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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第二部 第六章 為替都市ハンダウクルクス編 『優しい都市の裏の顔』
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アトモスの永久時計

「なんて見事な永久時計だ……!!」

「そうだろう? 手に入れるのに多少難儀したが、それに見合った価値はあると思ってな」


 カチコチと時を刻み続ける永久時計。

 その規則正しい動きは、壊れない限り永久に動き続ける。

 あまりにも精密で美しい動きに、ウェイルは思わず見入ってしまう。

 刻音以外の音は全て消え去り、辺りは沈黙に包まれた。

 その沈黙を破ったのは、詳細が気になって仕方のなかったフレス。


「ウェイル、永久時計って、そんなに凄いの?」

「俺も見るのは初めてだよ」


 ウェイルほどの鑑定士が、見ることすら敵わなかった目の前の時計。

 幻とまで言われたアトモスの永久時計が、目の前にあった。


 ――永久時計。


 その名の通り、破壊さえされなければ、永久に動き続ける時計。

 それ自体は普通の時計でも言えることではある。壊れなければ動く。

 ただこの時計の凄い所は、人の手間、つまり電気を入れたり、ねじを巻いたりすることを必要とせず、自発的に動力を生み出し動き続けるところだ。


「永久時計を作ることの出来る職人は、今やこの大陸にはいないだろう」

「そうなの!?」


 それでは永久時計の動力は一体何なのか。

 実はこの時計、温度差による空気の伸縮を利用している。


「この時計を生み出した稀代の天才時計技師アトモス。彼女の作品は、世界の時間と言う概念を変えたほどだ」

「女の人なの!?」

「そうだ。時計技師の多くは男性だった時代、彼女は性別と言う壁を乗り越えて最高と称される技術者になったんだ。男女差別が厳しかった時代に、これは凄いことだぞ? そのこともアトモスの価値を高める一因になっているがな」

「す、すごいねぇ……」

「そりゃすごいさ。プロ鑑定士協会本部にある、一秒という時間間隔を定めている原器時計は、このアトモスの制作した時計なんだからな」


 プロ鑑定士協会本部の保管室には、様々な単位系を司る原器が保管されてある。


 ――時間、長さ、質量、熱学力温度、光度、物質量、そして魔力量。


 アレクアテナ大陸の都市は全て、この原器を基準として物事の指標を定めているのだ。

 7つの原器の中の時間に関する原器、それが秒原器時計であり、それをアトモスが作成したということだ。


「アトモスの永久時計など、この大陸にいくつ現存するのかプロ鑑定士協会ですら把握できてない。これが本物であるならば、それは凄いことだぞ」


 精密で美しい刻み方をする永久時計。

 ウェイルは早速鑑定を始める。


「ほお……、これは凄まじいな……」


 流石のウェイルも思わず感嘆。


「…………どうなんだ?」


 ルクセンクも我慢できずに尋ねてくる。


「いやはや、びっくりしたよ。これは間違いなく本物だ。小さな歯車一つ一つにまでアトモスの名が彫り込んである……!!」


 氷石鏡で覗き込むと、この時計のパーツ一つ一つが細かい芸を為されていることが判る。

 名前が刻まれているのもそうだが、何より造形が美しすぎる。

 内部の構造、仕組みは、それだけで奇跡と言えるほどの卓越した技術が詰め込まれている。

 そしてその構造は、あえて外から見えるようむき出しになっているのだが、むき出しになっている場所以外の隠れたところまで何一つ手抜きが見当たらないのだ。


「まさか歯車一つ一つまでこんなに丁寧に研磨してるなんてな」


 歯車が回る度に光り輝くのは、端正に磨いてある証拠である。

 並みの時計技師には真似できない、こだわりがそこにはあった。


「断言する。この永久時計はアトモスの作品に間違いない。もし売るとしたら――そうだな。これくらいにはなる。時代が時代なら、この倍はするだろう」


 公式鑑定書に数字を記し、ルクセンクに手渡した。


「凄まじいな、これは……」


 ゼロの数を数えるルクセンク。

 あまりにも大きな価値に、ルクセンクは感嘆していた。

 ルクセンクは普段こういう顔をしないのだろう。周囲の執事の驚いていた。


「いや、流石はプロだ。素晴らしい働きだったな」

「いえ、こちらこそこんなに素晴らしい作品を見れて感動しましたよ。他の多くは贋作でしたが、永久時計が本物で良かった」


(……あ、元に戻ってる)


 鑑定モードが終わり、コロッと敬語に戻ったウェイルを見て、フレスは少しばかりクスっとしていた。


「よし、この永久時計、しっかりと丁寧に保管しておけ。贋作だった時計は皆捨てろ。いいな?」


「「「はっ!」」」


 ルクセンクの命令に、執事達は一斉に動き出す。

 その中の執事一人を呼びつけ、ルクセンクは何やら耳打ちをしていた。


「…………だが………例の…………ばせ……」

「……承知しました」


 それを聞いてフレスが青ざめる。

 ウェイルには聞き取れなかったことだが、龍であるフレスにはバッチリと聞こえたのだ。


(…………骨董品屋の主人を……? ……例の場所に……??)


 完全に意味が分かったわけではない。

 だが、とにかく寒気がしたのだ。その言葉の差す意味が気になって仕方ない。


「鑑定士よ。仕事ご苦労だったな。お茶でも振る舞おう。おい、ピリア!」

「……はい……」


 ルクセンクが手を叩くと、ピリアと呼ばれたメイドが室内に入ってきた。


「ピリアよ。この客人に茶と菓子を用意せい。今すぐにだ!」

「承知しました……!!」


 ルクセンクの強い口調に、少しばかり怯えた表情を浮かべたピリアは、そそくさと部屋から出ていく。

 しばらくしないうちに、すぐに盆を持って戻ってきた。


「お茶とお菓子をお持ちしました。どうぞ」


 ウェイル達とルクセンクの前に、これまた高そうな食器が置かれたかと思うと、慣れた手つきで茶を注いでいく。

 まずルクセンクの茶を注ぎ、そしてフレスのカップに注ぐ。

 フレスはその時、ピリアの腕に注目していた。


(…………少し震えている……?)


 フレスの茶を注ぎ終ると、次はウェイルの番。

 事件はそこで起こった。


「――あっ…………!!」


 ピリアは、突如不自然にもたつき、持っていたティーカップを倒してしまった。

 机の上には零れた茶が広がり、その茶はウェイルの足元へかかる。


「す、すみません! 私、私……!! とにかくごめんなさい!」


 顔を青ざめさせたピリアは取り乱しながらもウェイルの足を拭いてくる。

 あまりに必死に謝ってくるため、ウェイルとしても少しばかり居心地の悪さを感じた。


「いや、そんなに謝らなくてもいいさ。大したことはないし」

「あ、あの! と、とにかく、ごめんなさい!! 本当に申し訳ありません! 許してください!!」


 ウェイルが大したことないと伝えても、彼女の動揺は収まらない。

 その時、ウェイルは気づいた。

 ピリアの視線が、謝っているウェイルにではなく、ルクセンクに向いていることを。


(……ルクセンクに対して恐怖を覚えているのか……?)


 ルクセンクは大物だ。

 さらに言えば強面で、圧迫感を醸し出す時もある。

 だから彼に対して恐怖を覚える人間は少なくない。

 だが、それにしてもピリアの怯えようは異常だ。

 たった一つの過失で、まるで己が生命の危機に立たされているかのよう。

 冷や汗の止まない目の前のメイドを見て、ウェイルはそう感じた。


「なぁ、ピリア。もういいからさ。もう一度お茶を注いでくれよ」

「……はい……。申し訳ありません……」


 そう謝るメイドの意識の先には、やはりルクセンクがいた。

 重く見ていたルクセンクが、口を開く。


「……ピリアよ。……貴様は本当に使えないメイドだな……」


 ルクセンクの言葉に思わず鳥肌が立った。

 見るとフレスもそう感じているようだ。視線が合ってしまう。


「……あの、その、…………申し訳ありません……」


 おずおずと引き下がるピリア。

 彼女の体は震えていた。


「……すまんな、鑑定士。うちのメイドが粗相をしてしまって」

「……いや、気にしないでくれ」

「ピリア、下がりなさい」

「……はい……」


 張りつめた空気が部屋を包む。

 執事達も緊張で顔を強張らせていた。


「鑑定士よ。今日の依頼はこれで終わりだ。鑑定料を払おう」


 執事の一人が盆を持ってくる。


「……少し多すぎやしないか?」


 盆の上に乗っていたのはリベルテの札束。

 それもいつもの鑑定料の十倍はあろうかと言うほどの分厚さがあった。


「なぁに、ワシは金なら腐るほどあるからな。アトモスの永久時計に価値がしっかりついたことの方がワシにとっては重要なのだ。遠慮せず受け取ってくれ」


 断るに断わり切れず、札束を手に取る。


「さて、鑑定士よ。ワシはこれから重要な仕事があるものでな。出来ればそろそろ引払ってはくれぬか?」

「それは無論だ。すぐにお暇するよ」


 帰り支度をして、部屋を出る。

 先程粗相をしたメイドのピリアが、落ち込みながらも玄関まで案内してくれた。


「ピリアさん、だっけか? 今日のことは気にしないでくれ」


「…………」


 ピリアは最後まで無言だった。


 二人は多くの警備員の目にさらされながら、ルクセンクの豪邸から戻ったのだった。




永久時計というものは実在します。

とても美しく、職人の技術力に圧倒されるほどの素晴らしい時計です。

是非一度調べてみてください。

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