愛おしき愛弟子
「おおおおおおおいいいいいいししいいいいいいい!!」
などとフレスが泣きながら頬張るヤンクの料理は相変わらず美味であった。
フレスの食欲たるや以前の時と全く変わることはなく、ヤンクもこれまた以前のように、もうウンザリとばかりに豚肉を焼き続けることとなった。
その様子を見たギルパーニャも負けじとがっついていたが、途中で限界が来たのか倒れてしまうことになった。
そんな弟子と妹弟子を見て、店に来ていた常連達からも笑いが止まらず、ウェイルは賑やかな食事を満喫したのだった。
食事後、ウェイルはフレスとギルパーニャの部屋に向かう。
たらふく食べたばかりの二人は、片方は幸せそうに、もう片方はお腹を苦しげにさすりながらベッドに横たわっていた。
「おい、勉強は進んでいるか?」
一応ノックはしたものの、返事がないのでそのまま入る。
「ウェイル~~~、ボクもう眠いよ~~~」
「私も苦しいいい……」
「あれだけ食べたらそうなるわな……」
もはや指先一つ動かすつもりはないらしい。
「お前ら、ここに何しに来たんだよ……」
「う~ん、勉強だけどさ~~~」
「明日にしようよ、ウェイル兄」
「……仕方ない。今日はもう寝ていい。ギルパーニャはな」
「ボクは!?」
「フレス。お前には話がある。少し俺の部屋に来てもらおうか」
「ウェイルがボクを誘ってる!?」
なんて驚く癖に目を輝かせるのは何故だろうか。
「……ウェイル兄? 変なことする気じゃないよね……?」
ギルパーニャの目は、信用ならんと如実に語りかけてくる。
「するわけあるか! フレス! さっさと起きろ!!」
「うううーーー、眠いよぉお!」
「いいから来い!」
あまりにもグダグダするもんだから、首根っこを引っ付構えて、そのまま抱えてやる。
「何すんのさ!」
「こうでもしないと起きないだろう?」
「キスしてくれたら起きるかも♪」
「……元に姿に戻るだけだろう……」
「……そうだった……」
「ギル、お前は寝てていい。何、心配するな。フレスには昼間ルークに迷惑かけたことをこっぴどくしかるだけだから」
「なんですとーーー!? ボクもう寝るーーーー!!」
ウェイルの腕の中で、遠慮もせずにじたばたと暴れ出すフレス。
よく嗅ぐと、フレスの体臭の中にアルコールの臭いがあった。
「……お前、もしかして酒でも飲んだのか?」
「うん♪ 他のお客さんから貰ったんだ!」
「……はぁ……」
フレスは一見、未成年に見えるが、実年齢は数千歳を超えている。
よって酒を飲むことに問題は全くない。
しかしながらこれまでフレスに酒を飲ませたのは、出会ったとき以来だ。
もしかしたら酒癖が悪いのかもしれない。
「うう~~ん。ウェイルの匂いだあぁ……。すりすり……」
「……はぁ……」
ウェイルはもう一度ため息を吐くと、ギルパーニャにお休みと声を掛けた痕、フレスを抱えて自室へと戻った。
――●○●○●○――
「ウェイル! 一緒に寝よ! ほら、初めて会った日もそうしたじゃない!」
「……懐かしい話だな」
実のところ、あの時からそれほど時間が経ったわけではない。
だが、フレスと出会ってからの日々は、これまで生きてきた中で最も忙しい時間だった。
ほんの数週間の間に事件が詰め込まれた感じである。
サスデルセルで起こったラルガ教会の事件を皮切りに、マリアステルの真珠胎児事件、ヴェクトルビアでのセルク・オリジンを巡る事件。そしてイレイズの故郷、クルパーカーでの戦争。
多くの事件を二人は乗り越え、今ここに戻ってきたのだ。
「……ウェイル? もしかして本当に怒っちゃうの!?」
「あれは嘘だ」
「やっぱりね♪ ギルを不安にさせないための嘘なんでしょ? 最近ボク、ウェイルが何を考えているか少し判るようになったんだよ?」
それは少しウェイルも感じていた。
クルパーカーの時でもそうだったが、フレスはウェイルが考えていることを汲み取り、うまく立ち回ってくれている。
もちろん、どう動くかの指示はしっかりと与えてはいるが、その場その場のアドリブが必要となってくる場面では、実に効率的に動いてくれる。
「これもボクとウェイルの仲だからね!」
「……そうだな」
あの時と比べ、だいぶ成長した弟子に嬉しさも感じるが、今は逆に不安に駆られる。
何せこれから話す内容は、フレスにとっても過去のトラウマになりうることだからだ。
「フレス。俺達がこれまで巻き込まれた事件。それらに共通することがある」
「……共通する事? ……真珠胎児に……クルパーカーに……。あ! イレイズさん!?」
「『不完全』のことだ」
「…………!!」
その名前を出した途端、フレスの顔は真剣そのものになる。
「その『不完全』の過激派、つまりクルパーカーを襲った派閥の残党が、この都市に逃げてきている可能性が高い。おそらくはフロリアだ」
「フロリアさん、ここにいるの!? どうしてそれが判ったの!?」
「指だよ。お前とは別行動しているときのことだ。世界競売協会にルミナステリアが侵入したんだ。ルミナステリアはそこで重役連中の指を奪った。奪われた指は、おそらく『不完全』が贋作を作成するときの、証明書として利用してくるだろう。その指の一つがここサスデルセルで見つかったんだ」
「フロリアさんが指を持ってたってこと!?」
「ルミナステリアはフロリアとも親交があった。指を渡している可能性は高い。そして本題はここからだ」
「……本題……?」
ウェイルは一度間を置く。
しっかりとフレスを見据えて、そして言い放った。
「ニーズヘッグも一緒にいるかもしれない」
「…………ッ!? ニーズヘッグも……ッ!!」
その瞬間、周囲の温度が一気に低くなったのをウェイルは感じた。
フレスが放つ威圧感も、普段のそれの比較にならない。
「……ホントなの? ウェイル……?」
「まだ可能性の段階だ。でもその可能性は非常に高い」
ウェイルは昼間ステイリィのところへ行き、その話を聴いたという経緯を話す。
「それでな。プロ鑑定士協会、並びに治安局は、イングと一緒にいたという龍を拘束した記録はないというんだ。もちろんニーズヘッグはお前と同じように人化できるんだろうから、治安局の目をごまかせたというのもあるだろう。だが、いくら龍でも「龍殺し」の影響をもろに受けたんだ。無事ではなかっただろう。誰かがニーズヘッグを助けたと考えるのが妥当だ。とすればニーズヘッグの正体を知り、尚且つそれが出来たのは、もう残ったフロリアしかいない」
「…………」
フレスは沈黙をしていた。
何やら考えているようで、ウェイルの話の半分も伝わったかどうか定かではない。
「この都市に俺達がいる以上、鉢合わせる可能性もある。その時、俺達はどうするか」
「――決まっているよ。ニーズヘッグは殺す。それだけだよ」
「フレス……」
フレスが明確に殺意を現すのは、後にも先にもニーズへッグだけかもしれない。
普段素直で天然で、笑顔ばかり見せているフレスの顔が、憎しみで染まっているのだ。
「ニーズヘッグだけは殺す。いつもは逃がしたり、治安局に逮捕してもらっているけど、あいつだけは別だよ。ニーズヘッグだけは許しちゃいけないんだ……!!」
「……それはライラのことが影響しているのか……?」
「……そうだよ!!」
語尾を荒げる。とても冷静ではいられないのだろう。
以前フレスは少しだけライラという人物について語ってくれた。
何でも生まれて初めての人間の友達で、自分が龍だと告白しても、依然と変わらず接してくれた心優しい人物だという。
フレスはライラのことを、誰よりも大切にしていたのだろう。その思いがひしひしと伝わってきた。
「ライラは、ボクの大親友だったんだ!! ライラがいたからボクは今ここにいられる! 大好きだったんだよ! でも、そのライラはあのニーズヘッグに…………殺された!!」
「…………」
「だから!! ボクは復讐をしないといけない! あの忌々しい龍に!! ボクの全てを賭けて!!」
復讐心。
ウェイルにも大きなそれがある。
『不完全』に対して、ウェイルは今のフレスのような感情を抱いている。
だが、同時に切なく思った。
他人から見た自分は、いつもこうだったのかと。
小さな肩を震わせ、目に涙まで浮かべて、一途に相手を憎むフレスを、とても可哀そうに思えたのだ。
フレスと自分が重なり、師匠として彼女を慰めたい心と、こういう時はそっとしておく方がありがたいという自らの経験からくる情とで板挟みになってしまう。
そしてウェイルは――前者を取った。
「フレス。苦しかったな」
ありがた迷惑であると知りつつも、フレスを抱きしめてやった。
そう、サスデルセルでフレスが抱きしめてくれた時と同じように。
「復讐は後回しにしないか? だって、お前は鑑定士になるんだろ?」
「…………」
抱く手をさらに強める。
「あの時、お前は言ったよな。戻ってきて、師匠と。だから今度は俺が言う番だ」
「…………!!」
「戻ってこい、我が愛弟子よ……!!」
「…………うん…………」
フレスの震えが止まる。
浮かべた涙を、ウェイルは優しく拭いてやった。
「……さすがボクの師匠。慰め方も一流だね……!」
「お前に教えてもらったようなもんだ」
名残惜しくもフレスを離す。
フレスの顔は、もう元の明るい笑顔に戻っていた。
「そうだね。ボク、今は鑑定士にならないと!」
「そうだ。奴らに振り回されることはないよ。俺達は俺達の目標を目指そう」
「うん♪」
ウェイルは複雑だった。
自分にこんなことをいう資格があるのかと。
今もなお、復讐は果たす気でいる自分が、こんな偉そうなことをと。
もう夜も遅い。
フレスが自室に戻る前に、ウェイルに言った。
「ボク、復讐は必ずするよ。いつか、必ず、絶対に。ニーズヘッグだけは、どうしても許せないから」
「……判ってるさ。俺だって『不完全』に対してはそうするつもりだからな」
「……ボク達って、結構似ているよね」
「……そうかもな」
「だからかな? ボク、ウェイルの隣にいると落ち着くよ」
「…………」
俺もだよ、と思ったものの、口には出せなかった。
それでもフレスにはそれが伝わったらしい。
にこりと笑顔を浮かべると、
「ボクとウェイルの仲じゃない♪」
と一言言った後、自室へと戻ったのだった。
敵わないな、と頭を掻き、ウェイルも床に就いた。
ランプの灯を消して、暗闇が訪れる。
闇に眼が慣れる頃、睡魔が襲ってくる前に一言だけ、
「俺もだよ」
遅れて出てきた言葉に、素直に頷いたウェイルは、意外にもすっきりした気持ちで眠ることが出来たのだった。