ラルガ教会
「降臨祭を利用する」
一度宿に戻ったウェイルが立てた戦略は、ラルガ教会への潜入だった。
プロ鑑定士が贋作士、詐欺師を摘発するには一定の条件が必要となる。
一つは"物的証拠"。
今回はオークションハウスに持ち込まれたラルガポットの贋作、そして悪魔に取り付けられていた神器。これらが条件を満たしている。
そして"関連証拠"。
今回足りないのはこれである。
ラルガポットの噂と悪魔の噂。この二つの関連を証明出来る決定的な証拠が必要なのだ。
この関連証拠を得るために、ウェイルは降臨祭を利用することにした。
「降臨祭なら怪しまれずに入ることが出来る。今回俺は特別待遇で入れることになっているんでな。お前も俺の弟子だといえば入れるだろう」
バルハーは裏口から入れると言っていた。シュクリアが対応してくれるはずだ。
ウェイルは昨日のシュクリアを思い出していた。悪魔の噂の事を聞いたときのあの表情。
果たして彼女は今回の件の事を知っていたのだろうか?
「ねぇ、ウェイル。さっきルークさんに頼んでいたのってなんだったの?」
フレスが疑問を口にする。
「あれは最後の切り札だ」
「切り札?」
「ああ、あれが通れば全てが終わるよ」
ルークは今頃それを持って汽車に乗っている頃だろう。
「それともう一つ、治安局への通報もして貰った。これはあまり期待できない。治安局は腰が重いからな。だからこそ俺達が関連証拠を手に入れる必要がある」
「つまりあれさえ見つければいいんだね?」
「その通りだ。いいか、教会に潜入したら別行動だ。俺は既に鑑定士として教会に見られている。つまり監視の目が置かれるわけだ。だがお前は別だ。だから俺が降臨祭に参加している間に"あれ"を見つけてくれ。間違いなくあるはずだ。見つけたらそこで大騒ぎしろ。混乱に乗じて俺も駆けつける」
「わかったよ! なんだかわくわくしてきたね!」
フレスはなんだか嬉しそうだったが、ウェイルはとてもじゃないがそんな気分にはなれない。
奴らと繋がっている可能性があるのなら、何としてでも情報を得なければならない。
「そろそろ時間だ。行くぞ!」
「うん! 師匠!」
――●○●○●○――
「シュクリア、降臨祭に参加しに来たよ」
ウェイルとフレスは裏口へ回り、待機していたシュクリアに声を掛けた。
「よくぞいらしてくれました、ウェイルさん! あれ? こちらの可愛らしい方はどなたですか?」
「フレスって言います! ウェイルの弟子でお嫁さんです!」
こんなときでも冗談が言えるフレスは凄いと思ってしまう。
「まあまあ、じゃあ私と同じですね! 私はシュクリアといいます。さぁ、中にどうぞ!」
と、ご機嫌なシュクリアに儀式を行うであろう大ホールへと通された。
どうやら待遇席は正面のラルガン神の銅像付近に用意されており、一般席は銅像から少し離れた大量に並べられた長いすに座るようだった。
「では私は準備がございますので」
そう言ってシュクリアは席を外し、姿を消した。代わりに二人の男がウェイルの傍に座る。
「……ウェイル、あの人達、監視かな?」
「間違いないな……」
彼らに聞こえないように呟く二人。
「……フレス、作戦開始だ」
「……うん!」
力強く頷いたフレスを二人の男が睨む。
そしてその睨んできた男の一人にフレスは大声で尋ねた。
「ねぇ、ボク、漏れそうなんだよ! お手洗いどこ?」
儀式を開始する前の静寂した空気に、フレスの声が響き渡った。
一般の信者が誰だと言わんばかりに視線を送ってくる。
フレスはそんなことはお構いなしにと、
「ねぇねぇ、お手洗いどこ? ボク、もう我慢できないよ!」
と続けた。
場の雰囲気をぶち壊すこの大声に、流石に我慢の限界を超したのか、睨んでいた男二人が、
「「裏口の近くにお手洗いがある、早く行け」」
と、声を揃えて教えてくれた。上手く罠に掛かってくれた訳だ。
「じゃあ行って来るよ」
笑顔を見せ、一言残したフレスは、踵を返して大ホールから出て行った。
「まずは作戦通りだな……。頼むぜ、フレス……」
――●○●○●○――
「さて、急いで探さないとね!」
大ホールを出たフレスは、とりあえず手当たり次第に部屋を巡回していた。
そしてやけに豪華な装飾がなされた扉の前にたどり着いた。
「誰かいる……」
中から男二人と思われる会話が聞こえてくる。フレスは扉を少しだけ開けて、聞き耳を立てた。
「『不完全』からのノルマはどうなった?」
「はっ! 神父様、後二人分でございます」
「ふむ……。少し急がねばならぬな。連中との契約は明日までだ。そろそろシュクリアには犠牲になってもらうかね」
「残りの一人は?」
「今日の降臨祭に来ている奴らの中に一人くらいいるだろう。そいつを使う。儀式が始まったら急いで探せ!」
「承知いたしました、神父様!」
会話は終わったようで、部下と思われる男が扉へと向かってきた。
「……急いで隠れないと!」
と、口にしたはいいが、一本道の廊下に丁度いい隠れ場所などある訳がなかった。
「し、仕方ない……。ヤンクさんには見つかったけど今はこれしかない……」
フレスはウェイルに怒られたあのときのように、しゃがんで頭を抱え込んだ。
――どうか見つかりませんように……。
奇跡的にその願いはかなったようだ。
男はフレスになど気づきもせず、大ホールへと続く廊下を歩いていった。
「ふー。助かったー」
と汗を拭う仕草をするフレス。だがそこに、
「あら? どうしたの? フレスちゃん」
「シュクリアさん!?」
予想外な人に声を掛けられた。咄嗟に言い訳を考えるフレスだったが、良い考えが浮かばない。
「ん? フレスちゃん?」
「ごめん! シュクリアさん!」
「フレスちゃん……?」
フレスが出来たこと。それは逃げる事だけだった。
シュクリアの姿が見えなくなって、ようやくフレスは足を止める。
「ふー、危ない危ない。これで捕まったらウェイルに怒られちゃう」
怒られるだけで済めばいいが、今回はそれだけでは済みそうもない。
「それよりも、さっきの会話の意味。どういうことだろう……。シュクリアさんを犠牲にって……」
手を組んで考えるフレスだったが、次第に頭は混乱し始めた。
「……う~ん、駄目だ!! こういうことはウェイルに頼もう……。それよりも、あれを探さなきゃ」
今の自分の責務。それは関連証拠を見つけ、そしてウェイルを呼ぶこと――。
それから少し奥に行ったところに、明らかに異質な扉が姿を現した。その扉には様々な呪文印が施されている。
フレスはそれに見覚えがあった。それは封印術を行うときに使用される神器で描かれた円陣であった。
「この扉……、封印されている。でもこの程度の封印なら……えいっ!」
フレスは両手に力を込め、巨大な氷塊を出現させると、それを容赦なく扉に打ち放った。
「そりゃああああぁぁぁぁぁぁ!!」
凄まじい轟音が廊下に響き渡り、打ち放った氷塊と共に扉は粉々に砕け散った。
「さて、あれ、あるかな~」
壊れた扉から中に侵入したフレス。
そして部屋の中を一通り見回して、一言――
「あ~った!!」