師匠として
――カラーコイン。
貧困都市リグラスラムで硬貨コレクター、ルーフィエ氏の依頼で預かった品である。
ウェイルにしては珍しく、鑑定に相当な時間を要していた。
「今日は……そうだな。文字について調べてみるか」
ウェイルが苦労するこのコイン。判らないことだらけなのである。
まずは発行目的。
カラーコインというのは、いわゆる記念硬貨の一種である。
このカラーコインに限らず、職人が一つ一つ丁寧に色づけするカラーコインは、コレクターの間では人気が高い。
その多くは、大規模な施設が開業したとか、都市生誕何年記念だとか、そういった物事の節目に製造する。
したがって、コインにはその祝い事に関するイラストが描かれているのが常だ。
だがこのカラーコインにはそれがない。
いや、イラストはあるのだが、それがなんなのかよく判らないのだ。
次に年代。
カラーコインが製造できるようになったのは、せいぜいこの150年程度である。
したがって、それ以上古いということはない。
また、用いられている色彩具から年代を求めることが出来る。
しかし、このコインから色彩具のサンプルを採取することが出来ない。
これはこのコインが、ルーフィエ氏のコレクションであることに他ならない。
金属の錆びから特定する方法もあるが、この硬貨には一切錆など入っていない。
これもルーフィエ氏が、大切に保管していたためである。
新品同様で目立った汚れもない。このことが年代を特定することを困難にしている。
ということで、ウェイルは統計学からこの硬貨を鑑定することにした。
硬貨というのは、造られた都市、年代により、その形状、大きさ、重さなどが逐一違う。
しかしながら、ある程度の平均値は存在するのだ。
あまりにも大きい硬貨は実際に使用する際に困難である。
もっとも記念硬貨なので使用する人間は稀だが、それでも時たま市場に出回ることもある。
したがって、使いやすいサイズ程度の大きさに作られてはいるのだ。
多くの場合、記念硬貨の大きさは、その都市が本来製造している硬貨の大きさに似たり寄ったりしている。
これは硬貨製造を行っている造幣局の癖でもある。
そして硬貨というのは、結局のところ様々な都市で使われるため、その大きさはよく流通している硬貨に近しい形となる。
アレクアテナ大陸でもっとも流通していた貨幣はハクロアである。
したがって、レギオンを含む、その他大多数の貨幣、その割合なんと8割以上が、ハクロア硬貨の大きさと酷似しているのだ。
有名な硬貨と少しでも肩を並べたいという各都市の思惑により、貨幣の大きさは平均的になっているわけだ。
主にハクロア型とリベルテ型に分けられる硬貨の大きさだが、記念硬貨も、基本的にはこのどちらかの大きさになっている。
時折とてつもなく大きい硬貨なども存在するが、そういう例外を除けば、およそこの二種類に分けられるのだ。
そして今回のカラーコイン。この硬貨だが、ハクロア型の大きさに似ている。
このことが正体を特定する上で、さらに鑑定を困難にさせた。
何せ出回る8割がハクロア型なのだ。それらの平均など、参考にならないだろう。
「……隠れるのが上手い硬貨だよ、まったく」
人を隠すなら人、木を隠すなら森、とはよくいったもので、この硬貨も、数の多い方の硬貨側に属しているというわけだ。
「重さに関してだが……これはあまり役に立たないしな」
形状は基本的に円であるし、大きさも、今言ったように大多数側の標準型であった。
残る差別点は、その質量、重さであるが、これを用いるには中々難しい。
硬貨と言うのは、基本的に金属で作られている。
銀や銅、良いものになれば金である。
だが、その金属の含有量は、時代によって大きく変わってくる。
ハクロアでさえ、ヴェクトルビアが水不足により危機に陥ったときは、銀の含有量を減らしたことがある。
これほどまでに人気の硬貨でそうするわけだから、自然と人気の低い硬貨はもっと変動が大きい。
しかしながら記念硬貨は、記念ということもあり、含有量が一定になっていることが多い。
だがもちろん多いだけで、全てではない。
このことを逆手にとって、純金で出来ていると称し、合金で出来た硬貨を販売した詐欺事件もあるくらいなのだ。
つまり重さこそ、最も当てにならない事項であり、ウェイルはそのことをよく熟知している。
「…………この硬貨、一体なんなんだよ…………」
あまりにも判らないことだらけで、いい加減ルーフィエに返却しようと何度思ったことか。
実は先程もそうしようと考えていたところだったのだ。
「……フレスだって頑張っているんだ。師匠として諦めるわけにはいかんよな」
フレスの頑張りに、ウェイルも大きく影響を受けていたのは間違いない。