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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第二部 第七章 プロ鑑定士試験編 『試験開始、新たな懸念』
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フロリアの足跡

「世界競売協会で奪われた重役一人の――――指……っ!!」


 そう、ウェイルの目の前に置かれた肉片。

 それは世界競売協会でルミナステリアに奪われた、重役の親指であった。


「これこそが、この都市に『不完全』の連中がいたという何よりの証拠なんです」

「…………」


 ウェイルは絶句していた。

 あのクルパーカーでの事件後、『不完全』の連中は大幅に活動を自粛したのだ。

 市場から贋作の多くが姿を消し、多くの人々が安心して取引に臨んでいる。

 まさに平和そのものであったのだ。

 だがその平和は幻に過ぎなかったということだ。

 奴らはまだ身を潜めているだけで、またいつ活動を開始するか判らない。

 目の前に置かれた指について、ウェイルは思考を巡らせていた。


(……クルパーカー戦争を起こしたのはイング率いる『不完全』の過激派連中だ。指はイングの配下の者に渡ったと見て間違いない)


 戦争の後、過激派の贋作士のほとんどはプロ鑑定士協会並びに治安局に拘束された。

 ほとんど、というのは、一部の者は逮捕を拒否し自害したためだ。

 首謀者であるイングも逮捕され、指を奪った張本人であるルミナステリアは、実の姉であるアムステリアの手によって身罷った。

 プロ鑑定士協会の発表では、戦場から逃した贋作士は僅か3名で、その内二人は、その後逮捕されている。

その二名、そしてクルパーカーで拘束した者も指は持っていなかった。

 そして最後の一人。戦場から唯一逃げ延びた、その者こそ指を持っていた者。ウェイルの脳裏に過ぎる、あの女の顔。


「となれば指を持っていた可能性があるのは……フロリアか……!!」


 ――フロリア。

 王都ヴェクトルビアで王宮のメイドとして働いていた贋作士。

 王であるアレスを裏切り、クルパーカー戦争にも参加していた。

 ウェイルは彼女を後一歩のところまで追いつめたが、最後の最後で逃してしまったのだ。


「ウェイルさん。今、フロリアって言いました……?」


 逃げ延びた最後の贋作士がフロリアだということを、ステイリィは知らない。


「フロリア……。ヴェクトルビアで事件を起こしたというメイドですよね……!!」

「そうだ。奴はヴェクトルビアで戦力増強のための悪魔を召喚して使役していた。悪魔自体は全て葬ったが、あいつ自身を逃してしまったからな。フロリアはルミナステリアと戦地で合流している。指を渡した可能性も高い」


 まさかフロリアが、このサスデルセルに逃げ込んでいたなど想定外だ。


「……クソッ」


 自分のミスが、こんなところで被害を生んでしまった。

 だが、後悔している暇もない。

 フロリアは逃げたのだ。この瞬間にも新たな被害者が出る可能性だってある。


「奴の足取りは判らないのか?」

「治安局は、奴らは鉄道から逃げた可能性が高いと考え、ここ数日の乗車記録を調べました。また電信局に問い合わせ、『不完全』と通信した痕跡がないか捜査しました。その結果、いずれも奴らの使用した形跡はなかったのです。奴らは贋作士ゆえ、記録を欺くことも可能でしょうが、逃げている立場です。贋作を作る道具もないし時間もない。ゆえに考えられることはですね……」

「まだこの都市にいる、ってことか……」

「そういうことになります。各鉄道駅の警備も強化しています。奴らが鉄道を使うことは難しいでしょう」

「鉄道以外でこの都市から……そうか、それは難しいか」

「はい。何せここは宗教都市ですから」


 宗教都市サスデルセルは、悪魔など魔獣の被害から都市を守る為、都市の回りには大きな城壁が構えられている。

 さらに幾重にもわたって各教会が結界を張り、都市を守護しているのだ。

 この都市の外に出る大半は鉄道で、それ以外の門には当然門番がおり、隠れて脱出するのは困難と言える。


「ますますサスデルセルにいる可能性は高いな」

「ですね。我々としてもこの都市にとって危険となりうる奴らの存在を許すわけにはいきません。警備や捜査を引き続き行っていきます。もし何か判り次第、ウェイルさんの方にも報告いたしますから!」

「助かるよ」


 あのクルパーカーという戦場から一人逃げ出したフロリア。

 今どこで、何を考えて生きているのだろうか。

 フロリアのやったことは悪だ。

 国王アレスを裏切り、都市に被害を負わせ、さらにイレイズの故郷を襲った。

 到底許される筈はないし、許す気もない。

 しかしながら、彼女には彼女なりの事情がある。

 『不完全』に属す者、皆が皆好きで悪事を働いているわけではないのだと、ウェイルはアムステリアやイレイズの件から十分理解している。

 ヴェクトルビアで会話した時、フロリアは年相応の女の子に違いはなかったのだ。


(…………そういえば……)


 戦場から逃げ出したのはフロリア、ただ一人。

 治安局やプロ鑑定士協会の発表ではそうなっていた。

 しかし、ウェイルにはもう一人戦場にいて、そして今居場所が判らない者に心当たりがあった。

 それはイングと共に行動していて、魔獣『龍殺し』の力によって打ち倒したはずの龍。

 確か名はニーズヘッグ。

 あの天然素直なフレスが、唯一憎しみの表情を向けた相手。

 龍の死体が発見された話など聞いていない。

 戦争の時は、イングのことにばかり集中していたため、ニーズヘッグのことなど思考から抜け落ちていた。


(ニーズヘッグはイングと共に行動していた……。もし生きているとすれば、フロリアと一緒にいる可能性は高い……!)


「なぁ、ステイリィ。フロリアのことだが、もしかすると龍を連れているかも知れない」

「龍ですか!? あの、戦争の時にいた!?」

「そうだ。もしフロリアが龍を連れているのであれば、捜査は慎重にした方がいい。龍の力の恐ろしさはお前も知っているだろう?」

「弱いとされるドラゴン・ゾンビですら、あのパワーでしたからね……。判りました。気をつけます。ただ部下には龍の存在をあまり公表したくはないのですよ」

「しない方がいいだろうな」


 この都市は宗教都市である。

 治安局員の中にも信者はたくさんいる。

 多くの宗教で、龍の存在は許されていない。神の天敵と教えているからだ。

 となれば、局員の中には畏怖し縮こまってしまう者だっている。

 今は捜査に少しでも不安要素を入れてはならぬ時。

 部下の動揺を誘う言動は控えねばならない。

 しばらくの沈黙の後、ステイリィは、グッとソファーにもたれ掛ってため息を吐いた。


「はぁ、面倒事が多すぎですよ……」

「まさか奴らがお前の管轄に来るなんてな。運がないよな」

「それもありますけどね。他にも宗教間での小さな事件が頻発していましてね。誰かさんがラルガ教会を告発してくれたおかげで、他の宗教は権力を誇示しようと必死になっちゃいましたから」

「……そりゃ悪いことをしたな。でもおかげで出世できたろ?」

「うう、まあそうなんですけど……」


 そう呟いて、もう一度大きな嘆息。

 そのため息にタイミングを合わせるかのごとく、部屋の扉が叩かれて部下が入ってくる。


「支部長! この書類にサインをお願いします!」

「おい! 私とウェイルさんの蜜月なる甘い空間に入ってくるな!」


(いや、結構生臭い話をしていただろう。指とかあったし)


「し、しかし! この書類は急いで本部に送らねばなりませんので!」

「だめ! ウェイルさんといるときは仕事しないの!」


(こいつ、部下の前では本当にクズだな……)


 プンと頬を膨らませる支部長を見て、困った様子の部下達。

 流石に部下が可哀そうに思えてくる。


「どうやら俺は邪魔の様だな。そろそろ帰るとするよ。ステイリィ、また来るからな」

「はい! ……って、え!? もう帰っちゃうの!?」

「ああ。フレス達のことも気になるし」

「あの不細工な娘などどうでもいいでしょ!? ほら、こんな美少女が帰らないでって言ってるのよ? 女に恥をかかせないで!」

「急に口調を変えるな、気持ち悪い。それに部下に恥をかかせまくっているお前に言われたくはない。さっさと仕事しろ」

「そんな、殺生な~~~!!」

「じゃあな。情報を掴んだらまた来るよ」

「嫌だ~~~、仕事したくない~~~!!」


 ステイリィが何かと叫んでいたが、とにかく無視して扉を閉めた。

 廊下に行き交う部下達が揃ってため息をついているのを見て、その苦労が窺える。

 ウェイルも一度だけ大きくため息を吐くと、治安局を後にしたのだった。



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