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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第二部 第七章 プロ鑑定士試験編 『試験開始、新たな懸念』
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母と奴隷

 プロ鑑定士試験、第一試験が終了した。

 受験者数、3012人中、一次審査の合格は987人だった。

 そもそも正解であるシアトレル焼きの壺は、プロ鑑定士協会が各露店に配った1000個と、元々店頭に並んでいた数十個分しかマリアステルには存在しなかった。

 どんなにあがいても2000人弱は落ちてしまうこの試験、それでもこの合格者数は例年に比べて多かった。


「今年は優秀な人材が多いな」


 合格者の調査書を見ながら、サグマールも呟いていたほど。

 合格した987名には、一人一人番号のついたドッグタグが配られ、それが第二試験参加の必要条件となる。

 第一試験終了と同時に、第二試験が開始される日程が発表された。

 第二試験開始は三日後の正午。

 それまでは受験者はこのマリアステル内で宿泊することになる。

 プロ鑑定士協会本部の宿泊施設も解放され、イルアリルマもそこに宿泊する。

 もっともフレスとギルパーニャは、当然のことながらウェイルの部屋にいたのだが。

 イルアリルマを加えた4人は、フレス行きつけの例の食堂で夕食を済ませた後、ウェイルの自室へイルアリルマを招いた。


「へぇ、ここがプロの部屋ですか。……結構汚いんですね」

「ほっとけ……」


 毎日のように部屋で遊び回るフレスとギルパーニャのせいで、部屋には物が散乱し、それはそれは酷い状態である。

 ウェイルが彼女を部屋に誘ったのは、先程鑑定しているときに確信したことを、彼女に確認しようと思ったからである。

 また個人的にも彼女の素性について興味があった。

 イルアリルマにとっても願ったりかなったりだったらしく、誘うとすぐに了承してくれた。


「まあ適当に座ってくれ」


 無駄にたくさんある椅子の一つを差し出すと、イルアリルマはお淑やかに腰を掛ける。


「うう、絵になる……」

「フレス、私達も座り方、気にしてみようか」


 などと外野がひそひそするほど、彼女には気品があった。

 色々と聞きたいことがあったし、イルアリルマにとってもそうである。

 それでもウェイルは、真っ先に、単刀直入に切り込んだ。


「なあ、リル。あんたさ――目が見えないんじゃないか?」

「……――ッ!?」


 イルアリルマが酷く狼狽える。

 まさかばれるとは。

 まさにそんな顔をしていた。


「……どうして判ったんです?」

「さっきの会話だよ。リル、お前はさっきこう言ったよな。『ウェイルさんを感じた』ってな。確かにエルフは人間にない感覚、特に察覚と呼ばれる感覚に優れている。しかし、いくら優れていようとも、視覚が良好であるならば、普通は視覚を利用するはずだよ。一番情報量が多いのが視覚だからな。つまり普通ならばあそこは『ウェイルさんを見た』と言わないとおかしいんだ。でもお前は感じたと言った。だからだよ。リルは目が見えないってことに気が付いたのは」

「……凄いですね……。たったそれだけのことで目が見えないことがばれてしまうだなんて」

「……目、見えないの……?」


 あまり深く切り込むには躊躇われる話題に、流石のフレスも遠慮がちだった。


 しかし、対するイルアリルマは明るかった。


「いやぁ、プロって本当に凄いです! まさかばれるだなんて! あ、フレスさん、気にしないでくださいね? 私にとって視覚は全く必要ないのですから」


 それからイルアリルマは語り出した。


「私、ハーフエルフって言いましたよね? 人間とエルフの間に生まれたんですよ。母がエルフ。そして父は名も知らない人間です」


 名も知らぬ父。

 そうなる理由は数多くあるが、ウェイルがピンと来たのは、どうしてか一番過酷な例だった。


「……まさか……奴隷、か……!?」

「はい。私の母は奴隷商人に捕まって売り飛ばされたんです。エルフ族は価値がありますからね。さぞ高く売れたでしょう。私の父は母を買った大富豪だそうです。母は私を身籠ってすぐに捨てられました」

「……奴隷だなんて……!! 酷い……!!」


 フレスは為替都市ハンダウクルクスで奴隷となっていたピリアを知っている。

 彼女がどんな仕打ちを受けていたかもだ。

 フレスにとって、それは衝撃的なもので、奴隷と聞くだけで寒気がするほどになっている。


「そうして生まれた私ですから、母も当然私に対して冷たくあたってきました。幼い頃は理不尽に思ったものですが、今考えれば妥当だと思います。母も苦しかったと思いますから」


 あまりに淡々と語るイルアリルマ。

 フレスはこういう人間の醜い話は大の苦手だった。耐えきれずギルパーニャに抱きついている。


「……そうか。それで、そのことと君の視覚についてはどう関係があるんだ?」

「……エルフ族は人間とは違い、五感ではなく七感あることはご存知ですよね? ですが私はハーフエルフ。確かに七感あるとはいえ、それら一つ一つはエルフに比べて弱いんですよ。エルフにとって感覚は神獣である証。薄羽と共に誇りなんです。私はそれが弱かったため、落ちこぼれだと周りから疎まれ、母からは八つ当たりを受ける日々を送っていました。ストレスのせいだと思いますが、七歳くらいのとき、高熱を発して倒れたことがありまして。落ちこぼれの私は誰にも助けてもらえず、死の淵をさまよったんですよ。そこで助けてくれたのが、一人の鑑定士です。彼は私を抱きかかえて医者に見せてくれたのです。おかげで命は助かったのですが、高熱の後遺症が出たのです」

「……それで視覚を失ったのか……?」

「視覚と、そして触覚です。私は触れても、その物の温度や表面の様子が判りません。七感の内、二つを失いました」

「…………そんな…………!」


 フレスはとうに泣いていた。

 ギルパーニャも辛そうに聞きながら、フレスの頭を撫で続ける。


「ですが悪いことばかりではないんですよ? 人間でもよくありますよね? 視覚を失った人は、その他の感覚が優れるって。私の場合もそれなんです。視覚と触覚を失った代わりに、聴覚と、そして察覚が異常に優れるようになったんです。察覚、これが本当に凄くて、何も見なくても、気配や雰囲気だけで、周りにどんなものがあるか、誰がいるのか、その人はどんな顔をしているのか、全て判るんです。聴覚だって、どんな些細な音も聞き逃しませんし、絶対音感だって手に入れちゃいましたよ」

「通りで壺の音だけで鑑定できたわけか。俺を見つけたのも常人離れした察覚があったからこそ、か」

「そうなんですよ! とても便利で重宝してるんです!」


 全てを語り終えたイルアリルマは、やはり笑顔だった。

 ウェイルが感じた彼女の強さとは、悲惨な過去、それを乗り越え、受け入れることが出来た許容力。

 およそ二十歳行かぬ者とは思えぬ、力強い覇気であった。


「そうか。強いな、リルは」

「そんなことはないですよ。私には目標があったから。それだけです」


 彼女のいう目標。

 ウェイルは、なんとなくイルアリルマと自分を重ねあわせていた。

 だからこそ判る。

 イルアリルマの目標、それが一体何なのかを。


「リル。君はどうして鑑定士になろうと思ったんだ?」


 その問いに、彼女の雰囲気が変わる。


「ウェイルさんならもう気づいていると思います」


 ウェイルも頷き返す。

 イルアリルマもそれを見て、一度から笑いし、そして答えた。


「――復讐、です」


 判っていた。その答えが出ることは。

 ウェイルと彼女は似ている。

 だからこそ、これしかないと確信していた。


「もちろんそれだけではないです。高熱を出した私を助けてくれた鑑定士に憧れたというのもありますからね。でも一番の目的はやっぱり復讐です。私の母を奴隷にした奴隷商人と、その元締め、そして贋作士組織『不完全』への」


 その単語に、ウェイルは酷く驚いた。


「……どうして『不完全』を……?」

「私の母、『不完全』に材料を下ろす業者をしてましたからね」


 『不完全』は贋作士が集まった組織。組織の主な活動は、当然贋作を作ることである。

 となればその材料が必ず必要となってくる。

 イルアリルマの母は、その贋作を作る材料を調達する問屋をやっていたということだ。


「母のやっていることは、当然悪いことです。ですからそのせいで母が治安局やプロ鑑定士協会に逮捕されるのは当然だと思います。しかし『不完全』の連中は、治安局の手が伸びてきていると悟ると、すぐに母を切り捨てたのです。治安局から逃げ、路頭に迷った母をさらったのが奴隷商人達ということです」


 着の身着のまま逃げて、へとへとになっているエルフの女を、奴隷商の連中が見逃すはずもない。捕まるのは、ある意味必然だと思える。


「私は母のことが大っ嫌いです。母が死んだ時も清々したほどです。ですが、今になって判りました。母が私のことを酷く扱った意図や理由も。母からしてみれば、私は疫病神みたいなものです。好きでもない相手に無理やり孕まされて生まれた子なのですから。愛着なんて沸くはずもないんですよ。母は私を殴る時、いつも苦しそうでした。泣いていました。今でも当時を思い出すと吐き気がします。それでも泣いていた母の顔は忘れられない。だからこそ私は母の墓標に誓ったのです。不要になった母を、躊躇なく切り捨てた『不完全』と、母をさらった奴隷商人達を、いつかこの手で、と」

「……だから俺に近づいてきたわけだな? 俺のことを尊敬するってのも、『不完全』絡みのことか」

「……はい。もし気を悪くしたのなら謝ります。ですが、ウェイルさんほど『不完全』についてお詳しく、さらに積極的に関わっていく鑑定士は他に聞きません。だからこそ私はウェイルさんに近づきたかった。さっき変な芝居を打ったのも、全てはその為。必ず復讐を果たす。私自らの手で、奴らを潰す。私はただその為だけにプロ鑑定士になりたいのです」


 イルアリルマは真剣だった。

 彼女の覚悟は生半可なものではない。

 ウェイルにはそれが判る。何せ動機が同じなのだから。

 だからこそ、ウェイルは言った。


「……止めておいた方がいい」

「どうしてですかっ!?」


 温厚だった彼女が、突如怒号を発する。


「私、母を苦しめた犯罪者を許すことは出来ません。絶対にプロになって奴らを追い詰めます。この手で奴らを……!!」

「君の気持は痛いほど判る。俺もプロになった動機は君と同じだからな」

「……ウェイルさんも……!?」

「そうだ。プロになってからも、とにかく積極的に『不完全』について調べ、何度も事件に遭遇した。そしてその度に命を落としかけた。君にその覚悟があるか? とは問わない。君ならあるだろう。だからこそだ。だからこそ、君にはこんな危ない橋を渡って欲しくはないんだ」

「嫌です! 私、命なんて惜しくない! 奴らを捕まえるためならば!」

「――クルパーカー戦争、知ってるか?」

「……クルパーカー戦争……。はい、もちろんです」

「あれは、『不完全』とクルパーカー軍の戦争だったんだ」

「それは知ってます! ウェイルさんだって、その戦争に参加していたんですよね!? だから、私は貴方に近づいた!」

「死者18092人。これがクルパーカーの被害だ」

「……一万……!?」

「俺は戦場で多くの死者を見た。皆、生きたがっていた連中ばかりだよ。今日を生きて、家族の元へ帰るために。そう胸に秘めて戦っていた者ばかりだった。皆、無残に死んでいった」

「…………ッ!!」

「残された家族だって、これからどうしようか途方に暮れていた。愛する者を失い、泣き叫んでいた。……妹を失い、普段見せない涙を見せた者だっている。それはもう悲惨だった」


 フレスもブンブンと顔を振っていた。

 ギルパーニャにとって、それは初耳であったのだが、その戦争にフレスも巻き込まれたのだと、すぐに理解した。


「奴らに関わるだけでこうなるんだ。ほとんどの人間は関わりたくもなかったはずだ。勝手に向こうから関わってきて殺された。酷い話さ」

「…………それでも……!! それでも私は……!!」

「俺は君に死んでほしくない。君に辛い思いをしてほしくはない。それだけだよ。リル、君には才能がある。プロ鑑定士にふさわしい実力がる。何も無理に『不完全』に関わるなとは言わない。贋作を突き止め、破棄する仕事もある。最前線で戦う者をサポートすることだって出来るはずだ。何も無理に君自ら手を汚さなくてもいい」


 ウェイルだって、彼女の気持ちは痛いほど判る。

 だから『不完全』を潰すための努力をするなとは言わない。

 むしろ歓迎する。味方が増えるからだ。

 だが、彼女が戦場で到底戦力になるとは思えない。

 彼女には確かに才能がある。

 しかしそれは鑑定士としてであり、兵士としてではない。

 戦場で生き残る者、それは大半が怪物じみている連中ばかりだ。

 アムステリアやイレイズ。フレスとサラーに至っては怪物そのものだ。

 ハーフエルフの、それも何も力を持たぬ女の子がとやかく出来るレベルじゃない。


「君は裏方。サポートをする方が向いている。俺としても君のような者にサポートされたらありがたい。そちらを目指してみないか? 君にとっては悔しいだろうが、そっちの方がいい」


 イルアリルマを守るためにウェイルの出した妥協案。


「…………私、私……!!」


 イルアリルマは目に涙を浮かべていた。

 隠すこともせず、ただひたすらに拳を握り、悔しさに耐えていた。

 ウェイルにとっても複雑だ。

 そもそも復讐というのは、自らの手で行わなければ意味がない。

 サポートというのは、結局のところ他人任せなのである。

 そのことに悔しさを覚えるのは当然だ。


「…………私、『不完全』や奴隷商人を絶対に許せません……!! プロ鑑定士に、絶対になります……!!」

「……そう、か」


 自分の想いは伝わらないかもしれない。

 それも仕方のないことだ。

 ウェイルも俯き、小さく嘆息する。

 だが、イルアリルマの言葉はまだ途中であった。


「だから……、だから……!! ウェイルさん……、私に力を貸してください……!! 私、ウェイルさんのこと、全力でサポートします……!! だから、私の、私の代わりに……!! そのためにも、私、絶対に合格して見せます…………!!」


 切れ切れながらも、そう言い放ったイルアリルマ。

 ウェイルは椅子から立ち上がり、未だ涙の止まらぬ彼女の頭をガシガシと撫でて、そして力強く答えてやった。


「――任せておけ…………!!」


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