くまのまるやきのお約束
ウェイルがルークのオークションハウスへ戻ると、嬉々とした表情を浮かべるフレスと、げんなりとした顔のギルパーニャがいた。
「どうしたんだ? ギル」
「ウェイル兄、フレスちゃんって、凄いよね……」
「ん? 一体何があったってんだ……」
「ウェイルウェイル! オークションハウスって本当に楽しいね!」
目の輝かせ方が半端ではないフレス。
見ると奥にいたルークが苦笑いを浮かべていた。
「フレス、お前何をした?」
「何って! ディベートオークションをずっと見学していたんだよ?」
「本当にそれだけか?」
「うん!」
「……どうなんだ? ギル」
「……フレスってば最初のオークションで贋作を見抜いちゃってさ。オークションはものすごく盛り上がったんだよ。でも見物人が口を出すのはいけないことでしょ? 最初の一回目だけはルークさんの計らいで許してもらったんだけどね。その後もフレスってば、贋作が出る度に大声出しちゃって。本人は無意識なんだろうけど、口を塞ぐこっちは必死だったよ……」
「……そりゃ難儀だったな」
天然素直なフレスのことだ。叫んだのは間違いなく無意識。
その光景なんぞ安易に思い浮かべることが出来る。
ギルはよほど疲れたのだろう、まだ日が暮れる前だというのにすでにぐったりとしていた。
「ウェイル! ボク、早く鑑定士になってディベートオークションに参加したいよ!」
「……そ、そうだな……」
やる気のあることは良いことだ。
だからあまり注意も出来ないところが難しいところ。
「ウェイルよ。フレスちゃん、良い鑑定士になりそうだ。ルールさえしっかり覚えてくれたらな」
「ルーク、すまん……」
「なぁに、いいさ。フレスちゃんが指摘したことは全て本当のことだったからな。最初のなんて圧巻だったよ。うちのお抱えの鑑定士も感心していた。師匠の腕がいいんだろうなってな」
「あいつ等、俺がフレスの師匠だって知っているだろう……」
絶対に笑われている。恥ずかしい限りである。
「フレスちゃんの贋作を見抜く力は本物だ。この調子なら試験も大丈夫だろ」
「だといいんだがな。問題は銭勘定だよ。フレスの奴、為替計算が全く出来ないからな」
「……それは大変だな」
「教える側はもっと大変だ」
二人して苦笑いを浮かべながら、嬉々とするフレスを見守ったのだった。
――●○●○●○――
ルークのオークションハウスを後にした三人がやってきたのは、これまた行きつけのボロ宿。
「おい、ヤンク! 三人分頼む!」
立てつけの悪い扉を思いっきり蹴飛ばすと、渋い顔の老人が腕を組んで立っていた。
「おい、ウェイル。ちったぁ遠慮しろ。扉を蹴飛ばす奴があるか」
「立てつけが悪すぎて開かなかったんだから仕方がないだろう? 相変わらず汚い宿だ」
「ふん。嫌なら出ていけ」
「そりゃ無理だ。何せ俺は汚い宿でしか寝――」
「ヤンクさんーーーーー!!」
「――ふごおおッ!?」
ウェイルとヤンクがお約束の会話を交わしている最中、フレスがヤンクへ突っ込んだ。
無邪気に抱きつくフレスに対し、鳩尾に頭突きを叩きこまれ悶絶するヤンクに、心の中で合掌してしまう。
「ちょっと、フレス!? 何やってんの!」
ギルパーニャが何とかフレスをヤンクから離す。
「ヤンクさんヤンクさん! ボク、約束を果たしてもらいにきたよ!」
「はて、約束……?」
ヤンクにフレスとの約束なぞ覚えはなかった。
何せそれはヤンクにとっては冗談に過ぎない一言だったはずだからだ。
「俺、そんなもの嬢ちゃんとしたっけな……」
「――――なっ!?!?」
その言葉に愕然とするフレス。
ウェイルはこれほどまでに驚愕したフレスを初めて見た。
「や、ややややややや、ヤンクさん……、ほ、ほんとうに覚えてな、ないの!?」
「す、すまん。本当になんのことかさっぱりだ。契約のことを忘れたことなど一度もないのだがな……。最近どうも物忘れが酷くなってきてな」
「そ、そんなーーーーーー!!!」
それはもう洪水である。
フレスの目からは、まるで神器の力でも使ったかのように、涙が溢れ出していた。
「うええええええん、クマの丸焼きの約束~~~~~!!」
(……そ、そういえばそんな約束をしてた気がするぞ……)
チラリとヤンクへ視線を向けると、何とも困った様子でこちらに頷いてきた。
「くま~~~~!! 食べさせてくれるって約束したのに~~~~~~!! それだけが楽しみで今まで生きてきたのに~~~~~!!」
「大げさすぎるだろ……」
「うわあああああああ、くまくまくまくまくま~~~~!!」
床の上を転がりながら駄々をこねるフレス。
椅子や机をなぎ倒しながら暴れるものだから、ヤンクとしてもたまったものではない。
「判った、判ったよ、お嬢ちゃん。残念ながらクマはないが、代わりに豚肉を御馳走するから! 今回はそれで我慢してくれないか?」
「……いつか御馳走してくれる?」
「ああ、してやるとも。それこそデイルーラ社の全勢力を用いてクマを捕獲してやるから! だから今回は豚だけで勘弁してくれよ」
「……果汁を絞ったジュースは?」
「つけてやる!」
「梨のはちみつ漬けは……?」
「……リンゴでよければ……」
「……うう。判ったよ。それで我慢するよ……」
ようやく泣き止むフレス。
律儀に転がって倒した椅子などを元の位置に戻す。
「じゃあウェイル! 夕食まで勉強しよう!」
今までの涙はどこへやら、すっかりご機嫌になったフレスは、まだ部屋も決まっていないにも関わらず、以前泊まった部屋へと上がっていった。
「……ねぇ、ウェイル兄。私、今日だけでフレスの色んな面を見ることが出来たよ……」
「飽きないだろ?」
「凄いねぇ、ウェイル兄は……」
「面倒くさいことこの上ないがな。……もう慣れたよ……」
「……そうなんだ……」
ぽんと肩を叩きながらギルパーニャが同情してくる。
「ウェイル。部屋はいつものところでいいか?」
「ああ。頼む。そうそう、フレスとは別にしてくれ」
「……あの子、たぶんお前の部屋に行ったぞ?」
「……だろうな。ギルパーニャ、お前はフレスと同じ部屋でいいか?」
「うん。いいよ。一緒に勉強するために来たんだもんね」
「じゃあヤンク。二部屋でよろしく」
「夕食は楽しみにしてな。フレスちゃんには借りもあるしな。腕によりをかけて御馳走するよ。……クマは無理だけどな」
「頼んだよ、ヤンク」
三人分の前金を支払うと、荷物を背負い、ギルパーニャと共に部屋へと向かった。