に個人単位である。
しかし、試験中に他人と組んではならないというルールは全くない。
むしろ誰かと組んで、試験に臨んだ方が合格率も高いとされている。
フレスは当然のことながらギルパーニャと組んで、共に合格を目指していた。
そこへイルアリルマを誘ったのだ。
「そうね……。今はまだ止めておこうかしら」
しかし、イルアリルマはその誘いを拒否した。
「いや、フレスさん達と組むのが嫌ってわけじゃないの。いつもなら誰かと組んでるんだけど……。この前ウェイルさんに言われたでしょ? 覚悟はあるか、って。もちろんあるつもりだけど、つもりってだけじゃ味気ないと思ったの。だからこの第二試験くらいは一人で合格するくらいの覚悟がないといけないって、そう思ったから。お誘いは嬉しいです。でも、今回はごめんなさい……」
深々と頭を下げてくるイルアリルマに、思わず二人もたじたじだ。
「リルさん、頭をあげてください! リルさんの気持ちはよく判りましたから! ウェイル兄が言ってたこと、私も少し気に掛かってて。私はまだ私自身の覚悟ってのはよく判らないけど……。でもリルさんの気持ちはよく判るから……」
ギルパーニャにも思うところはあった。
自分はどうしてプロ鑑定士を目指しているのだろう。
師匠も、そして兄も鑑定士だ。自分もそうなるだろうと漠然と考えていた。
でも、兄弟子の言葉、そして目の前のイルアリルマを見て、自分は何が目的なんだろうと、改めて考えてしまったのだ。
「私、自分の目的、覚悟をここで見つけるよ! フレスと一緒にさ! だからリルさんも頑張って!」
「はい、お互いに頑張りましょう!」
「次は第三試験でね!」
「はい♪」
イルアリルマは笑顔を二人にくれると、後は一度も振り返らずにマリアステルの都市へと向かっていった。
「フレス、私、絶対合格してやるんだから!」
「ボクもだかんね!」
二人はニヤリと笑いあうと、リグラスラムでやったハイタッチをして互いの合格を祈った。
――●○●○●○――
残り時間 51時間。
「早く売りに行こう!」
というギルの提案で、二人は早速マリアステルの骨董市へとやってきた。
とりあえず目に入った店に入ってみる。
「あのー、この壺、いくらくらいで売れますか?」
ギルパーニャが店主にシアトレル焼きの壺を見せると、店主はあからさまに怪訝な顔を浮かべて、言った。
「またシアトレル焼きの壺かい。もうこの壺には価値なんてないさ」
「どうして!? 間違いなく本物だよ!?」
「関係ないのさ。シアトレル焼きについてはね。今、この都市でシアトレル焼きの壺を買い取ってくれる店なんてあるのかね……」
店主はそう言い残すと、壺をギルパーニャに突き返し、店の奥へ引っ込んでいった。
「本物なのに買い取ってくれないのかな……?」
「そういえばさ、ギル。シアトレル焼きの壺って、本来どれくらいで売れるの?」
「う~ん。焼かれた年代、窯、作者によっても違うけど、平均して15万ハクロアってとこだと思う。だから10万ハクロアってのは、あながち無理な条件ではないんだよね」
「今、どうして買い取り拒否されたんだろう……?」
それから二人はいくつかの骨董品店を回ってみたが、結果はどれも同じものだった。
「……買い取ってくれるってところはあったけど、1万ハクロアじゃあなぁ……」
買い取りをしてくれるというところもあったが、その値段は極端に低い物だった。
「質屋さんに行ってみようよ」
フレスの提案で早速質屋に駆け込むものの、門前払いを喰らってしまった。
「……うう……。どうしてだろう……」
「プロ鑑定士協会がなにか圧力でも掛けているのかな……?」
などと疑ってはみるものの、結局そうにしろそうでないにしろ、現状を打破するためには関係のないこと。
オークションなどにも回ってみたが、他の受験者が出品していた壺を見る限り、やはりというべきか二束三文で落札されていた。
「……もしかして、プロ鑑定士協会はわざと贋作を配布したのかも……」
そう思って今一度鑑定をしてみるものの、やはりと言うべきか本物に間違いはない。
そうこうしているうちに日も暮れて。
「……今日は戻ろうか……」
「……うん……。お腹すいたよぉ……」
初日は何も成果をあげることが出来ぬまま、ウェイルの部屋へと戻ったのだった。