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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第一部 第一章 宗教都市サスデルセル編 『宗教都市と悪魔の噂』
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フレスの告白 ※

「――どういうことなの?」


 宿に帰った後、ひとまず状況整理をするため、ウェイルとフレス、ヤンクにステイリィを混ぜた四人はウェイルの部屋へと集まった。

 弟子になった以上、フレスにも状況の把握をして貰わねばならない。

 フレスは意外にも興味津々。

 龍ゆえに人間のいざこざなどあまり興味ないかと思っていたのだが、思い違いだったようだ。

 先程は簡略に説明し過ぎたので、悪魔の噂やラルガポットの事など、ヤンクの説明も交えながらひとしきり語ってやった。

 ついでに二人にもフレスの紹介も済ませた。もちろん龍であることは秘密だ。

 自己紹介の最中、ステイリィの態度があからさまに悪かったことが不安の種である。


「なるほどね。教会はデーモンを召喚して、噂を流す。そしたら魔除け効果のあるラルガポットは大人気になり需要が上がる。だから高騰しちゃったってことだね」


 流石に長寿命だけあってか、物分りは良い。

 経済事情にも少しは精通しているようだ。

 かなり端折って話をしたのだが、大方理解してくれたらしい。

 姿形や性格からは、想像も出来ないほどの頭の良さだ。


(……長寿命なのに、どうしてこんなに幼い性格なんだろうか……)


 実に謎ではあるが、それはこれから先、付き合っていけば判る事だろう。


「教会も上手い具合に考えたもんだね。召喚術で噂を流すなんてさ」

「正しく言えば、召喚ではない。教会は召喚術が使えないからな」

「どうして?」

「神の教えに背くからだとか。単に思想の問題だよ。もっとも信仰心の強い者は本当に術式が使えなくなる場合もあるらしいがな」


 ラルガ教会に限らず、ほとんどの宗教では召喚術を禁止としている。

 命を生み出し、使役する。圧倒的な上下関係を強制的に結ぶ行為。

 自由、平等、そして何より命を大切にすることが大好きな宗教に置いて、召喚術はそれら全て破ったものであるからだ。


「じゃあどうやってデーモンを出現させたの?」

「転移術を用いたんだ。転移系の神器は教会がよく用いているからな。使用方法にも詳しいだろうし、何より使っても怪しまれない」


 神器には空間超越を行えるものだって存在する。

 転移術はまさにその代表格で、その利便性により、大荷物を運ぶ職や場所で重宝されている。教会もその例に漏れない。

 もっとも、転移できる距離は微々たるもので、その移動範囲は神器から精々十キロ圏内程度と言われている。

 それすらも大型の陣を描くタイプの神器がやっと出来る距離で、個人が持つ物については数百メートル転移できれば十分である。


「教会は何らかの神器を用いてデーモンを都市へと送り込んだ」

「転移系の神器か。うん。心当たりがあるよ。でも、どうしてウェイルは教会が転移術を使ったと断言できるの? ボクもなんとなくは教会が怪しいと思うんだけど」

「その理由は大きく二つある。まずこのこの神器を見てくれ」


 ウェイルが取り出したのは、先程デーモンからとった首輪型の支配系神器『従属首輪』(スレイブ・リング)

挿絵(By みてみん)

「普通、召喚された神獣は、召喚者に服従するだろ」

「うん。絶対服従。そういう契約で良いっていう神獣が、召喚に応じるんだから」

「だが今回のデーモンにはこれが付けられていた」

「『従属首輪』か。ボク、支配系の神器嫌い」

「俺も同感だな。それは今置いておこう、フレス、今俺が言った二つのことについて判ったことは何だ?」

「デーモンを召喚した者と使役した者が違ったってことでしょ?」

「その通りだ」


 ウェイルとフレスが神器についての濃い話をしている中、それを隣で聞いていたステイリィとヤンクはと言うと。


「……なるほど。そういうことですか」

「どういうことだ?」

「教会の噂を流す手段が判ったんですよ」

「……すまん、ウェイル。簡単に説明を頼む」


 頷くステイリィに対し、もう少し判りやすく頼む、とヤンクが懇願してきたので、もう少し直球に最初から話してやった。

 どうやらステイリィには腑に落ちるところがあったようだ。


「簡単に言うと、教会は何者かにデーモンを召喚してもらい、この都市に転移させて悪魔の噂を広める。するとラルガポットが高騰するから、ラルガポットを売っている教会は大儲けできたってことだ」

「それは判るんだ。実際に高騰したラルガポットを買ってしまったしな」


 ポケットに入れていたラルガポットを取り出し、机の上に置く。


「だがそれだけじゃ教会が犯人ってことにはならんだろ? 他の誰かがラルガポットの値段を釣り上げるためにやった、という可能性だって否定できない」

「実は治安局も教会が犯人なのではないかと睨んではいたのです。状況があまりにも教会側に得しかない話でしたから。ですが教会は召喚術が使えないので、事件の関与はあり得ないと思っていました。転移術についても考慮はされましたが、どちらにしても可能性の域を出ないということで、捜査も行き詰っていて」


 ヤンクが鋭い意見を言い放つ。その意見にステイリィも頷いていた。

 もちろんウェイルもその可能性についてもすでに検討をしている。


「確かに証拠もないし、あくまで可能性の話にはなる。だから今の一つ目の理由は、二つ目の理由と合わせて考えてくれ。それでは二つ目。これは非常に判りやすい。ヤンク、この都市の地図を用意してくれるか?」

「判った。持ってくる」


 ヤンクは一度酒場へ降りていき、しばらくすると丸めた地図を持って戻ってきた。

 ラルガポットを脇へ退けて、地図を机の上に広げる。


「ステイリィ、出番だ。最近この都市で発生した悪魔の噂関連の事件、覚えているだけでいい。全て教えてくれ」 

「了解いたしました! えーっと、確か最近では東の3番街、西の5番街でありましたね。被害者は両方共若い女性です。一週間ほど前には北の1番街、南の2番街、西の4番街で立て続けに発生してます。これらも襲われたのは全て女性でして、そのうち二人は妊婦さんだったそうです。惨い話です……」


 声のトーンの下がるステイリィを尻目に、ウェイルは淡々とステイリィの言う事件発生場所に印をつけていった。


「そして今日がここ、東の7番街で、ですね。……しかしこんな情報、何かに役立つんですか? 確かに事件は比較的教会のある場所に近いところにはあるんですけど」

「そこまで判ってるなら、それがもう答えだよ。転移術ってのはもちろん神器を使って行う。しかし長距離を転移させることが可能な神器なんて、この都市には数えるほどしかないはずだ」

「逆にそんな神器を持っている奴らがいるってのがボクにとっては驚きだよ。長距離転移系神器って、かなりレアものだから」

「そうだな。短距離のものでもかなり値は張るし、一般人には手が出ない額だ。それに転移系の神器は転移範囲が短距離であまり使い道はないから、持つ意味も薄い。せいぜい数十メートル転移させるのが精いっぱいなんだからな。さらに言えばとてもデーモンなんて容量のあるものを転移できる代物じゃない。つまり今回の事件の犯人は、デーモンすらも転移できる非常にレアな長距離転移可能な神器を持っている連中ということにになる。それだけでも容疑者は絞り込めたも同然だが、極めつけは地図だ」


 ウェイルはペンを一度くるりと指先で回すと、今度は点の周囲辺りに大きく円弧を描き始めた。


「長距離転移の範囲が十キロ程度と考えるならば、今チェックした箇所を中心に半径十キロで円を引いてみたらいい。おのずと答えは判るさ」


 ウェイルの描く円の数がどんどんと増える。

 円の数が増えるうち、その答えも強烈に浮かび上がってくる。


「――――なっ!?」

「これって……!?」


 全ての線を書き終えた時点で、ヤンクも理解出来たらしい。

 ステイリィに至っては全てが繋がったと、納得の表情をしていた。

 ウェイルの描いた全ての円は、地図上のとある一か所で共通の範囲となる場所が重なっていた。


「こんな偶然ってないだろ?」

「偶然どころか、間違いないですよ、これ」

「ボクが線を引くよ」


 円の全てが重なった範囲をフレスが楽しげに斜線を入れる。

 そう、その場所には。


「ラルガ教会があるぞ……」

「そういうことだ。それに決定的なのはこの神器のサインだ。この神器はサインを施した者が、装着された者を使役できる力がある。施されたサインから間違いなく教会の神父、バルハーのものだと断言する。それに譲渡証明書に書かれてあるサインを筆跡鑑定してみたのだが、どちらとも完全に一致している」


 ウェイルには皆に、神器に施されたサインと譲渡証明書のサインを見比べさせた。


「似てますね」

「ボクから言わせると似ているというよりそのままってレベルだよ」

「筆跡鑑定の結果、九割以上の確率で同一人物が書いた文字だ。何せ書かれているのが名前だからな。筆の癖がよく出て判りやすかったよ」


 プロ鑑定士は、基本的に芸術および経済のプロフェッショナルであるが、時に治安局の要請で鑑識なども行う。

 アレクアテナ大陸に置いて、鑑定と名の付く行為全てにプロ鑑定士は関わっているのだ。

 ともなれば筆跡鑑定もウェイルにとってはお手の物。


「……なるほどな。だが何故だ? 教会が販売する以上、高騰したところで値段の設定は変えないはずだ。だったらこんなことする意味がないじゃないか」

「ヤンク。元商人なら、商人には商売の裏ワザってのがあっただろう?」

「そりゃ当然知っている。だが今回は教会なんだぞ? 教会上層部に黙って値段を釣り上げて、そんなことがばれたらどうする? 追放、下手すれば死刑もあるぞ。そんなリスクを負ってまでやるとは思えないのだ」


 本来ならばその通りだ。ラルガポットの値段は、いつの時代の、いかなる状況でも一律一定だ。

 それでも商売に必ず裏道がある。


「教会も教会なりの裏道があるんだよ。ここのラルガ教会は、ラルガポットをあまり通常販売せず、ほとんどをオークションハウスから出品してるんだ。だから高騰した値段そのままが懐に入る」

「そうか、オークションハウスか。うむ、納得した。おそらくは教会としてではなく、神父や信徒の個人名義で出品しているんだろう。それであれば一応教会のルールには違反しないからな」

「たぶん神父は通常販売開始と同時に全て買い占めて、オークションハウスに持ってきているんだろう。いわば立場を利用した転売屋さ」


 汚ねぇな、とヤンクが呟く。

 全くです、と頷くステイリィ。

 ウェイルも同感だった。


「そんなことのために俺の店の営業妨害をするとはな。許せねぇ……」


 いかにもヤンクらしい文句で、安心感すら覚える。


「昔から神や教会は汚いことを平然とするもんなぁ」


 うむうむ、とフレスは腕を組み頷いている。

 こちらは想像もつかないほど昔の話をしているのだろうから、同意も出来ない。


「もうひとつ問題があるんだ」


 悪魔の噂は悪魔の正体と首謀者だけが判ればそれで解決というわけにもいかない。

 必ず例の贋作士共との繋がりがあるはずなのだ。

 プロ鑑定士としての本来の目的はどちらかと言えばそちらを探ることにある。


「えー、まだあるの?」


 これからが本番だというのにも関わらず、フレスはそろそろ飽きてきたようだった。

 窓から外を見ればすでに周囲の家屋に灯りはない。眠くなってもおかしくはない。

 フレスが寝落ちする前に聞いてもらいたかったし、ステイリィやヤンクをこれ以上拘束するわけにもいかない。だから説明を早足に行うことにした。


「ラルガポットというのは量産が出来ないんだ。さっき話したろ? 呪文印は最高位司祭しか行えない。だから生産数も決まっているんだよ。それにも関わらず教会は明日、ラルガポットを大量にオークションへ出品する。矛盾しているだろ? もしかしたら教会は贋作を出品している可能性がある。いや、これはもう可能性ではなく、ほとんど確実だ。最近の教会の行動を見るに、疑いようもない。ヤンク、お前さんが持っている奴も贋作なんじゃないのか?」

「ラルガポットを贋作なんて出来るのか? 俺は公式鑑定書まで持っているぞ?」


 ヤンクは机の上に置いていたラルガポットを手にとって、しげしげとじっくり見定める。


「これが贋作……? どうも信じられん……」

「それが“奴ら”の作品さ」


 自分が買った物を贋作だと言い切るのは誰だって勇気がいることだ。


「“奴ら”か。なるほどな」


 元商売人のヤンクも、奴らと呼ばれる存在に心当たりはある。

 商売の世界でも嫌というほど名は語られるからだ。


「ヤンク、さっきラルガポットを持っているのにデーモンに襲われただろう。それが何よりの証拠だとは思わないか?」

「ああ、確かにその通りだ」


 ラルガポットを所持するものは襲われない。そういう噂のはず。

 しかしヤンクはあの時、確かにラルガポットを持っていた。ポケットの中に確実に。

 それなのに襲われたということは、ヤンクが持っているラルガポットが贋作だ、という何よりの証拠である。


「俺の予想だが、最近オークションから流れているラルガポットは、ほとんどが贋作だ」

「うーん、じゃあ明日はそれを確認しに行くのー?」


 フレスは眠くなったのだろうか、目をこすっている。


「ああ、元々行くつもりだったからな。お前はどうする?」

「行くに決まってるよ。…………ふわぁああ、ねむい……」


 あれほどはしゃいでいたのが嘘だったかのように、フレスはコクリコクリと船を漕ぎ始める。


「おい、ウェイル。この娘はもう限界だ。眠らせてやれ。実は俺ももうそろそろ限界なんだ。今日は色々ありすぎた」

「私もです。こんなに立て続けに事件が起きたら、体が持ちません。……でもこのことは急いで上に報告しないと……」


 確かに今日は色々とありすぎた。

 それにしてもまさか龍と同じ部屋で寝るとは夢にも思わなかったが。


「俺も店を片付けてから寝るとしよう。お休み、二人共」

「ああ、お疲れさん」

「私は一度治安局に戻ります。 それとウェイルさん、フレスさんに手を出したら駄目ですよ! ウェイルさんは私のものなんですからね!」

「さっさと帰れ!」








 ――●○●○●○――








 ヤンクとステイリィが部屋から出て行った後、先程借りた布団を床に敷いた。


「ベッドはお前が使え。俺は床でいい」

「だめだよ、ウェイル。風邪引いちゃうよ?」

「だめだ」


 ウェイルだっていい歳した男だ。いくら相手が龍だとはいえ、姿は普通の少女と変わりない。嫌でも意識してしまう。


「わかったよ。お休み」


 フレスはぶつぶつ言っていたが、すぐにおとなしくなった。

 寝顔はどうみても十四、五才くらいの普通の女の子だ。

 しかしあのデーモンを一撃で倒した龍でもある。


(全くむちゃくちゃな存在だよ、ホントに)


 その夜、ウェイルはしばらく寝ることが出来なかった。

 ラルガポットの事件のこともある。


(……本当にこの事件は『不完全』絡みの事件なのだろうか)


 考えてもみれば、話が単純すぎる気がしていた。

 教会の周辺にデーモンが出ているのだから、教会は当然治安局に疑われるだろう。

 『不完全』から言わせれば教会なんてどうでもよいのだろうが、それにしてもお粗末な事件だ。

 プロ鑑定士がいればすぐに矛盾に気づくレベルで、そんな間抜けなミスを連中がするとも思えない。


(……考え過ぎなのか……?)


 何かこの事件には、悪魔の噂以外にも事件の匂いがする。うっすらではあるが、確実に。


(まあ、それも明日になれば判ることか)


 そう考えを切り上げると、今度はやはりフレスのことが気になった。


(フレスの言った復讐の意味。あれは一体何に復讐をしたいのか)


 フレスはもう寝ているだろう。答えてくれなくても構わない。

 だがどうしてか無性に訊いてみたくなった。


「フレス。お前、誰に復讐したいんだ?」


 もちろん言葉は返ってこない。


(――まあいいか)


 と、寝返りをうったとき、耳を澄まさないと聞き逃しそうな小さな声が聞こえてきた。



「――ボクの大切な人達が殺されたんだ……」



 その言葉に、ウェイルは酷く衝撃を覚えた。

 ウェイルはあえて返答しなかった。その方がフレスが話しやすいと思ったからだ。


「龍のボクを友達のように受け入れてくれて。優しくしてくれた人達。家族というものを教えてくれた人達。……みんな殺されちゃったんだ。みんな、みんな。だからボク、もう一人になっちゃったんだ」


 フレスは泣いているのか、最後の方の声は、嗚咽で掻き消されていた。

 フレスの気持ち。ウェイルには痛いほどよく理解できた。


 家族を失う辛さ、一人生き残る申し訳なさ。そして訪れる孤独の寂しさ。

 

 それは人も龍も同じなのだ。

 だからウェイルは、フレスに一言だけ投げかけた。



「明日からは俺がいる」



 自分でもかなり臭い台詞だと思ったが、不思議と恥ずかしいとは思わなかった。

 ウェイルの返事を聞いたフレスは、これ以上語る事を止め、すぅすぅと可愛い寝息を立て始める。


(こいつは俺と同じ境遇なのかも知れない)


 なんだか無性にフレスの頭を撫でてしまいたくなったウェイルであった。



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