信頼
「うえええええええええええええええええええええええ!?」
「おい、そんなに驚くな。あくまで形式上だ」
「け、形式上!?」
「本当に結婚するわけじゃない。互いに株を取得しあうんだ」
「そ、そうなの……!?」
少しだけホッとした……少しだけ残念そうな顔を浮かべるフレス。
「なんだ? まさか本当に結婚すると思っていたのか?」
「むぅ! ウェイル、ボクをからかったんでしょ!! このバカウェイル!!」
ケタケタ笑うウェイルに、フレスが目に涙を浮かべて抗議してくる。
「からかったわけじゃないんだがな」
「誰がウェイルとなんか!」
「嫌なのか?」
「…………!! むぅううううう!!」
ポカポカと殴る手を強めてくる。
「痛い、痛いって! ちょっとフレス! 痛い!」
「乙女の心を傷つけた罰だよ!」
「ごめんって。だが、この方法ならうまく行くんだよ」
「……確かに、そうだけどさ……!!」
ピリアは言っていた。
結婚するときは互いの株を持ち合うと。
そうすれば互いに裏切ることもなく、他人に奪われることもない。
「俺の全株式を全てお前に譲渡する。代わりにお前の株式を全て俺にくれないか? そうすれば互いは完璧に守られる」
「……うん……。その方法なら現金も必要なくなるし、良い方法だと思うけど……」
少しばかり俯くフレスの顔は真っ赤になっていた。
「フレス。俺はお前はからかったわけじゃないんだ。フレスだからこそ、信頼して俺の株を預けることが出来る。他の奴だったらそうはいかないよ」
腰を落としてフレスと同じ目線となり、頭を撫でてやる。
「俺はお前を信頼しているだけだ。だからお前にも俺を信頼して欲しい」
「ボクはウェイルにだったらいくらでも信頼できるんだ。今更だよ」
「そうだな。何せ俺とお前の仲だもんな!」
「それ、ボクの台詞なんだけど!」
市場が開かれてすでに一時間。
値段更新は正午。
それまでに全ての対策を終わらせなければならない。
二人はもう一度互いに視線を送り合うと、同調するように頷き合った。
ウェイルは売買窓口へと向かう。
続いてフレスも向かった。
二人は手を取り合い、そして受付にこう宣言した。
「俺達は結婚する。互いの株式すべてを譲渡しあいたい」
――●○●○●○――
「……いいのか? フレス」
「いいんだよ。今日の晩御飯にクマがあれば♪」
「いや、それは無理だと思うぞ……」
午前10時30分。
互いの株式の100%を譲渡しあい、二人はハンダウクルクス内では夫婦と言う扱いになった。
しかし現在価値としてはフレスの方が大幅に価値が高い。
本来ならウェイルはその差額の分の価値を払わなければならなかったのだが、フレスはその価値を全て放棄した。
『ボク、ウェイルからお金を取る気なんてありません! 差額は全て無効でいいです!』
受付に熱烈に宣言したフレス。
裏事情を知らない周囲の客は二人に温かい拍手を送り、フレスはそれに笑顔で答えていた。
ウェイルはというと恥ずかしすぎて、陰に隠れていたのだが。
そんなわけでフレスには貸しが出来てしまった。
「でも、クマ食べたい! 貸しはクマ以外受け付けないからね!」
「判った判った。いつか、な」
「よろしくね♪」
ともあれ、二人は互いの株を100%持ち合うという方法で、身を守ることに成功した。
為替市場から出てルイにそのことを話すと、ルイも大笑いする。
「アーハッハッハッ!! そりゃいいね! とっさに思いついたんなら、流石は鑑定士殿! 天才だよ!」
「売買受付に行ったときはさすがに恥ずかしすぎたけどな……」
「そう? ボクはそうでもなかったんだけど」
「へぇ、こりゃ鑑定士殿、将来は尻に敷かれるかもな!」
「それだけは勘弁して欲しいものだ」
三人は再び地下へと戻る。
そこで改めて為替市場の感想を述べた。
「……生半可なことではルクセンクは倒せないな……」
「あの値段を見たのか」
「ああ。こりゃますますルイの作戦がモノを言いそうだな」
「俺達が守っているのは最後の切り札だからな。効いてくれなければ困るさ。それで、鑑定士殿、あんた、あの市場を潰すって言ってたな。どんな方法を取るつもりなんだ?」
「ああ。実はな、ルクセンクを殺そうと思ってたんだ」
「――なっ!? あいつを殺すだと!?」
「なに、本当に殺すわけじゃない。ただ死んだことになってもらうというわけだ」
「……死んだことになる、だって?」
「そうさ。この都市に、ルクセンクが死んだと噂を流すんだ」
ルクセンク死亡説。人間為替市場では、人間が死ぬということは会社が倒産したと同じ意味合いになる。
したがって死んだと思わせておけば、価値が消え去るということだ。
しかしウェイルの案にルイは反対する。
「それは無理だ。ルクセンクは毎日為替市場に顔を出すし、都市のことに関する会議にも必ず出席する。死亡説を流すには長い時間、その人間を目撃した人間がいないことが必須条件になる。ルクセンクを数日も目撃者がいない状況を作り出すことなど不可能だ」
「そうか? 俺にはそれが出来るんだがな」
「……なんだと……?」
「それよりもルイよ。急いで治安局へ向かう準備をした方がいい」
「……何があった?」
「この地下街、おそらくルクセンクは知っている」
「……なんだと!?」
思わずルイが声を荒げる。
「……どうしてそんなことが判る……!?」
「ルイ、お前達、最後に為替市場へ行ったのはいつだ?」
「……最近は警備隊の監視がきつかったからな……最後に行ったのは二週間程度前だ」
「だろうな。だから気づいていないんだな。アンタらの仲間の一人、確かペルチャと言ったか。あいつ、表の世界では金持ちで有名人なんだろ?」
「……ああ」
「そのペルチャの価値なんだが、最近大暴落していたぞ。ここ数日でな」
「……何だって!?」
人間為替市場の掲示板で、ウェイルは一通り見て、見知った名前の価値を全て頭に叩き込んでいた。
「それに考えてもみろ。地下スラムのことは知らないにしても、この都市に地下道があるということは結構な数が知っている。ピリアがいい例だろう」
「……それは……!!」
地下道はかなり複雑に入り組んでいて、知らない者ではスラムに辿り着くことは出来ないだろう。
しかしそれでも、風の噂程度には地下スラムの話は流れているはずだ。
それをルクセンクが知らぬはずもない。
「ならどうしてルクセンクはこれまで攻めてこなかったんだ……?」
「スラムの場所が判らなかったからだろう。おそらく今も詳しい場所までは突き止められてはいない」
「なら何故今更!」
「俺の存在だよ」
「……ッ!! ……プロ、鑑定士、だからか……!!」
「……そうだ。俺はプロ鑑定士だ。社会からの信頼が最も厚い職。そんな俺がルクセンクの秘密を知ってしまったんだ。それを治安局に報告してみろ。ルクセンクはたちまち失墜する。奴は俺のプロ鑑定士と言う職が怖い筈なんだ」
「……確かに……!!」
秘密を知った一般人、それもスラムに住む貧民程度であれば、ルクセンクは大して脅威を覚えないことだろ。
もしルイが今すぐ外に出て、ルクセンクのしていることを暴露したところで、まともに取り合う者は少ないに違いない。
治安局に通報すれば、確かに動いてはくれるだろうが、ルクセンクも馬鹿じゃない。治安局に何らかの妨害を入れるはずだ。
下手をすれば、ルイが虚偽の報告を治安局に入れたと、事実をねつ造してくる可能性だって否定は出来ないのだ。
だが、プロ鑑定士となればそうはいかない。
プロ鑑定士の付ける公式鑑定は大陸何処でも信頼される。
それほどまでにプロ鑑定士の信頼は大きい。
ルクセンクは、ある意味焦らなければならないのだ。
秘密を知ったウェイルを、どうにかして止めなくてはならない。
「ルイ、急いでスラムに住む人達を避難させろ。お前達は汽車に乗り込め」
「何ってんだ! ルクセンクや警備隊が、それを阻止すると言っただろう?」
「心配するな。ルクセンクはそんなことをしている暇なんてないし、警備隊もそれどころじゃなくなる。とにかく、今は急げ。ルクセンクは正午には為替市場には行くはずだ。そこで気づく。俺が完璧な対策を取っていることをな。とすれば今度は力ずくで止めてくるしかないんだ。さすれば俺が隠れているはずのこの地下に、大勢で攻め込んでくる!」
「…………く……!! 鑑定士殿よ、本当にあんたのことを信頼して大丈夫なんだろうな!?」
「好きにしろ。別に俺はお前達がどうなろうとあまり知った事じゃない」
「……なんだと!?」
「――だがな、俺は依頼された仕事は完璧にこなす主義なんだ。俺はあんたの姉、ピリアに依頼されたんだよ。この都市を鑑定してくれってな。鑑定とは物に価値をつけること。俺はこの腐った都市に、高い値段をつけなければならないんだよ! 仕事だからな!」
「……鑑定士……!! 判った。信じるよ」
「とにかく急いでスラムに戻ろう。正午まで後、2時間もないぞ!」
三人は走ってスラムへと戻った。