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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第二部 第六章 為替都市ハンダウクルクス編 『優しい都市の裏の顔』
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反人間為替派組織『無価値の団』(ゼロ・ヴァリュー)

 その後三人は、地下道にあるスラム街へ案内された。

 下水の流れるエリアを抜け、数多くのテントが張られているエリアへ到着した。

 その中でも最も大きいテントに、三人は招かれる。


「このテントがこの地下スラムを仕切る組織『無価値の団』のアジトだ。俺はその組織のリーダーをやっている」


 テントの中は、多少じめじめしているものの、地上から持ち込んだとみられる様々な道具や食料が置いてあり、生きることに困ることはなさそうだ。


「先程の非礼は詫びる。すまなかった、鑑定士殿」

「いや、いいんだ。まさか死んだと聞かされたピリアの弟が生きていたとはな」

「そうよ! ルイ! どうしてお姉ちゃんには黙ってたの!?」


 初めて見るピリアの激しい剣幕に、ウェイル達は思わず一歩下がってしまう。


「……ごめんよ、姉さん。でも姉さんに迷惑を掛けたくなかったんだ」

「何言ってるの!? もう十分迷惑を掛けてるわよ! 私は貴方を助けようと思って、ルクセンクに……!!」

「すまない、姉さん。でもまさか姉さんが俺の為にそこまでするとは思ってなくて……」

「家族でしょ!? 弟を心配して、助けようとするのは当然よ!」

「……そうだな……」

「そうよ……、そうよ……。ぐず……、馬鹿ルイ……ひぐ……」

「ごめんね、姉さん……」


 堪えきれず涙を流すピリアを、ルイが優しく抱きしめた。


「うう……、感動だよぉ……」

「お前、最近よく泣くよな……」

「だってぇ……だってぇ……!!」


 仲の良い姉弟の姿に、最近やけに涙もろいフレスももらい泣きしていた。






 ――●○●○●○――






 これまで弟の為だけに全てを捨ててきたピリアだ。

 その弟が無事だと判り安心したのか、体調が悪いこともあってピリアはすぐに深い眠りについた。


「ルイと言ったな。俺達にも詳しいことを話してくれるか。どうしてあんたはピリアに黙ってこんなところにいるのかを」

「……鑑定士殿には姉を助けてもらった恩がある。判りました。話しましょう」


 眠りにつくピリアに布団を掛け終ると、ルイは話し始めた。


「この都市の人間為替制度というのをご存知ですね?」

「さっきピリアから聞いたばかりだ。詳しいことは判らんが、普通の為替市場と同じであればルールの見当は付く」

「なら話は早い。俺はこの都市の為替制度に幼い頃から疑問を持っていたんだ。人の株を買い、支配するこのやり方にな」

「人身売買の温床になっているんだな?」

「そうだ。そしてその人身売買、奴隷貿易を行っている胴元は、ルクセンクだ。奴は自身の持つ膨大なる資金を用いて奴隷を作り、それを高値で売り払っているんだ。俺はルクセンクが奴隷を作る現場に何度も出くわしてきた。どうしても許すことは出来なかったんだよ。だから治安局に通報しようとした」

「それもピリアから聞いたよ。だからルクセンクの怒りを買って価値を下げられ奴隷にされたんだろ?」

「そうだ。だが、俺は奴から逃げたんだよ。そしてこの地下道に新しいハンダウクルクスを作ろうとしたんだ」

「それがこのスラム街か……」

「この地下街には、地上で価値が無くなった人間が住んでいる。奴隷にされそうになったところを逃げたりしてな。俺達はそんな人間を助けるため、この都市の警備隊ともある程度パイプを繋いである」

「……だからか。この地下街が潰されていないのは」

「この地下街の存在をルクセンクは知らないからな。それにこの都市でも、表には出さなくとも裏でルクセンクを嫌っている人間は多い。みんなこの人間為替と言う仕組みに嫌気が差しているんだ」


 ルイの話でルクセンクが奴隷売買の元締めをやっていることが判った。

 その証拠の資料も、ルイはいくつも持っており、それらがルクセンクは真っ黒な人間だと証明していた。


「この奴隷売買に関する機密書類は、ルクセンク宅から盗み出したものなんだ。これさえあれば治安局もすぐに動いてくれるはず」

「それは間違いないな。この書類を見る限り、ルクセンクが生み出した奴隷の数は百人は下らない。あまりにも非人道的だ」

「だがな、鑑定士殿。この資料を治安局へ届けるのが難しいんだ。知ってるだろ? この都市の検問を」

「……ああ」


 ウェイルらがハンダウクルクスへ入都するときも、大変時間が掛かった。

 証明書を発行しなければ入都も出都も出来ない仕組みになっている。


「汽車が使えない。もちろん、船だって検問は厳しい。樽の中一つ一つまで確認するくらいだからな」

「……となると徒歩だが」

「それも難しいだろう。巨大な山、ハンダウルと広大な湖、クルクスに囲まれている。その時点で徒歩は困難だろうし、汽車を用いてくる追手から逃げ切る自信はない」

「つまり切り札は握っているが、外には出れない状態なわけだ」

「そういうことになるな」


 ルイは確かにルクセンクを失墜させることの出来る爆弾を持っている。

 しかし、それを使うには、どこかでルクセンクの行動を止める必要があるわけだ。


「なぁ、鑑定士殿。アンタさっき言ったよな。人間為替という制度を潰す、と」

「言ったな」

「何か手はあるのか?」


 ルイの目が鋭く光る。

 ウェイルはこの目を知っている。ライバルの鑑定士がいつもしてくる目だからだ。

 これは――ウェイルを利用しようとする目。

 しかし、ルイのそれは不快になるものではなかった。

 何故ならルイには、ウェイルととある共通点があるからだ。


「もちろん、ある。準備はいるけどな」

「準備……?」

「人間為替市場というものを、一度見て、実際に利用してみないとな」

「なるほどね……。よし、なら早速行ってみるか。案内するよ。その代り」

「判っているよ。そっちに利用されてやる」

「さすがはプロ。何でもお見通しってか」


 話はそう纏まると、安らかに寝ているピリアを起こさないように、慎重にテントの外に出たのだった。


「仲間を紹介しよう。彼らは『無価値の団』に所属している構成員だ。ゼーベッグ、ペルチャ、ファイラー、来てくれ」


 呼ばれた三人が、他のテントから出てくる。

 その内一人は先程松明を持っていた者だった。


「……ルイ。今度の作戦、その男を参加させるのか?」

「どうだろうな? でも、そうなる可能性は高いと思うよ? 鑑定士殿、このでかいのはゼーベッグという。力仕事なら何でもござれの頼りになる奴だよ」

「……まあ、よろしくな……」

「こちらこそ」


 松明を持っていたのはゼーベッグであった。素直に手を取り握手する。


「へぇ、これがプロ鑑定士か。中々にいい男じゃないか」


 続いて声を掛けてきたのは、褐色の肌に白い長髪をした女だった。


「ねぇ、ルイ。この男、私に頂戴? 何ならこいつの株、買い占めちゃってもいいけどさ!」

「……おい、この女は誰なんだ、ルイ……?」


 馴れ馴れしく近寄る女に、ウェイルは思わず鳥肌が立つ。

 ギュッとフレスが握ってきた手のひらだけが、唯一の救いだった。


「おい、ペルチャ。人間為替を否定する俺らが利用しようとしてどうするんだ? 済まない、鑑定士殿。こいつの名前はペルチャ。地下にはこいつ好みの男が少ないもんでな。つい手を出しそうになってしまったようだ。だがこいつ、実は家は金持ちでな。表の世界でもちょっとした有名人だ。価値も高い。それなのに人間為替制度が嫌だからと、俺達の仲間になった不思議な奴なんだ。『無価値の団』の活動資金は、結構彼女のポケットマネーだったりする。いわばスポンサーだな。少しぐらいのオイタは見逃してやって欲しい」

「むぅ……。ボク、この人苦手……」


 同感だとつい首を縦に振ってしまうウェイルであった。


「最後に紹介するのはファイラー。このスラム街に、地上から物資を運びこむ運び屋をやっている」


 丸いメガネを掛けた、小柄な男が前に出てきた。


「どもども! これはこれはプロ鑑定士殿! こんなむさくるしい所にようこそおいでなさりました! 歓迎いたしますよぉ!」

「そ、それはどうも……」


 やけにテンションの高い目の前の男に、二人は思わずひいてしまう。

 しかしファイラーはそんなことお構いもなく、矢継ぎ早に話を進めてくる。


「いや、しかしこれはこれは可愛いお嬢さんですなぁ~~。地上でもなかなか見られないレアものですよ! これは素晴らしい……!!」

「うぇ、ウェイル! ボク、ここの人達みんな怖いんだけど!」


 上から下までじろじろと観察されるフレスは、さぞ不快に感じたことだろう。


「ルイよ。お前の仲間の紹介は終わったんだ。早速人間為替市場を案内してくれ」


 精神衛生上、一刻も早くここを抜けたい。

 フレスも同感の様で首をブンブンと縦に振っていた。


「そうですね。じゃあみんな、行ってくるよ。姉さんを頼んだよ」


 地下道へ戻り、地上へ繋がる通路を進む間にも、数多くの人とすれ違った。

 そんな彼らは地上に出ても価値がない。だからこそここにいる。

 彼らに地上で生きさせてやりたい。そうルイは道中語ってくれた。

 ウェイルも同感で、話を聴くだびに頷いていた。

 ルイは地下スラムへ堕ちた人間達の最後の希望なのだ。

 人とすれ違うたびに、ルイは激励の言葉を貰っていた。

 それはルイにとってはプレッシャーに違いない。誰だって、過剰に人に期待されたくはないものだ。

 それでもルイはその役目を買って出ている。自らの地位を捨て、独裁者に楯突いた。

 ウェイル、そしてフレスは気が付いていた。

 この二人の基本的な性格。


 そう、二人は無駄に――正義感が強い。


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