極秘報告会
第二試験は三日後と発表された。
これは試験の準備期間として用意された期間であり、その間受験者は自由に行動できる。
この三日の間、フレス達は仲良くなったイルアリルマと共に勉強をしていた。
彼女のエルフとしての知識はフレス達にはとても新鮮なもので、特に違法品や神器に関して、その知識量は下手なプロ鑑定士を凌駕するほどであった。
「へぇ、エルフって、自分で神器も作れるんだね!」
「ええ。エルフには人間にはない力がありますからね。もっとも神器を作れると言っても、新しい物を創造することは出来ないんですよ。すでに解析が完了している神器だけでして。やってることは教会となんら変わりはないです」
「……それでも凄いって……。神器なんて一つ数十万ハクロアがざらなのに……。自分で作れるなんて、大儲けじゃん……」
「作る数には制限がありますからそんなには儲からないと聞きます」
「リルさんは作れるの?」
「私はハーフですから、制作には携わっていないんですよ。方法は知ってますし、理論も判っているので造れないこともないですが、手間、費用、時間を考えるとやらない方が賢明でした」
「ボクも最近は全然神器作ってないなぁ……」
「フレス、作れる!?」
「えっ!? あ、違うよ、作れたらいいなぁ、の間違い!」
(危ない危ない、ボクが龍ってこと、ギルには秘密だったんだっけ)
つい口走りそうになってしまった。慌てて話題を変えることに。
「そ、それよりウェイルは何処に行ったの?」
「ウェイルさんなら、少し用事があるとかで都市に出てますよ。何でも人に会いに行くとか」
「……何の用事なんだろ? ……誰だろ?」
――●○●○●○――
なんて三人が疑問を浮かべている頃、ウェイルは一人、マリアステルのとある家の扉の前で立ちすくんでいた。
扉を開こうとドアノブを触ってはみるものの、回すための握力が沸いてこない。
「……ここに来ると、嫌でもすくんでしまうよな……。さて、一体どうしたものか」
この扉を開けると、間違いなく襲撃を受ける。
最初の一打を防ぐため、扉を開いた瞬間、すぐに後方へと下がるべきか。
しかし、敵はそれを読んでいる可能性が高い。
何せ敵はウェイルに関して、誰よりも行動を熟知しているからだ。
色々と思考に耽った結果、諦めて襲撃された方が楽だという結論が出た。
「……入るぞ」
半ば諦め気味に、扉を開く。
その瞬間、それは本当に一瞬の刹那。
扉の向こうから伸びてきた、スラリと伸びた白い腕。
なまじ逃げること叶わないスピードで襲い掛かってくる腕に、ウェイルは覚悟を決め身を任せた。
「ああん♪ 久しぶりねぇ、ウェイル!」
はは、予想通り過ぎる。
……なんてすました嘆息が出来た時間もごく僅か。
あっという間に唇を奪われていた。
「うふふふ、これ、なんだか久しぶりね……」
妖艶な笑みも、ウェイルにとっては畏怖の対象でしかない。
「おい、もうそろそろいいだろう?」
ウェイルは何とか動く腕に力を込めて、強引に彼女を突き放した。
「……相変わらずだな――アムステリア」
「そっちも元気そうで何よりね。……ところであの小娘はいないの?」
「フレスは今プロ鑑定士試験を受けていてな。今は勉強でもしているんだろうよ」
「そういえばそんな時期か。あの娘、受かりそうなの?」
「こればっかりは判らんさ。贋作を見極める能力には優れているが、知識が不足しているからな。試験の内容次第ってことだ」
「ふうん。私としてはあの娘が合格してくれた方が、弟子としてウェイルに付きまとわなくなる分嬉しいんだけど」
相変わらずフレスに対しては厳しい。
「さ、入って。もう例の客も来ているわ」
実は、サスデルセルにて、アムステリアと、後二人に電信を打っていた。
大至急、相談したいことがあると。
電信を受けた三人にも、気になることがあったようで、すぐにでも返事を受けた。
本来であればプロ鑑定士協会本部にでも集合すれば良かったが、現在試験中であるし、何より話の内容が内容だ。人目につかないアムステリアの家を集合場所にしたのだった。
部屋に入ると、豪華な装飾のなされた椅子があり、そこに目的の客の一人が座っていた。
「……わざわざ足を運んでもらって申し訳ありません。――師匠」
「おいおい、だからその型っ苦しいのは止めろと言っておろうに」
その人物はウェイルの師匠であるシュラディンだった。
スキンヘッドに彫られた龍の入れ墨をきらめかせながら、豪快に笑いながらウェイルの肩を叩いてくる。
「お前さんから連絡があったときは、好都合だった。こちらとしても気になる点が多くてな。それにしてもお前さん、この美人さんの家に来いとは一体どういうことなんだ」
「やだ師匠様。美人だなんて、そんな本当のことをわざわざ口にしなくても♪ 私も驚きましたよ? ウェイルの師匠っていうから、どんな老けた老人が来るかと思ったら、まさかこんなダンディが現れるなんて」
「口が上手いな。ウェイルの彼女さんは」
「あら嫌だ、嫁の間違いですよ♪」
「……全部間違いだ……!!」
お約束の漫談をそれくらいにして、三人は改めて椅子に腰を掛けた。
「それで、電信にあったもう一人ってのはいつ来るんだ?」
「ああ、奴は今忙しいだろうからな。遅れてくると思うよ。だから先に始めていよう。今回二人に電信を打ったのは、非常に厄介なことがこれから起こりそうだからだ」
「厄介? そんなの日常茶飯事でしょ?」
「『不完全』の残党がサスデルセルに潜伏していた」
「…………!?」
それまでとは一変、張りつめた空気に変わる。
「ウェイルよ。『不完全』はクルパーカーで鎮圧したのじゃないのか?」
最初に口を開いたのはシュラディン。
彼はクルパーカーで起こったことは、以前ウェイルから聞いた話でしか知らない。詳しい説明を求めてくる。
「戦場にいた『不完全』構成員はほとんど全員逮捕した。ある一人を除いて」
「……フロリアね?」
「そうだ」
アムステリアの確認に首を縦に振る。
「だがな、ウェイル。そのフロリアとかいう奴が一人で逃げたところで、一体何が厄介なんだ? 贋作士の一人や二人、逃がしたところで大したことにはならんだろ」
「それが大したことになるのさ。何せフロリアは世界競売協会重役の切断された指を持っているのだからな」
「ルミナステリアが奪った指を!? フロリアが!?」
「実は重役の指の一つがサスデルセルで発見された。奴らはサスデルセルに逃げ込んだんだ」
「…………」
アムステリアは複雑そうな表情を浮かべていた。
何せこの指を奪ったのは実の妹であるルミナステリアだ。
妹の行った悪行が、今尚この大陸に危機をもたらす引き金になり得る。
姉として、自分がけじめをつけなければならないと誓っていた。
「……世界競売協会重役の指ともなれば確かに危ない。だが、それも結局は大した影響にならないぞ? 悪用される危険性はあるが、両協会がその辺をざるにする訳はない。指が悪用されるのを全力で防ぐはずだし、敵もそのくらい承知しているだろう」
シュラディンは、この問題はそこまで大きくないと主張する。
彼の言い分は正しい。
奪われた指で出来るのはそれこそ贋作の証明書が作られる程度のこと。
プロ鑑定士がいれば見抜くのは容易い。
由々しき問題ではあるが、ただちに大陸に影響が出るとは考えにくい。
「師匠の言う通り、プロがしっかりすれば厄介なことにはならない。問題はもう一つある」
ウェイルが人差し指と中指を立てた。
「フロリアには龍がついている」
「龍だと!?」
シュラディンが思わず声をあげていた。
「ウェイルよ、それはどういうことだ!? ドラゴンがついているだと!? 確かにお前さんから聞いた話ではドラゴンが壮絶な戦いをしたとあった。だが、そこで決着はついたのではないか!?」
「確かに着いたよ。その場ではな。敵の龍はまだ生きていたんだよ。闇の神龍――ニーズヘッグ。フェルタリアを襲った黒き魔龍だ……!!」
「な、なんと……!!」
シュラディンは昔、フェルタリアにいた。
そこで当時封印から解かれていたフレスを見たことがあるという。
「フェルタリアを滅ぼした龍だと……」
シュラディンが狼狽えているのを、ウェイルは初めて見た。
だがそれも無理はない。シュラディンとて、フェルタリアで生きていた以上、ニーズヘッグは恐怖の対象でしかない。故郷を潰した元凶なのだから。
ウェイルは幼かった故、記憶が乏しい。
ニーズヘッグに関する記憶はないし、恐怖もない。
ウェイルが『不完全』を恨む理由は故郷を潰されたことにあるが、ウェイルは当時幼かったため、直接被害を受けた記憶はない。
ただあるのは、脳裏にこびりついて離れない、目の前で大切な人が殺された悲惨な記憶だけ。
「サスデルセルの警備を突破し、フロリアはニーズヘッグと共に再び逃走した。それがどこに行ったかは判らない。フロリア達は『不完全』の中でも過激派だ。今更穏健派と手を組むとは考えられないことではないが可能性は低い。何か新たに目論むかも知れないし、自棄になってニーズヘッグを暴れさせるかもしれない。そうなった、都市一つの壊滅じゃ済まなくなる」
ニーズヘッグ、いや、そもそも龍という存在そのものが大変危険なものなのだ。
それこそフレスやサラーだって、一度本気で暴れようものなら、下手をすればアレクアテナ大陸そのものが崩壊する。
「……ウェイルよ。そのフロリアとか言う者達の居所に見当はあるのか?」
「……それがさっぱりでな。だが、奴らも追われている身。それにニーズヘッグは先の戦争で大きなダメージを受けている。今すぐ暴れられるかと言えば、それはないはずだ。早急に対策は講じないとならないが、敵がどう行動してくるか判らない以上、それも限界はある」
「『不完全』過激派復活……。あり得るのかもしれないわね」
過激派のリーダーであるイングはすでに処刑されている。
しかし、その意思を次ぐ者がいないとも限らない。
それに穏健派のこともある。
アムステリアがいたころの『不完全』とは大きく違う可能性もある。迂闊に行動はとれない。
「奴らの復活はあり得るし、龍がいる以上、一度何か起きれば大変なことになる。それだけを頭に入れておいてほしい。そして何かあれば、俺に力を貸してほしいんだ。ニーズヘッグ、そしてフロリアは必ず俺とフレスの手で倒さねばならない。よろしく頼む」
ウェイルが頭を下げると、シュラディンが肩を叩いてくる。
「弟子が無茶をするのを止めるのも師匠の役割だ。フレスちゃんのこと、守ってやれよ。……まあ師匠である俺が、弟子であるお前を無茶させてるんだから説得力はないけどな」
「ウェイル。フロリアの件、私が探るわ。もし穏健派と接触するのであれば、すぐに察知できるし。問題はイレギュラーな行動をされることだけど、そっちもあのチビ治安局員と手を組んでどうにかしてみる」
チビというのはステイリィのことだろう。
「ああ、頼んだよ」
『不完全』過激派は完全に死んではいない。
それは自分のミスでもある。
ウェイルは必ず自分の手で奴らを倒すと誓ったのだった。