最後の猛勉強
それから試験の前日まで、フレスとギルパーニャは勉強の日々を続けた。
フレスは苦手であった為替計算も、そこそこ出来るようになり、またギルパーニャも実際に名品、珍品に触れて目を肥やすことが出来た。
ルークやヤンクに支えられながら、二人は勉強に没頭することが出来たのだ。
「32カラドナをレギオンに本日レートで換算すると?」
「えっとね、…………判った! 32カラドナは2ハクロアで、レギオンはハクロアの半分の価値だから……、答えは4レギオン!」
「正解だ。以前のお前ならここで1レギオンと答えていたところだ。よく勉強したな」
「えへへ、ルークさんにしっかり教えてもらったんだ!」
他にもいくつか問題を出してみたが、時間は掛かるがしっかりと正解を導きだせている。
これなら筆記テストに関しても、何とかなるだろう。
「えーっと、このラルガポットは……あ、贋作だ!」
「どうして贋作だと思った?」
「まずは叩いてみた音。少し鈍い音がしたんだ。ミスリルはもっと綺麗な音が出るでしょ? そして呪文印の彫り。あまりにも雑だよ。しかもご丁寧にシリアルナンバーまで入ってる。本物にシリアルナンバーはないから」
「ふむ。正解だな。ギルパーニャもよく勉強している」
「私、筆記は得意だけど、真贋鑑定には自信がなくて。だからフレスが羨ましいよ」
「ボクだって、ギルの頭の良さ、尊敬してるんだから!」
「よし、二人とも。合格だ。試験を受けてもそこそこいい成績を残せるだろう。頑張ったな」
「「やったぁ!!」」
思わずハイタッチをする二人。
まるで試験に合格したかのような騒ぎ様だ。
「第一試験は明日、マリアステルで開催される。受験自体は誰にでも出来て受験料も無料だから、相当な人数が集まるぞ。お前ら、負けるなよ」
「うん。そういえばさ、ボクら、試験の勉強はたくさんしたけど、実際の試験方法について詳しいことは何も知らないんだよね」
プロ鑑定士試験の詳細について、ウェイルは敢えて何も語っていなかった。
そうした理由は、プロ鑑定士試験の不透明さにある。
実はウェイルも、それほど詳しい内容については知らないのだ。
何せ――
「プロ鑑定士試験は、その内容、日程について、直前まで決まっていないんだよ」
――ということだからだ。
「決まっていないの!?」
「ああ。決まっていることは2つ。試験は第五次試験まであるということと、第一試験のみマリアステルで行われるということ。これだけなんだよ。試験の内容は、毎回全く違うし、当日になって急遽変更されることすらある」
「そ、そんな……。ウェイルの試験の話を聴いて参考にしようと思ってたのに……」
「そりゃ残念だったな。俺の経験談は全く意味がない」
これは当然のことながら、全ての受験者が公平になるようにするためだ。
フレスやギルパーニャのようにプロの弟子をしている者と、そうでない者とが、試験に関しての知識に差があってはならない。
不公平感を払拭するための配慮でもある。
「ウェイル兄、昨年の試験の内容ってどんなものだったの?」
「確か第一試験は筆記で、第二試験は……、あ、そうそう、一人10万ハクロアを与えられて、それを1000万にしてこいって奴だったと思う。それで達成したのが一人だけだ」
「たった一人!? ……というか10万を1000万にした人が一人でもいたんだ!? その人凄いね!!」
「そいつ、確か第三試験で落ちたはずだけどな」
「ううう……。ウェイル兄、私、受かる気しないんだけど……」
「まあそれは去年の話だ。今年それがあるかは判らん。試験官次第だな」
その後も色々と二人に質問されたが、残念ながらウェイルは本当にその問いの答えを持ってはおらず、二人から理不尽な抗議を受けたのだった。
そろそろマリアステルに戻らなければ、試験に間に合わない。
ということで前日の午前中にはヤンクの宿を離れることにした。
そそくさと荷物を纏め、ウェイルは先に下の酒場へと降りていた。
「ヤンク。世話になったな」
「何、いいってことよ。久しぶりに賑やかな宿になって楽しかったぜ。ほら、弁当だ。三人で汽車で食べてくれよ」
「ありがたくいただくよ。そういえばルークは来ていないのか?」
「来てるよ」
店の扉に手を掛けたルークがそこにいた。
「全く、お前さんの弟子を教えるのには苦労したぜ」
「ルーク。お前にも本当に世話になった。実際のオークションを体験出来て、あいつらもいい勉強になっただろうよ」
「なに、俺も面白かったよ。特にフレスちゃんの破天荒な行動力にはね。ギルパーニャちゃんの方も交渉術、会話力で言えばウチで囲っている鑑定士よりも優秀だ。彼女達の才能は本物だ。良い鑑定士になるよ。きっとな」
「俺もそう思うよ」
ウェイルとルークはがっしりと握手を交わした。
「お待たせーーー」
「せーーー♪」
大量の荷物を抱えた二人が、揃って下に降りてきた。
「二人とも、お礼は言ったか?」
「うん♪ でも改めまして、ヤンクさん、ルークさん、本当にありがとうございました!」
「……えっと、ヤンクさん。色々とお話ししていただいてありがとうございました。デイルーラ社を創立した話は、とっても面白かったです。ルークさん、オークションに参加させていただいて本当に感謝してます」
少女二人に頭を下げられ、二人は少し照れ臭そうに揃って鼻の頭を掻いていた。
「いいってことよ。また来てくれよ。次こそはクマ……は無理かもしれんが、また上手い飯、食わせてやるからよ」
「二人とも、合格するんだよ? 合格したら、是非ウチの店で働いてくれ。歓迎するよ」
「「うん!」」
フレスとギルパーニャも、ヤンク、ルークと握手を交わした。
「よし、じゃあ行こうか。汽車の時間が迫ってきている」
少し急がねば乗り遅れてしまう。
名残惜しいが、そろそろ出発しなければならない。
「また来るよ」
親友に二人に手を挙げる。
二人も無言で、それに応えてくれた。
こうしてたっぷりと有意義な時間を過ごした三人は、試験会場であるマリアステルへと揃って足を進めたのだった。
――●○●○●○――
「ウェイルさん、います!?」
息を切らせたステイリィが、必死な形相でヤンクの元へ駆けつけてきた。
「なんだ? ステイリィ。ウェイルならさっき帰ったぞ」
「なんですとーーーー!?」
「おいおい、一体、どうしちまったんだ?」
「実は、旧ラルガ教会に、『不完全』が潜伏していたことが判って……!!」
「『不完全』だと!? そいつらは今どうしてる!?」
「それが、それが――どうやらこの都市から脱出したみたいで……!!」
「行先は判るか?」
「それはまだ調査中です。ですが、この都市の結界が壊されている部分がありまして――」
「――壊された結界は――――マリアステルの方角なんです……!!」