違和感
宿での夕食の後。
ウェイルは一度プロ鑑定士協会に電信を打つため、外に出ていた。
ちなみにフレスはというと、宿のコミュニティールームで、明らかに接待としか思えない、フレスが全勝ちしているリグラスホールデムを興じていた。
露骨な手札操作、変なタイミングでのホールドと数えればキリがないほどの接待プレイ。
しかし、接待を受けているフレスはと言うと、
「やったぁ! また勝ったぁ! フフフ、ボクもギルとの特訓で強くなってきたというわけだね……」
なんて幸せなことを言いながら浮かれまくっていた。
親切な住民に道を尋ねながら、無事電信も打ち終わり、宿へ帰宅していた最中。
見たことのある後姿を発見していた。
「……あれは……、ピリア、だったよな……」
そう、あれはルクセンクの館で働いていたメイド、ピリア。
あの館で感じた不自然さを、今ここで問いただしてみるのもいいかもしれない。
そう思ったウェイルは、少しばかり走ってピリアに声を掛けた。
「なぁ、あんたルクセンクのとこにいたメイドだろ? ピリアっていったか?」
「…………!?」
突如声を掛けられたせいか、ピリアは目を丸くし、体をふらつかせていた。
「すまん、驚かすつもりはなかったんだ。少し話がしたくてな」
「……話……、ですか……?」
「そうだが……って、お前、ふらついてるじゃないか!!」
最初はてっきりビックリしたからふらついているかと思ったが、そうじゃない。
彼女は立っているのがやっと、呼吸するのも肩が上下するほど苦しげにしていた。
「お、おい! どうしたんだ!?」
「……なんでも……ないです……。早くお屋敷に帰らないと……、まだ仕事が残ってますので……」
「何言ってんだ! そんな体で働けるわけがないだろう!?」
「……でも……でも……、――――ッ」
「おい! ピリア!」
ふらつくピリアはすでに限界を迎えていた。
体が崩れるところを、ウェイルが何とか受け止めてやる。
「……凄い熱だ……ッ!!」
呼吸は乱れ、全身からは汗が噴き出ている。
「早く処置をしないとな……!!」
「……ほおって、おいて……ください……」
「何言ってんだ!! そんなこと出来るわけないだろう!?」
「……でも……私に関わると……“貴方の価値”が…………」
「言っている意味が分からん!! とにかく、一度俺の宿に行くぞ! すぐに治療しないとまずそうだ!」
尚も何やら呟いていたピリアだったが、その後、すぐさま意識が無くなった。
「……一体、ピリアは何を言いたかったんだ……。いや、そんなことを考えるのは後か」
何とか彼女を背負うと、ウェイルは宿に向かって走り始めた。
「…………フレスなら、なんとか出来るかもしれない……!!」
そう思いながら夜の市街地を走っていると、ウェイルにある違和感を覚えた。
(……どうしてだ……?)
そう、何かがおかしい。
(そうだ。何故、こんな状況なのに……)
この都市の人々は親切であるはずなのに。
(どうして誰も声を掛けてこないんだ……?)
子供がこけた程度で何十人も集まる癖に、病人を背負って走っている人には誰一人声を掛けない。
「……おかしすぎる……!!」
おかしいのは行動だけじゃない。
――視線もだ。
誰も彼も、ウェイル、さらにいえばウェイルに背負われているピリアに、視線を向けようとしない。
まるで存在そのものを否定しているかのように。
(……この都市、やっぱり何かがおかしいぞ…………!!)
ウェイルがそう確信するのに、宿に着くまでの時間すら要らなかった。
宿に辿り着いたウェイルは、扉を蹴飛ばし、急いで中に入って叫んだ。
「おい、フレス! いるか!?」
一斉にウェイルに視線が集まる。
「やったぁ! これで34連勝!! ……ってウェイル!? どうしたの? そんなに血相を変えて?」
「ピリアだ。彼女と偶然出会ったんだが、体調を崩して倒れたんだ! すぐに休ませないと!」
「ピリアさん!? ……判ったよ! すぐ行くからウェイルはピリアさんをボクのベッドに寝かせておいて!」
「判った!」
ウェイルは見た。
ピリアを連れて宿に入ったときの、フレス以外の連中の反応を。
あれはまさしく町で見た住民と同じ表情。
誰も彼も、自分は関与しないといった、完全なる拒否反応。
「……本当にどうなってんだ……!!」
出来る限り振動を与えないように、慎重に、尚且つ迅速に階段を上がり、二人の部屋のフレスのベッドにピリアを寝かしつけた。
遅れてフレスが上がってくる。
「ウェイル! ピリアさん、一体どういう風に倒れたの!?」
「声を掛けた時はすでにフラフラだったんだよ!」
「……凄く疲労している……。ピリアさん、全身全霊がボロボロだよ……。熱も酷い……!!」
「……治せそうか……!?」
「判らない。とにかく、急いで治療するよ。ウェイルは水とタオルを用意しておいて!」
「判った」
ウェイルが部屋から出ていくと、フレスは彼女の上着を脱がせた。
「――はぁ……!!」
フレスの治癒能力。
ドラゴンの無限ともいえる生命力を、分け与える力である。
「……これでなんとかなってくれたら……!!」
フレスの治癒能力は、一見万能に見える。
深い傷口もみるみる内に塞ぐし、どんな病気でもたちどころに治癒に向かわせる。
しかし、体に蓄積されたダメージを消すことは不可能なのだ。
ピリアの体には、相当なダメージが残っている。
この疲労感を拭うにはちょっと休んだ程度では回復は難しい。
「フレス、水とタオルだ」
「……ウェイル、ピリアさん、相当疲れている。ボクの力だけでは無理だ」
「どうすればいい!?」
「とにかく今は寝てもらうしかないね。栄養のつく物を食べさせて、ゆっくり休養させるしかないよ……」
「……そうか……」
タオルに水を浸し、絞ったものをピリアの額に乗せてやる。
寝苦しそうに唸るピリアに、フレスは治癒の力を強めてやった。
「どうするの? ピリアさんのこと、ルクセンクさんに報告に行く?」
「…………」
本来であれば報告すべきだろう。
何も言わずに帰ってこないとなれば、彼女の信頼問題に関わってくるし、給料のこともある。
こうした報告するメリットは全て理解している。
それでも尚、ウェイルは判断した。
「……止めておこう……!!」