壺のかけら
サグマールの開始の合図に、どうしたら良いかと戸惑う多くの受験者達。
しかし、その中には機敏に行動を開始する者達もいる。
「フレス! あっちをお願い!」
「うん!」
開始の宣言と同時に走り出したフレスとギルパーニャ。
狙うは――粉々になった壺の欠片。
二人はそれぞれ、別の場所で割れた壺の欠片を取りに行く。
「そうだ。これなら仮に片方が贋作でも、もう一つが本物なんだから鑑定は可能だ」
壺の贋作は一つだけ。ならば二か所以上の欠片を取れば、必然的に本物の欠片は手に入る。
「やった! 大きい欠片もーらい!」
「フレス~! こっちも大きいの、手に入ったよ~~~!!」
開始と同時に動き始めたフレスら含む先陣組が、次々と壺の欠片を確保していく。
その様子をただ呆然と見ていた他の者達は、今頃になって危機感を覚え焦り始めた。
「ま、まずい……!! 欠片が無くなる……!!」
「おい、その欠片は俺のだ! 返せ!」
壺の欠片を巡って争いまで起こり始める始末である。
「……あの連中、駄目だな」
初動の遅い者は、この試験では必ず落ちる。
もうすでに欠片が手に入らず、絶望している者もいるくらいだ。
粉々になった破片は、開始十分後には全て無くなっていた。
「ウェイル~、欠片、手に入れたよ」
「お前ら、動くのが早かったな。それでいい。さぁ、急いで鑑定して、本物を手に入れてこい! 俺は協会内で待っているからな」
「うん。そういえばウェイルはこれから何するの? カラーコインの鑑定?」
「いや、実は秘密にしていたが、俺もこの試験の審査員をすることになっている。だからこれから第一試験が終わるまで、お前に口出しは出来ない」
「そ、そうなの!? ……うん。最初からウェイルの力を借りるつもりなんてなかったし、審査員になるんなら仕方ないね。ボク、頑張るからね!」
「ウェイル兄! 私達、第一試験を一番でクリアして見せるからね!」
「期待してるよ。それじゃ二人とも、幸運を祈る」
ウェイルが二人の肩をポンと叩くと、二人はやる気満々な笑みをこちらへ投げかけてきた。
「「絶対合格してやるー!!」」
拳を上に突き上げて意気込む二人を背に、ウェイルは協会内へと戻ったのだった。
――●○●○●○――
壺の欠片をしげしげと見定めるギルパーニャ。
二人が手に入れたのは大きめの欠片四つ。内一つは手のひらサイズもある、とても大きな欠片だった。
「色は……どっちも黒いね」
「うん。触った感じ塗装されたわけではなさそうだよ」
「焼き方は……、うん、普通だ。一般的なものと変わらない」
「ギルの欠片とボクの欠片、どこか違うところあるかな?」
「うむむむ。同じように見える。ねぇ、こういうのってフレスのが得意でしょ?」
「うん。ボクは間違いなく一緒の物に見えたんだ」
「なら間違いないと思うよ。問題はこれが何だか、なんだけどさ」
「ねぇ、ギル。壺って、大抵表面につやがあったりすると思うんだけど、これにはないよね。何かヒントにならない?」
「そうだなぁ……。つやを出すって言ったら釉薬を塗るんでしょ? それでこれにはそれがないとなると…………あ! そういえば!」
「何か判ったの!?」
「これ、シアトレル焼きの壺だよ! うん、間違いない! 釉薬を塗らないのはシアトレル焼きの壺だけだ! この黒い色も、表面にかまどの炭が付着して出来た色なんだよ!」
「……ペロリ。ホントだ! 炭の味だ!」
「……フレス、それで判るの?」
「うん」
「そ、そう……。ならこの壺、シアトレル焼きで間違いない。早速買いに行こう!!」
鑑定が終わって、嬉々として走り出すギルパーニャ。
それに対してフレスはというと、視線は横にして立ち止まっていた。
「どうしたの? フレス」
怪訝な顔を浮かべるギルパーニャ。
今は急いで買いに走らなければいけない時。
確かにサグマールはこの都市に必ず正解の壺は売っているといった。
しかし、その数には限度があるはずなのだ。
受験者は、最初のアクシデントや、自信喪失で帰ったものを除外しても、まだ2000人近く残っている。
それだけの人数が、シアトレル焼きの壺に集中したならば、数が足りなくなるのは目に見える。
「フレス、急がないと……!!」
「ねぇ、ギル。あの人達にさ」
フレスが指さしたのは、行動が遅くて欠片が手に入らなかった受験者達。
「あの人達に、この欠片、分けてあげない?」
「な、何言ってるのさ、そんなこと駄目だよ!」
「ボク、壺の数が足りなくなる危険性は判ってるんだよ。でもさ、あの人達、可哀そうだよ。あの人達も、ボクらみたいにたくさん勉強してきたはずなんだ。それなのに、欠片が手に入らないで落ちる、なんてあんまりに思えたんだ。ねぇ、駄目かな?」
「う~ん……。私達も余裕があるわけじゃない。ライバルは少しでも蹴落としたい。でも、フレスの言いたいことは理解できるよ……。判った。欠片を置いてこう。でも置いておくだけだよ? 私達からあの人達にあげる、なんてことはしない。ここに置いていくだけ。彼らがこれに気付いて鑑定するんなら、それはそれでいい。フレス、いい?」
「うん! さすがにこれどうぞ、なんてボクもしないよ! ボクらはただ、この欠片をここに忘れていくだけ!」
「そそ、忘れてしまっただけ、だよ!」
フレスとギルパーニャは持っていた欠片を、その場において立ち去った。
「おい、壺の欠片があるぞ!」
残された受験者達は、奇跡的に落ちていた壺の欠片を、皆で分配し、鑑定を始めることが出来たのだった。
――ただし一部の者は、走り去ったフレスとギルパーニャの姿を見て、いやらしい笑みを浮かべていた。