贋作士集団 『不完全』 ※
「――信じられん……」
「だろうな。俺も昨日は信じられなかった」
「龍なのか? この子がか? 信じられるわけないだろう!」
「だが現実だ」
「あのー、おふたりとも? そろそろラルガポットの話進めよー?」
すっかりと龍談義に夢中になっていた二人を、フレスが現実に戻した。
……そうだった。今はこっちのほうが大切だ。
「つまり、これらは全部贋作ということか?」
「多分な。重さや見た目は全く変わらないが、間違いなく贋作だ。おそらく材質は腐銀だな。腐銀なら磨けば見た目や重さはほとんどミスリルと変わらない」
――腐銀とは文字通り銀が腐ったものだ。
酸化した銀と違い、銀が腐ると錬金術でも元に戻らないと云われている。
腐銀はどこにでもある。それこそ道に落ちている石にすら含まれている。
「腐銀ってことは神獣絡みだな。ますます奴ら臭いな」
腐銀は絶対量自体は多いのだが、それを抽出、精製する技術が非常に特殊で難儀する。
最も効率の良く精製出来る方法として、神獣の力を借りることがある。
特に魔獣『ダイダロス』の胃液は、腐銀以外の物質を溶解する性質を持っているため、石に胃液をかけるだけで腐銀が精製でき、一部ではよく利用されている。
もっともダイダロスを制御できず、悲惨な事故が起こることも少なくは無いのだが。
「ウェイルー、ここに何か紋章があるよー?」
ウェイルはフレスに言われた場所を『氷石鏡』でよく観察した。
――見つけた。奴らだ。
その紋章を見たとき、ウェイルの心の中にはどす黒い感情が湧き上がっていた。
「贋作確定だ。このマークがあるからな。よく見つけたな、フレス」
「ボク、龍だから人より目が良いんだよ。それにボク、ウェイルの弟子だよ? 当然だよ」
大きな円の中で、小さな五つの円が重なるよう配置され、その中心に龍の絵が描かれている紋章。
――史上最悪の贋作組織『不完全』の紋章である。
金の為ならどんなことでもやってのける贋作集団であり、ウェイル、そしてプロ鑑定士にとっての最大の宿敵である。
『不完全』は贋作を作るとき、絶対に完璧な贋作を作らない。必ずどこかに紋章を入れて、敢えて再現率を百パーセントにしないのだ。
プロ鑑定士さえも見つけることが困難なこの紋章だが、龍であるフレスはいとも簡単に見つけてしまった。
「どうする? ルーク」
「どうするも何も……。コレが贋作と証明された以上、オークションに出品する訳にはいかない。ちくしょう! まんまと騙された!!」
「そうだな。贋作と分かっていて、本物として競売することは禁止されているからな」
「だが、これを今日競売しないということになれば、教会がどんな圧力を掛けてくるか分からない」
ルークの言ったことは恐らく現実になるだろう。
教会の権力は大きい。宗教間での争い事は禁止でも、それ以外の施設とはなんら決まりはない。
教会に逆らうと、どのような圧力が掛かるか分からない。ましてやこの都市で祭りを開催するほどの力を持っているのだ。ただでは済まないことは明白だ。
オークションハウスはもちろん、贋作という鑑定結果を出したウェイルにも、だ。
「それに、今まで贋作を出品していたという噂を教会が流したら、このハウスの信用が一気に地に堕ちるだろう」
教会は言わば人質をとっているようなものだ。教会は二重の口封じを掛けている。
ルークが今日、競売を開かなかった場合、教会は容赦なく叩き潰してくるだろう。
「ウェイル、俺はどうしたらいいんだ!?」
ルークは頭を抱えている。ルークがどれだけ苦労してこのハウスを開いたのか、ウェイルには分からない。だが簡単でないことだけは分かる。このオークションハウスはルークの全てなのだ。
それを理解してもなお、ウェイルは冷静にこう答えた。
「――もちろん中止だ。ラルガポットも全て返品しろ」
「しかし、そんなことをしたら教会の圧力が……っ!」
「心配はするな。ラルガ教会は贋作を売りさばいていたんだ。もちろん犯罪だ。逆にお前は詐欺をされた側の被害者だ。そんなこと、鑑定士の俺が見逃すはずはないだろ? しかも久しぶりに『不完全』に繋がりのある事件に出くわしたんだ。絶対奴らの尻尾を掴む」
努めて冷静に答えたが、ウェイルは心中穏やかではいられなかった。
正直な話、『不完全』に関する情報が得られるなら、教会なんてどうでもいいとさえ考えていた。
「だからオークションは中止にしろ。俺達が何とかする」
俺達という言葉にフレスが反応した。
「ボクも行っていいの?」
ウェイルはためらいなく答えた。
「当たり前だ。お前は俺の弟子だろ? それに今の鑑定、良かったぞ、フレス」
フレスがその言葉を聞いたとき、目をキラキラとさせて頷いた。
「よーし、じゃあ贋作売った奴ぶっとばしにいくぞー!!」
フレスが可愛らしく天井に向かって拳を上げた。
「――ああ、ぶっとばしにいこう!」
ウェイルが贋作士を摘発、逮捕することは数少なくない。
そしてそれは大抵戦闘になるため、多少なりとも緊張する。
しかしフレスと一緒にいると、不思議とその緊張を感じない。
それが何故かは、今のウェイルに理解することは出来なかった。
――単に奴らに対する怒りのほうが強すぎるだけだったのかも知れないが――
「よろしくな、相棒」
無意識のうちに、改めてこう呟いていた。
――●○●○●○――
オークションハウスを出て、すぐにフレスが口を開いた。
「ウェイル、『不完全』ってのと、何があったの?」
「……何のことだ?」
「とぼけていても分かるよ。だって明らかに雰囲気が変わったもん」
フレスは全て見抜いていた。俺の心の暗部を。
「プロ鑑定士にとって『不完全』は最大の敵だ。もちろん俺にとっても例外じゃない」
「そういうことじゃなくてさ、もっと特別なことがあったんじゃない?」
フレスがその蒼い瞳でウェイルを見つめる。
その瞳は全てを映し出す水面のようであり、尚かつ海のように深く、ただ深く全てを飲み込むような迫力もある。
全てを見透かされているような感覚にさえ陥ってしまう。
フレスにはウェイルは嘘を吐いている、というより、何かを隠しているように見えたのだ。
「何もない」
「そんなわけないよ!」
「……もし俺に何かあったとして、それを聞いてどうするんだ?」
「…………」
フレスは頭を下げてシュンとしてしまった。
――フレスになら話してもいいと思った。
だが、今話すつもりは毛頭ない。いつか話すときが来るだろうが、今はそのときじゃない。
フレスもウェイルの意思を知ってか知らずか、これ以上は聞いてこなかった。
「ごめんね、変なこと聞いて」
「いや、心配してくれてありがとな」
空いていた手でウェイルはフレスの頭をなでた。
「……ボクにも関係があるかも知れない……。"フェルタリア"、だもんね……」
その時、ボソッと小さな声でフレスが呟いた。
言葉の意味が少し気になったが、今はラルガ教会のことだけ考えることにした。