龍と鑑定士

第二部 第六章 為替都市ハンダウクルクス編 『優しい都市の裏の顔』

誓いのキス？

「……来たよ、ウェイル!!」

　フレスの地獄耳が、敵の足音を捕えた。

「数は？」

「多いね、おそらくは百を超えている」

「なんだ、クルパーカー戦争の時より楽じゃないか？」

「それもそうだね！」

　こんな時でも楽観的な二人。

　数々の事件を共に乗り越えた二人には、この程度のこと、すでに大したことではなくなってきている。

　次第と迫る足音に、二人は臨戦態勢を整えた。

　そしてスラム街の入口に、警備隊が現れた。

「見つけたぞ！　鑑定士だ！」

「ルクセンク様の命令でお前を確保する！　大人しくしてろ！」

「おいおい、俺が一体何をしたっていうんだ？」

「これからお前らは胸にあるドッグタグを紛失してしまうということになっている」

「ああ、なるほど。納得だ」

　この都市に入った時配布されたドッグタグはこういう利用法もあるということか。

　彼らはウェイル達のドッグタグを奪う気でいるらしい。

　たった二人に対し、大人数で突撃してきた。

　しかも一人一人の手には刃物が握られている。

「全く酷い制度ばかりだな、この都市は」

「ウェイル！　どうする？」

　どうする、とは変身するかどうかのこと。

「そうだな……。この数相手だ。そうするとしよう。彼らを殺さないように力を抑えることは出来るか？」

「当然！　いくよ、ウェイル！」

　フレスはウェイルに詰め寄ると、ウェイルもフレスの視線に合わせるために腰を落とした。

「お願い、ウェイル！」

「……ハハハ！」

「ちょっと、何がおかしいのさ！」

　この一大事に、ウェイルは思わず笑ってしまった。

　意味が判らないとフレスがしかめっ面になる。

「いや、だってな？　この都市では俺達は結婚をした扱いになっているんだぞ？　そうすれば、これは誓いのキスってやつに見えたりはしないか？」

「――なっ!?」

「おっと、翼を広げるなよ、服が破れるだろ？」

「だって、ウェイルが変なこと言うから――ウッ!?」

　文句を言うフレスの口を塞ぐかのように、ウェイルか唇を奪った。

　その瞬間、蒼く輝く光がフレスを包み込んだ。

　激しい冷気と共に吹き出す覇気に、警備隊の連中は、思わず足が竦む。

　冷気が晴れ、光が消えると、この地下スラムが狭く思えるほどの巨大な龍が、その姿を現していた。

『我が師匠はデリカシーの無い奴だ』

「龍の姿とでは誓いのキスは難しそうだな」

『言ってくれる……』

　神龍フレスベルグは冷気を発しながらひとしきり笑うと笑うと、表情を一変させる。

『さて、こいつらをどうしてくれようか……』

「殺さない程度にな」

　フレスベルグの鋭い眼光が、容赦なく警備隊員に突き刺さる。

　失禁すらしてしまいそうな威圧に、逃げ出す隊員も少なくはなかった。

　しかし、ウェイルはそれを許さない。

「フレスベルグ、奴らを逃がすな」

『無論だ』

　体をうねらせ、飛翔する。

　地下スラム入口へと走り向かう隊員を抜き去り、入口を塞いでやる。

『申し訳ないが、警備隊を外に出すわけにはいかないのでな。どうだ？　まだやる気か？』

　フレスの問いで、ようやく彼らは己が目的を思い出す。

「こんな奴らを拘束するだなんて……!!」

「絶対無理だ……!!」

「化け物相手なんて聞いてなかったぞ!!」

　だが、彼らにその目的を全うする力など残されてはいない。

　フレスベルグのその姿に、気力の根こそぎを奪われてしまっていた。

　それでほんの数人ではあるが、立ち向かおうとする者達がいた。

　剣を持ち、フレスベルグへと切り込んでくる。

　フレスベルグは、そんな彼らを優しく撫でてやった。

　それだけで十分すぎるほど。

　刃は折れ、鎧は割れ、体は吹っ飛ばされたのだった。

　勇敢であるはずだった数人がいとも簡単になぎ倒されたことで、恐怖が地下スラムを支配した。

「フレス、よくやった。俺達も次へ行くぞ」

『ああ、そうだな。こいつらはここに閉じ込めておくのか？』

「そうだ。警備隊が外に出てくると計画が台無しだからな」

　ウェイルがフレスベルグに何やら指示をすると、フレスベルグは再び警備隊の方へと視線を戻す。

　恐怖で縮み、動けなくなる彼らを尻目にウェイルは一人地下スラムから抜け出る。

　フレスベルグがそれを確認すると、背中に纏うリングに光を溜めはじめた。

『すまないが、数日の間ここにいてもらうぞ。なに、食糧や水なら大量に残されている。死ぬことはないだろう。数日後には自力で脱出できるだろうしな』

　フレスベルグは力を放出した。

　青い輝きは、冷気となって、地下スラム入口周辺を包み込んだ。

「な……、入口が……!!」

　冷気が晴れると、フレスベルグが何をしたのか、警備隊員は理解できた。

「こ、凍っている……!?」

　フレスベルグの冷気で、入口付近には巨大な氷塊が出現し、周囲を凍らせていたのだ。

　氷の塊が邪魔をして、入口は完全に塞がれていた。

「これじゃあしばらく動けないじゃないか……」

　地下スラムに残された警備隊員は、閉じ込められたという現実が目の前にあるというのに、少しばかりほっとしていた。

　凄まじき恐怖の対象が、この場からいなくなっていたからだ。

　それに例の龍がいうに、自分たちは数日後には脱出できるらしい。

　ルクセンクの恐怖からも一時的に解放されたということも重なり、警備隊員は皆、安堵していた。

　――●○●○●○――

「よくやったぞ、フレス」

「もう、ウェイルってば！　変なこと言わないでくれる!?」

　龍の姿から元に戻ったフレスが、案の定抗議してくる。

「いいじゃないか。ただの冗談だ」

「だから！　冗談だっていうのが一番腹が立つんだけど！」

「それよりもフレス。次だ」

「それよりもって！　ボクにとっては重要なんだけど！　……もういいよ……。次いこ」

　まともに取り合わないウェイルに何を言っても無駄だと悟ったフレス。

　もちろん、納得をしたわけではなかったので、頬を膨らませて表情だけでも抗議は続けていたが。

「次こそが最も重要な仕事だぞ？　大丈夫か？」

「ボクが大丈夫でない理由の大半はウェイルなんだけどね」

「そうか。不満は仕事が終わった後いくらでも聞いてやる。行くぞ」

「はいはい……」

　二人はピリアから授かった地図を頼りに、地下道から直接ルクセンクの館へと繋がる道を歩いた。

　そう、二人の次の仕事とは――

「――ルクセンクを監禁する」