嫉妬
「なぬ!? あの鑑定士の株、全て買い占められてしまっただと!?」
「は、はい……! 本日の午前10時頃のことです」
「……クッ……!! プロ鑑定士を甘く見たか……!!」
――正午。
ルクセンクの怒号が、人間為替市場にこだましていた。
更新された貼り紙に、ウェイルの価値が書かれている。
その価値、現在――0リベルテ。
株式を100%取得されたものは、基本的に人間としての価値を失う。
ウェイルはフレスと株の100%持ち合いをした。つまりこの都市ではウェイルはもうフレスの所有物となっている。
個人の所有物である以上、所有者の承諾がない限り株売買は出来ない。
そういうことからウェイルの株の値は、フレスが売買を行おうとしない限り0となるわけだ。
同様にフレスの価値も0になっている。ウェイルがフレスを所有しているからだ。
「……あの鑑定士、間違いなくここのことを知っている……!!」
先に対策を講じられたのだ。それはもう明らかだった。
「この都市から外に出すわけにはいかなくなった……!! おい!!」
「はっ!」
付き添っていた従者が跪く。
「この鑑定士の居所を今すぐに調べろ! 警備隊にも連絡しろ!!」
「ルクセンク様。すでに警備隊は奴らの居所を掴んでいる模様です」
「……どこだ!?」
「地下スラムです」
「地下スラムか……。確かルイというドブネズミがちょろちょろしているところだったな」
「はい。そのルイがその鑑定士を匿ったと見られています。いかがなさいましょう?」
「地下スラム。今まで大した行動もとれないからと放置していてやっていたものを……!! 警備隊に伝えろ! これからすぐに、地下スラムを殲滅せよと! 人間為替市場のことを知った鑑定士を確実に捕えるのだ!」
「はっ!」
――●○●○●○――
ウェイル達はタイミングを窺っていた。
すでに地下スラムの住民達は全て避難を終え、残るはウェイル達ただ二人。
ルイはすでにハンダウクルクス駅すぐ傍で身を隠し、ピリアもそれに付き添っていた。
他の『無価値の団』構成員もすでにファイラーが支給した武器を片手に、都市の至る所へ潜んでいた。
広大な地下スラムに、たった二人で時を待っている。
「ねぇ、ウェイル」
ふいにフレスが声を掛けてくる。
「なんだ?」
「どうしてウェイルってさ、自分から事件に巻き込まれるの? サラーのこととかもだけど、今回だってさ。逃げようと思えば一人で逃げられたでしょ? いざとなったらボクが変身して空から逃げればいいんだしさ」
フレスはウェイルの無駄な正義感を知っている。
しかし、そんな強い正義感を差し引いてでも、ウェイルは余計なことに首を突っ込みたがる節が垣間見える時があるのだ。
そんなフレスの素朴な質問に、ウェイルは少しばかり頭をひねらせていた。
「う~む。確かに俺は、変に事件に巻き込まれるな……」
思えばフレスと出会ったラルガ教会での事件もそうだった。
鑑定士として見過ごせない事件だったとはいえ、あそこまで深入りする必要もなかったのかもしれない。
しばらく考えて、そして自然に出た言葉。それが、
「……羨ましいと思っているのかもな」
「……羨ましい……?」
あまりに予想外の言葉だった。ウェイル自身もそう思っている。
だが、思い当たる節はある。
「例えばイレイズの時のことだ。イレイズは何のために戦った?」
「……自分の都市を守る為、でしょ?」
「そうだ。そして今回のことも同じだ。ルイ達はこのハンダウクルクスを少しでもいい都市にしようと想うあまりに、こんな行動をとっている。それが羨ましいんだよ。俺にはもうそう思える故郷がないのだから」
「…………フェルタリア……!!」
ウェイルの故郷、神器都市『フェルタリア』。
この国はもう、この大陸には存在しない。
良質な神器を量産していたこの都市の技術、そしてフレスベルグというドラゴンを狙って贋作士集団『不完全』の手により、フェルタリアは崩壊した。
ウェイルはその国の王家の一人で、生き残った数少ない者なのだ。
「フェルタリアが襲われたのは、俺がまだ幼い頃だったからな。故郷の記憶すらほとんど残っていないんだよ」
フェルタリアが滅亡したのは20年ほど前のこと。
ウェイルはフェルタリア滅亡の後、師匠であるシュラディンに拾われ、貧困都市リグラスラムで青年期を過ごしたのだ。
「……ボク、ボクはね、フェルタリアのこと、しっかりと覚えてる……!!」
フレスはギュッとウェイルの手を握って、そして故郷のことを語り出した。
「ボク、フェルタリアで目を覚ました時さ、人間に対する怒りで心が支配されていたんだ。その時、とてもいい音楽が聞こえてきたんだ。ふと見ると、女の子がピアノを弾いていた。その子ね、ライラって名前だったんだ」
「……ライラ……!?」
シュラディンから聞いたライラという名前。
やはりシュラディンがフェルタリアで見たというのはフレスに間違いなかった。
「ライラはボクの為に怪我を負ってまでも抱きしめてくれたんだ。ライラはとっても優しくてさ! 人間の友達っての、その時初めて出来てさ! ボクとても嬉しかったし、楽しかったんだよ。フェルタリアの人はみんないい人ばかりでさ! ボクが龍だって告白した時も、誰も嫌な顔一つせず、それどころかより一層親しくしてくれて。王様なんてボクを守ってくれたんだよ。本当にフェルタリアのことを故郷だと思ったほどに」
フレスの顔は、とても優しい表情だった。
それはとても幸せな記憶で、そして切ない思い出。
何せこの先の結末を、嫌というほど知っているのだから。
「だからね、ウェイルが羨ましいっていう意味、分かる気がする。だってさ、ウェイル、少しだけボクにも嫉妬してるんでしょ? フェルタリアのことを覚えている、このボクをさ!」
「…………ッ!!」
フレスに言われて、初めて実感したのかもしれない。
「……そうだな。俺はお前が羨ましいよ」
ウェイルは、無意識のうちにイレイズやルイに嫉妬していたのだと。
「ねぇ、ウェイル……」
「なんだ?」
「今度さ、フェルタリアがあったところに行ってみない……?」
「……そうだな……」
故郷の跡地。
未だ一度も足を運んだことはなかった。
行こうとしたことはあるものの、その度に気持ちが悪くなり、吐き気が込み上げてきた。
だが今は隣にフレスがいる。
彼女がいれば行くことが出来るかもしれない。
――最愛の故郷、フェルタリアに――。