人に値段がついた都市
ウェイルは、ピリアのことをルクセンクに報告しないことに決めた。
ピリアのことだ。意識が戻ればすぐにまた働こうとするだろう。
何が彼女をここまで突き動かすのかは判らないが、このまま動き回るのは生命の危険さえある。
それにウェイルはルクセンクのことをあまり信頼できない人物だと確信していた。
今ピリアをルクセンクに預けるのは危険すぎる。
そう判断した故のことだった。
それからしばらく、ウェイルは先程感じた違和感についてフレスに聞かせてやった。
「……親切な人達なのに、ピリアさんのことは無視した、って……」
今だ苦しげなピリアを見るフレス。
「そんなのって酷いよ……」
「みんな我れ関せずといった雰囲気だった。親切で有名な都市の住民にしてはあまりにも冷たい」
「そうだね……」
裏切られた、フレスはそう思っているのだろうか。明らかに落ち込んでいる。
「俺はな、このことについて、何か裏があると思うんだ」
「裏……?」
「そうだ。この都市の人々が親切な理由、ピリアが避けられていた理由。そしてピリアが最後にぽつりといった言葉の真相……!!」
「ピリアさん、なんて言ったの?」
「私に関わると“貴方の価値”が下がる、ってな。この言葉、何かのヒントになると思うんだ」
「価値、ねぇ……。そういえばあの時もそんなこと言ってたなぁ……」
「あの時? 昼間の事件のことか?」
「そうそう。警備隊の人が言っていたよ。なんだかまるで株式や為替みたいだね」
「……為替、か」
師匠シュラディンにリグラスラムで伝えられたことを思い出す。
「……ハクロアの価値が下がる……。俺の価値も下がる、か……」
「ウェイル、ボク達もそろそろ寝ようよ。力使ったから少し疲れちゃったよ」
「そうだな。……って、フレスさん? どうして俺の横に?」
その挙動はさぞ当たり前だと言わんばかり、フレスはウェイルの布団の中に頭から突っ込んだ。
「だって、ボクのベッド、ピリアさんに貸してるから! だったらウェイルと一緒に寝ようかと思って!」
亀のように布団から頭だけ出して、そんなことをぬかしてくる。
「何言ってんだ!! お前!」
「ウェイルこそ、何今更恥ずかしがってんの? 昨日だって一緒に寝たじゃない?」
「……なんだと……?」
昨日はハンダウクルクス駅の汽車内で寝たはず。
……そういえば何かもぞもぞしていたような気がしないでもない。
「…………お前、勝手に潜り込んだのか……」
「いいじゃない、別に! ボクとウェイルの仲でしょ?」
「……それ、久しぶりだな……」
「もう出会って何十日も立つんだから! ね!」
「……判ったよ……」
「やったぁ!」
仕方なくフレスを布団に入れてやる。
ウェイルはというと、改めて意識すると緊張してしまっていた。
対するフレスはベッドに入った瞬間眠りについていたのだが。
緊張していたウェイルだったが、フレスの間抜けな寝顔を見ると、なんだか安心を覚え、顔をほころんでしまう。
「……ホント、幸せそうな奴だ……」
フレスの鼻をムニュっと押して、寝ながら嫌がるフレスの反応を楽しんだ後、ウェイル自身も眠りについたのだった。
――●○●○●○――
――深夜2時頃。
「ウェイル! 起きてよ! 早く!!」
ウェイルはフレスの甲高い叫び声で目を覚ます。
「……どうしたんだよ……?」
あまりにも焦っているフレスに何やら嫌な予感。
「ピリアさんが! いなくなってるんだよ!!」
「……なんだって!?」
眠気などすぐさま吹き飛ぶ。
見ると確かにベッドにピリアの姿はなかった。
「いつ気がついた!?」
「ボクもたった今目覚めたところなんだよ! そしたらもう姿はなくて……!!」
「あの体調のまま外に出るのは危険だ……!! 探すぞ、フレス!」
「ベッドの中がまだ温かいからあまり遠くには行っていないはずだよ!」
「もしかしたらルクセンクの屋敷に向かったのかもな……!!」
「今戻るのはまずいよ!」
二人は血相を変えて宿を飛び出した。
今夜は幸いにも月が明るい。なんとか灯りなしでも探せそうだ。
「ねぇ、ウェイル! あそこ!」
フレスが指さしたのは宿の影の裏路地。
月明かりも届かぬ暗い道に、ピリアは横たわっていた。
フレスの人ならぬ視力が、彼女を見つけることが出来たのだ。
「ピリアさん!!」
「…………くっ……」
二人が駆けつけると、ピリアは必死に立ち上がり、逃げようとする。
しかし、足元のおぼつかない彼女は逃げること叶わず、またも倒れ込んでしまう。
「おい、何で逃げたんだ!?」
「……言いましたよね。私に関わると貴方たちの価値が下がるって。もう私のことは放っておいて下さい……」
またも出てきた“価値”と言う言葉。
「なぁ、俺はお前のいう価値って意味が判らないんだ。一体どういうことなんだ?」
「…………」
ピリアは口を閉じる。どうやら話してくれそうにない。
「俺達はこの都市の人間じゃない。だから別に他の連中にどう思われようが構わないんだ。価値ってのは判らんが、あんたが他の住民から良く思われていないことは判っている。それがなぜなのか、俺達に話してはくれないか?」
「…………」
無言を続けるピリアだったが、やはり体の調子が悪いのか、ゴホゴホと咳き込み始めた。
「とにかく今は体を治さないと!」
フレスは急いでピリアの傍に駆け寄ると、両手を輝かせ、その光をピリアに当てる。
「これで少しは楽になるけど……。ピリアさん、これ以上動いたら駄目だよ。死んじゃうよ?」
「……それでも……、それでも私はこれ以上、価値を下げたくはない……!!」
「…………本当にどういう意味なんだ……?」
それっきりピリアは意識を失った。
二人はもう一度ピリアを部屋に運び、看病を続ける。
その間、ウェイルは今しがたピリアが言っていたことを、頭の中で整理していた。
「ピリアがいう価値って言葉。最初は意味が判らなかったが、今は少しずつ理解できた気がするよ」
「……どういうことなの?」
「こんな酷い状態にも関わらず働こうとする。私の価値を下げたくない、とピリアは言っていたな。これが意味することは、もうこれしか考えられない」
「……もしかして、その価値って――」
「――そうだ。人間に価値がついているってことだ」
そう考えれば、全てのつじつまが合う。
どこでどう価値が付けられているかは判らないが、ピリアのちょっとしたミスに対する過剰な反応やこの都市の不自然なほどの親切さも説明がつく。
「住民が過剰に親切なのも、もしかしたら自分の価値を上げたい、下げたくない、そう思う気持ちから来ているんじゃないか?」
「……その通りです……」
寝かせていたピリアが、未だに呼吸は荒いものの、なんとか意識を取り戻した。
「ちょっと、ピリアさん!? まだ寝てないとダメだよ!!」
「……だいぶ楽になりました。安心してください。もう逃げませんから」
「ならいいんだけど……」
急いでタオルを水で絞り、再び額に乗せてやる。
「……お優しいんですね、お二人は」
ポツリと呟いたピリアは、少し嬉しげだった。
「こんなに私に優しくしてくれたのは、他には弟だけですよ」
「何言ってんだ。病人に対しては誰もこんな対応するだろうよ。それにこの都市の連中の方が優しいだろ?」
「……ウェイルさんもお人が悪い。たった今まで、そのことについて疑問を持っていたじゃないですか……」
フフっと笑い、ウェイルを見てくる。
「ウェイルさん。貴方が今おっしゃった仮説、実はその通りなんです。流石はプロ鑑定士なだけあって推理力も抜群ですね」
「プロだからな。それにしても人間に価値をつけるだなんてな……」
「信じられませんか?」
「いや、むしろ確信を持てたよ。他の住民の対応を見るに間違いないとな。通りで不自然に優しくしたりしてきたわけだ」
やたらと人に優しくするのは、そういう裏があったというわけだ。
「ウェイルさん、もし余計なことに首を突っ込みたくなければ、私が今から話すことは聞かなかったことにしてください」
ピリアが真剣なまなざしで、二人を見つけてくる。
フレスはウェイルに同意を求め、ウェイルもノータイムで首を縦に振った。
「聞かせてくれないか。この都市のことを……!!」
「……後悔、しませんか……?」
「俺はプロ鑑定士だ。もしこの話が犯罪に繋がっているようなら見過ごすことは出来ない」
「判りました。それではお話しします。この都市に住まう者全員が強制参加させられている――――『人間為替』という制度のことを……!!」