王冠とフレスの鑑定
朝の日差しが眩しい。目覚めは悪くなく、むしろこれほど気分の良い朝は、しばらく無かったとも思える。
(そういえば今日はオークションハウスに行くんだったな)
ウェイルは今日の予定を頭の中で確認した。
そして昨日寝る前にフレスが語ったことも思い出していた。
「一人になった、か。……俺と同じだな」
ウェイルが背伸びをし、立ち上がろうとしたとき、何故か体に重みを感じた。
(――手? 何故こんな所に手が? ……って、まさか――)
ウェイルが布団の中を確認すると、案の定、フレスが入っていた。
目を覚ましたのか、布団がもぞもぞと動く。
「う~ん、もう朝かぁ。この感覚、久しぶりだなぁ……。あ、ウェイル、おはよー」
「おはよー、なんてのんきなこと言ってる場合か! どうしてお前も俺の布団で寝ているんだ!?」
「だって、一人じゃ寒かったんだから。ウェイルと一緒だと暖かいんだもん」
「だからってお前……」
「いいじゃない。ボクとウェイルのな――、むぐっ!」
「その先は言うな……」
続きを言われる前に口を手で塞いだ。フレスは苦悶の表情を浮かべ手を振り回し抗議する。
朝から一体何をやっているのだろうと頭を抱える。
しかし、こんなやり取りを、不思議と楽しいと思っている自分もいた。
「んぐーっ!」
フレスが本気で苦しそうな声を上げているのに気がつく。
「あ、わるい」
パッと手を離すと、フレスは部屋の空気を残らず吸い尽くす様な勢いで深呼吸をした。
「あ、わるい、じゃないでしょ!! 危うく死ぬところだったよ!?」
――フレスを殺す、か。
ウェイルはある神話を思い出していた。『龍殺しの英雄』という話だ。
とある勇者が、大陸を荒らし尽くす龍に立ち向かい、三日三晩戦い続け、勝利を収めたという、アレクアテナに住まうものなら誰でも知っている神話である。
(勇者ですら三日も費やしたのに、俺は三分で出来るのか)
そう考えると笑いが込み上げてくる。
「むぅ、ウェイル、今何か変なこと考えてたでしょ」
「はははははは、そんなことない。本当に悪かったって」
ムー、とフレスは口を膨らまして怒りの視線を送ってきていたが、
「さぁ、朝飯を食いにいくぞ」
の一言で、
「うん!」
と、たちまち機嫌を直した。
(全く安上がりな奴だよ)
そのままフレスは躊躇いもなくウェイルの腕に抱きついた。
ウェイルもそれを拒否するつもりはない。
なんだか無性に楽しかったからかも知れない。
「今日からはウェイルがいるもんね!」
その言葉を聞いたウェイルは、今ならヤンク達にからかわれるのも悪くない、とそう思ったのだった。
「熊の丸焼き食べたいな」
「…………」
――考えを改めるべきか。
――●○●○●○――
「く~ま~の~ま~る~や~き~」
当然そんなものはあるはずもなく、フレスは不満を隠すことなく拗ねていた。
そんなフレスを適当になだめながら軽めの朝食を取り、ルークのオークションハウスへと向かった。
その道中、フレスに色々と聞いておいた。
「お前、神器の事は詳しいって言ってたな」
「神器? うん、詳しいよ」
「どれくらい知っている?」
「う~ん、昔、神様達が使っていた武器とかなら解るかも。実際に戦ったこともあるし、封印される前は、いくらか持っていたよ。でも過度な期待はしないでね? 神器って数え切れない程あるんだし」
「分かってるよ。逆にそこまで知ってるなら十分だ。よし、今日はお前が鑑定してみるか?」
「いいの!?」
「ああ、今日の鑑定は神器だからな。もしかしたらお前の方が詳しいかも知れん」
普段、プロ鑑定士が素人に鑑定を任せるようなことは絶対にしない。
ただ今回は、フレスの知識がどの程度あるかを確かめておきたかったのだ。
プロ鑑定士は数多くいるが、神器について正確に鑑定を行える鑑定士は、実はほとんどいない。
ウェイルでも神器に関しては分からないことの方が多い。
旧時代の遺物、神々が製造し、残していった代物とされているからだ。
しかしながら、最近になって神器を人工的に作る方法が発見された。
ある一定の法則の従い、特殊な儀式を行うことによって神がかり的な力を付与することが可能なのだ。
ラルガポットは、その人工神器の一種である。
「でもラルガポットは人工神器なんでしょ? ボクにはさっぱりだよ?」
「それでもいい。お前の実力を測りたいんだ」
「判ったよ。鑑定してみるね!」
フレスは人工神器については判らないかも知れない。
しかし、いくら人工神器とはいえ、実際の魔力等の付与は全て神が行うと言われている。その付与作業を人の手で少しだけ手伝うと言った具合なのだ。
結局のところ、力の付与手順は判っていても、その原理や理由まではそれこそ神のみぞ知るところだ。
フレスは龍。そしてウェイルよりも遙かに長寿命だ。
現代人には理解できない観点から物を鑑定することも出来るだろうし、原理だって判るかも知れない。過去の知識にも大いに期待できる。
この姿形、性格を見れば、長寿命であることを疑ってしまうことも多々あるが。
「それとあれだ。お前が龍であることは出来る限り隠すぞ。いいな?」
「どうして?」
フレスは困惑といった表情を浮かべた。
今の世を知らぬフレスならば当然の反応かも知れない。
「どうしても、だ。とにかく隠すぞ」
これだけは守れ、とウェイルは念を押した。
何故なら龍は畏怖の象徴なのだ。神話で悪魔の化身だと語られている。
もし教会がフレスの正体を知り、捕らえたとなればすぐさま処分されてしまうだろう。
そのことを直接フレスに伝えるのは気が引ける。
誰だって自分のことを悪く言われているの知るのは嫌だろう。
「むぅ、よく判らない。どうして?」
「……俺の弟子だからだ。理由が何にしろ弟子は師匠の言うことを聞くもんだ」
我ながら無理やりすぎる理由だと思った。でもフレスなら納得するだろう。
「あぁ、そっか! ボク、弟子だもんね! 師匠の言うこと聞かないとね!」
しっかりと納得したみたいだ。知ってはいたが、やはり単純な奴だ。
「よろしくね、師匠」
(――やはり師匠と呼ばれるのは悪くないな)
――●○●○●○――
「ルーク、競売品は来たか?」
オークションハウスに入るなりルークを見つけ、声をかけた。
「おー、ウェイルか。さっき届いたところだ。それよりお前、その女の子は誰だ?」
ルークの視線がフレスに向く。
「あー、こいつか。こいつはな……」
なんて言い訳をしようか、そう考えたとき、
「こんにちは! フレスって言います! ウェイルの嫁です!」
とフレスが大声で叫んで挨拶した。
(何言っているんだ! お前は俺の弟子だろ!?)
心の中で叫んでもフレスには伝わらない。
「へー、まさかウェイルにねぇ。昨日は何も言ってなかったのに」
「昨日の夜出会ったの」
「昨日の夜だと? おい、ウェイル、お前この子に一体何をしたんだ?」
「……色々あったんだ。気にしないでくれ。それと嫁というのは嘘だ。フレスは俺の弟子だ」
「何言ってるの? ウェイル。昨日一緒に寝た仲じゃない」
「お前が勝手に入ってきただけだろ! おい、勘違いするなよ、ルーク」
ルークは二人のやり取りを見て腹を抱えて笑っていた。
「分かってる分かってる。お前にそんな甲斐性はなかったしな。大方、違法な奴隷商の連中から助けてやったんだろ。お前、愛想悪いくせに正義感だけは強いもんな」
もうそれでいいよ、ということで敢えて返事はしなかった。
相変わらずフレスはニコニコと笑顔を振りまいていたが。
話を逸らすため、というか今日の目的の為に話を変えた。
「それでラルガポットはどれだ?」
「こいつら全てだ」
ルークが指差した先にある部屋に、積み上げられていた箱の山。つまりこの箱全てがラルガポットということだろう。ゆうに二百個以上ある。
「こいつらが全て五十万ハクロア以上で売れるんだ。いや、もっと高騰するかもな」
ルークは気づいていないのだろうか。
――このあり得ない数が、本当にあり得ないということに。
「ルーク、こいつを一つ、鑑定させてくれないか?」
「ラルガポットを、か? こいつらは全て公式鑑定書付のラルガポットだぞ? もう鑑定は済んでいるよ」
公式鑑定書が付いている品を信じない者はいない。このあり得ない状況をルークが不審に思わないのもそのせいだろう。
「ルーク、おかしいとは思わないか? そもそもラルガポットというのは量産が出来ないだろ。それがこれだけ大量にある、というのは明らかに異様だ」
「うーん、確かに最初は俺もおかしいとは思ったさ。でも公式鑑定書があるんだ。信じざるを得ない」
「なら、もしその公式鑑定書自体が贋作だとしたら?」
あり得ない話じゃない。"あいつら"ならやってのける。
「はははは、冗談はよせよ、ウェイル。そんなこと出来るはずが無い」
「本当に無いと思っているか? "あの連中"が絡んでいたとしても」
――"あの連中"。
そのキーワードを出した途端、ルークの笑い声は虚空に消えた。
「まさか……。そんなこと……、有り得ない……。いや、有り得るはずが……」
何か心当たりがあったのか、言葉がしどろもどろになる。
「今回に限っては有り得ない話じゃない。知っているんだろ? あの連中のこと」
ルークはついに黙り込んだ。無理もない。
――あの連中が絡んでくるとなると、簡単な問題ではなくなるからだ。
競売や鑑定の世界で奴らに関わるということは、自分の命にも危険が及ぶということだ。
さらにルークは今まで贋作のラルガポットをオークションに出品していたということになる。
今後の信用問題に大きく関わってくることは明白だ。
「しかし、何故だ!? ラルガポットなんて元々たいした値段じゃない。噂があって偶然高騰しただけだ。そんな偶然の産物の贋作を教会は作ったというのか?」
「その噂自体を教会が流したものだとしたらどうだ?」
ルークは、ハッと何か気がついた表情を浮かべた。
全てが繋がった、そんな顔だった。
「まさか……、しかしそれなら全ての筋が通る。それに教会がどうやって儲けたのかも、ラルガポットの入手経路もある程度見当がつく」
「……ラルガポット、鑑定するぞ」
「……頼む」
「よし、フレス、出番だ」
「うん! ついに初鑑定!」
意気揚々とフレスはラルガポットの入っている箱を手に取る。
箱を開けて、中に手を伸ばすその前に、ウェイルがフレスの手を止めた。
「フレス、これをつけろ」
「なにこれ?」
「手袋だ。指紋が付くだろう」
どうやら鑑定の基礎から教えねばならないようだ。
一通りの基礎を語ると、フレスも納得したのか嬉々として手袋をし始める。
「これでよし! ではさっそく!」
フレスは今度こそ箱からラルガポットを取り出し、じろじろと見定め始めた。
「…………うう、判らない……」
「……そうか」
予想はしていたが、やはり判らないようだ。
ラルガポットは人工神器であるし、何よりフレスは鑑定するのは初めてだ。
何をすればいいかも判らないわけで、この結果は当然と言えば当然である。
「よし、貸してみろ」
「うう、お手並み拝見させてもらいます、師匠……」
師匠なんて言われれば、下手な鑑定をする訳にもいかない。
ウェイルは慎重に、ラルガポットを鑑定し始めた。
重さ、形、匂い、呪文印。どれを見ても本物そのもの。
アマチュアが見れば、ラルガポットの本物と自信を持って太鼓判を押すだろう。
だが、ウェイルはこれがすでに贋作だとほぼ確信を持っていた。
昨日の事件の真実は、これが贋作なら全てが繋がるからだ。
「流石の仕事ぶりだな。本物とほとんど区別が区別がつかないほど良く出来ている」
ウェイルは手に持ったラルガポットを『氷石鏡』で見回してみた。
見た目では不審な点は全く見当たらない。
「さて、どう調べたものか……」
材質鑑定、年代鑑定、それらをここで今すぐにとは機材が足りない。
贋作なのは間違いない。だが、それを証明する方法が難しい。
そんなとき、フレスが提案する。
「ウェイル、ボクがもう一度やってみるよ」
「もう一度? 何か判ったのか?」
「ウェイル、ラルガポットはミスリルで出来ているって言っていたよね」
「ああ、ミスリルだ。しかしこの重さ、光沢、叩いたときの音、全てが本物と変わらないように見える」
フレスはウェイルからラルガポットを受け取ると、それを手のひらに乗せた。
「少し貸して。ルークさん、ここにあるもの以外にラルガポットってある?」
「確かあったはずだ。昔、競売で売れなかった余りのポットがある」
ルークは倉庫からラルガポットを取り出し、フレスに手渡した。
「ねぇ、ウェイル。昔、王様が自分の王冠の金の純度を、どうやって確かめたか知ってる?」
「同じ質量の金を用意して、同じ量の水の中に入れて、溢れた水の量で確かめた奴だろ」
「さすが師匠! その通りだよ。それを今からやるの。まぁ、見ててよ」
「見てて、ってお前。確かにその方法で調べることは理論上可能だ。だがな、それには問題があるだろ。まず設備の無いここでは、同じ質量の水を用意することが不可能だ。その鑑定方法は無理がある」
「いいから、いいから、とりあえず見ていて」
「……一体どうするつもりだ?」
ウェイルの疑問を他所にフレスは自信満々な表情で目を閉じた。
するとフレスの両手から青白い光が発せられ、それと同時に水が溢れ出していた。
フレスはその水を、まるで水あめを練るように手でかき混ぜたかと思うと、次の瞬間には両手に水晶球のようなものを出現させていた。
「これは水の球でね。どっちも全く同じ質量なの。そしてこの球はボクの力で覆っている言わば容器みたいなものだよ。さぁ、ウェイル。この球にラルガポットを入れてみて?」
ウェイルは言われるがまま、右手に今回のラルガポット、左手に売れ残りのラルガポットを同時に水球に入れた。
「これで溢れる水の量が違ったら、贋作だよね」
フレスがそう言ったとき、水の球体がはじけた。
ザバァと水が溢れたが、フレスの手にもまだ水の球体が残っていた。
しかし右手、左手と残っている水球の大きさが違っている。
「手に残った水の量が違うってことは贋作決定だね♪」
この光景にルークは唖然としていた。そしてウェイルに叫ぶ。
「彼女は一体なんなんだ!?」
予想通りの質問だった為、少し笑いそうになったが、誰だって最初はそう思うだろう。
ウェイルはというと昨日から色々と見てきたので、これくらいのことでは驚かなくなってしまっていた。慣れとは怖いものだ。
今の光景を見られた以上、ウェイルはルークにフレスのことを嘘偽りなく話すことにした。
もちろん、このことは口外しないと約束して。