廃教会にて
「あーあ、あの家、結構気に入っていたのになぁ……」
「…………」
廃れた教会に、フロリアの声が響き渡っていた。
「食料もあまり持ちだせなかったし、指を一本持ち出し忘れちゃったし……。それにしてもまんまとやられたちゃったねぇ。まさか”あいつら”が治安局に通報するだなんてね。これって裏切りだよねぇ。ま、私が裏切りに文句を言うなんて出来ないんだけどさ」
固くなったパンを頬張りながら、思わず愚痴が漏れる。
「これからどうしようか?」
フロリアは自分の隣で腰を下ろした、紫の髪が特徴的な少女に声を掛けた。
「…………フレス……」
「はいはい。アンタはいつもそればっかりだね。訊いた私が馬鹿だったよ」
モグモグと咀嚼しつつ、視線を上へ向ける。
視界には大きなステンドグラス。
ラルガン神と龍が戦っているデザインだ。
「ここ、ラルガ教会だった場所だよね。あんなに強い力を持っていたラルガ教会だったのに、それが今やこんなに寂れて廃教会になってるなんてね。聞いた話によるとウェイルとフレスが何かしたらしいよ?」
「…………フレス、が……?」
「そう。何でも過激派のルシャブテが真珠胎児を作るために、ラルガ教会を利用したらしいんだ。それをウェイルとフレスが暴いたんだって。……全くルシャブテの奴、今は何処にいるんだか」
残ったパンを口に放り込んで、隣に座る彼女へ振り向いた。
「…………フレス…………!!」
その名を噛みしめるように口にする度、紫の少女――ニーズヘッグは体を震わせていた。
「はやく……会いたいな……なの……」
「ねぇ、アンタって、フレス以外に興味あるものないの?」
「…………ない……ことも……ない……?」
虚ろな目で首を傾げるニーズヘッグ。
「どっちなんだか。まあ別にどうでもいいけどさ。そんなに会いたいなら会いに行こうか?」
「……いいの……?」
「いいわよ? どの道私はウェイルに用があるからね。どうせ一緒にいるでしょ。そうね、ウェイル達の居場所は……。あ、そうだ! もうすぐプロ鑑定士試験がある。もしかしてそこに現れるかもね」
「……じゃあ……いく……」
「よし! 次の行先はそこに決まり! ……って、試験ってどこであるんだろ……? マリアステルに行けば判るかもね」
「……今すぐ……いく?」
「思い立ったが吉日。今すぐ行こうか」
フロリアはパンパンと体に付いた埃を払い、荷物を持って立ち上がる。
そして敢えてニーズヘッグから距離を取った。
ニーズヘッグの体が輝き出す。
かと思うと今度は光が消えて、周囲は彼女が発した闇につ包まれた。
「…………ん…………」
一瞬、ニーズヘッグの気配が消える。
次の瞬間、圧倒的な存在感が、その場に現れる。
フロリアは、この瞬間は何度体験しても慣れないなと心底思い知っていた。
体中に戦慄が走り、冷や汗が止まらない。
それがたとえ自分を襲ってこない存在だと頭で理解していても、体が勝手に恐怖するのだ。
「この体を突き抜ける戦慄、最高に気持ちいいね……!!」
噴出した冷や汗を舐めながら、フロリアは笑う。
目の前に出現した、自分を守る巨大な力に、フロリアは溜まらなく興奮していた。
「…………いく…………」
闇を司る紫の龍、ニーズヘッグ。
その巨体が発する瘴気で、教会はみるみる朽ち果てていく。
「お邪魔しますよ、っと」
フロリアがその背に乗ると、ニーズヘッグは黒々とした翼を一度はためかせると、ステンドグラス越しに見える天を仰ぐ。
「ちょっと、ニーズったら! ステンドグラスに突っ込む気!?」
「…………」
「ちょっと勘弁して欲しいんだけど」
「……………………」
「……無視ですか、そうですか……」
ニーズヘッグはステンドグラスに突っ込む。
想像を絶する衝撃を与えられたステンドグラスは、当然木端微塵となった。
闇夜の空に、紫の龍が泳ぐ。
治安局にも見つからず、教会の張った結界など物ともせず、ただ悠々とニーズヘッグはマリアステルに向かって飛翔したのだった。
「あの~、かなり痛かったんですけど……」
「…………フレス…………!!」
「…………やっぱり無視ね……」