奴隷の依頼
「この都市に入ったとき、証明書を発行された。これって俺達も人間為替市場に登録されているってことか?」
二人が取り出したのは入都証明書。
この都市に入る者には必ず発行されるこの証明書、もしかしたら人間為替と関わっているかも知れない。
「判りません。ですが、為替市場本部に行けば判ると思います」
「そんなところがあるのか……?」
「はい。この都市の住民なら、誰でも入ることが出来ます。自分の現在価格と、所持株式を見ることが出来るんです。値段の変動は一日3回、午前9:00、正午、午後3:00に変動し、その時には大勢の人が見に来るんです。情報のやり取りもそこで行います」
「価値はどうやって決めてるんだ?」
「その人が持つ資産と、交友関係。プラス要素としては、何かの賞を取ったとか、勲章を得たりとか。逆にマイナス要素は犯罪歴、その他の噂など数えればキリがありません」
「噂ってのは予想以上に影響しそうだな……」
「はい。私の価値が下がったのも噂のせいでしたし、皆噂が立つのが怖いから過剰に親切なんですよ」
「納得だな。それで、その為替市場本部とやらは一体どこに?」
「地図、書きますね」
急いで鉛筆と紙をピリアに渡す。
ピリアの体調は今だ芳しくない。
それでもピリアは丁寧に、細かいところまで書き入れてくれた。
「……おそらく余所者は入れないかと思います。この都市の最重要機密ですので。人間為替のことを部外者に話すこと自体、犯罪ですからね」
なんて笑って言うピリア。
なんだか悪い気がしてくる。
「……すまん。迷惑を掛けた」
「そんな、とんでもない! 今更私の価値が下がろうなんて、どうでもいいことですから。これ以上下がりようがないですからね。それよりも、私こそ謝らないと。ウェイルさんに助けられ、それを都市の住民に見られてしまった。おそらくウェイルさんの為替があるとすれば値段は下がっているはずです。場合によっては警備隊に拘束されてしまいます」
「警備隊……? フレス、もしかして!」
「うん。ボク達が見た、昼間の!」
「骨董品屋の店主だ!」
何やら警備隊と揉めていた店主。
すっかりと忘れていたが、あの時の会話、何か不自然であった。
「フレス、お前、あの時、警備隊が何を言っていたか聞こえたか?」
「『お前にはもう価値がない』って、そう言ってたよ」
「なるほどな……」
今考えればすぐに判る。
あの骨董品店の店主は、価値を失い、誰かに買い占められたのだ。
「実はですね。あの骨董品店、昼間ウェイルさん達が鑑定して、贋作だと言っていた品をルクセンクに売った店だったんです」
「…………あの時のルクセンクの鋭い視線は、そういうことだったのか……」
ルクセンクに恥をかかせたあの店主は、間違いなくルクセンク本人の手によって価値を落とされてしまったのだろう。
例え贋作を売った店主が悪いとはいえ、ウェイルの鑑定によって一人の人生が狂わされた。
多少の責任感を感じてしまう。
「……なら一層、この制度を潰してやらんとな……!!」
「でも、どうやって?」
「ピリア、お前はこの制度を作ったのはルクセンク本人だと言ったな?」
「はい。その経営実態も実質彼一人でやっているみたいなもので……」
「この都市の連中は、人間為替のことをどう思ってる?」
「……おそらくは皆反対していると思います。相手がルクセンクだから言えないだけで、本当は誰も望んではいないんです。こんな制度のやり方は。日々恐怖に怯えながら暮らすのは、もうこりごりです……」
「判った。ありがとう。それならばなんとかなりそうだ」
「……一体、どうやって……?」
「それはな――」
ウェイルが作戦の内容を二人に話す。
ピリアは最初こそ無理だと諦めた表情をしていたが、話が後半になるにつれ次第に頷く回数も増え、最後はやれると力強く頷いていた。
「ウェイル。そのやり方、凄く理に適ってると思う。でもウェイル、とても危険な目に遭うかも知れないよ? それでもやるの?」
「まあそうだな。でも、もし危険になったら、俺の可愛い弟子が助けてくれるんだろ?」
そう言われて、フレスも翼を羽ばたかせる。
「全く、ウェイルはボクがいないと心配でいけないよ!」
「お互い様ってわけだな。……よし、作戦は昼からにしよう。体を休めとかないと成功するものも失敗するってもんだ。市場が開かれるのは午前9:00からだからな。それまで、のんびりとしとこうか」
「そうだね。ピリアさんも、しっかりと体、休めてね!」
「……はい……!!」
ピリアはふと思い出していた。
王都ヴェクトルビアで起こった事件のことを。
新聞で読んだ、事件を解決に導いた二人組のことを。
その新聞には名前は出ていなかった。
ただ一人は若い鑑定士、もう一人は少女だったという。
もしかしてこの二人なんじゃないか、もしそうなら、きっとこの都市を救ってくれる。
ピリアは改めて二人に頭を下げた。
「ウェイルさん。鑑定の依頼をお願いします。鑑定対象は――この都市自体、です……!!」
そんなピリアに、二人はニヤリと笑みを投げ返して、そして言い放った。
「任せておけ」
あまりにも心強い言葉。
ピリアは安心したのか、すぐに寝息を立てて眠りについていた。
――●○●○●○――
ウェイルが目を覚ましたのは、午前5時。
見るとフレスやピリアはまだ眠っている。
「……動き出す頃か……」
ウェイルが誰もが寝ているこの時間に起床したのは理由がある。
愛用の短剣を腰に忍ばせ、音を立てずに部屋から出た。
階段の下を見れば、何やら灯りが灯っている。
ひそひそと話をする声も聞こえてきた。
「……どうするよ……?」
「どうするってったって……。あれってルクセンク様のところのピリアだろ? 本人の価値もとっくに消え去って、奴隷になっているって話だぜ」
「そんな奴隷がこんなところに逃げ込んでいるとなると……」
「この宿、もしかしたら危ないのか……!?」
「……実は先程、ルクセンク様からそのメイドについて、大至急の捜索依頼が出されていたんだ……。もしこのまま匿ってると……まずいぞ……!」
「先にルクセンク様に報告しに行くという手はどうだ……?」
「それが良さそうだが……あの客人はどうするんだ……?」
「残念だが、ピリアと同じ運命を辿ってもらうしかない……。観光証明書の期限は3日だから、その間に逃げ切れればいいけど……」
聞き捨てならない会話が、そこにあった。
明け方にも関わらず、真剣に話し合いをする店主を含めた三人がいた。
「……こりゃ少しまずいな……」
話の内容は大体理解した。
どうやらルクセンクはピリアを逃す気はないらしい。
しばらくすると、話し合いを終えた三人が店の外に出ていった。
彼らの姿を見守った後、ウェイルは今の話の内容について考察を始めた。
「外に出ていった奴ら、ルクセンクの元へ向かったに違いない。とすると、どう動けばいいか……」
もしこのままこの宿にいた場合、午前9時を前にピリアは拘束されてしまうかもしれない。
ウェイル達も同時に拘束されてしまうだろう。
彼女を匿ったことを、誘拐したというねつ造に変えられて。
となれば、とにかく今は宿から出ることが先決だ。
しかしこんな早朝である。
月明りがあるため、視界は問題ないが、課題となるのが音である。
午後5時という早朝にドタバタとするわけにはいかない。
また外に逃げるにしても、走れば音が立ってしまうだろうし、夜の都市を徘徊する警備隊にも見つかってしまうかもしれない。
「……さて、どうしたものか……」
「私に一つ案があります」
「まったくウェイルってば。ボク達を起こしてくれてもいいじゃない♪」
「――お前ら!? どうして起きているんだ!?」
「そりゃウェイルが動いたからだよ。いつでも動けるように準備はしておいたよ」
あまりにも準備の良い二人に、ウェイルは思わず笑ってしまう。
「ハハハッ、フレスも段々と弟子らしくなってきたな……!」
「最初から弟子らしいでしょ!?」
「それについてはノーコメントだ。……ピリア、いい案ってなんなんだ?」
「この都市には地下道があるんです。そしてこれは噂なんですが、地下には価値の暴落した人間の住む地下スラムという場所があるそうです。もしそこに逃げ込めれば助かると思います」
「あくまでも噂か。だが、今はそれに頼るしかなさそうだな。ピリアの言う通り地下道に行こう……!!」
「はい。案内いたします……!」
ウェイルとフレスはピリアに連れられ、宿を後にした。