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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第二部 第六章 為替都市ハンダウクルクス編 『優しい都市の裏の顔』
115/500

時計コレクション

「……リアネックスの初期型。詳しく言えば、『リアネックス プレスター”プレシジョン”』。生産個数限定200個の品物だ。リアネックスは大陸中にファンがいる。これが本物なら相当な値打ちものだ」

「ムフフ、そうだろう、そうだろう? こいつは中々値が張ってな。シリアルナンバーも若い」

「……しかし、残念だが、これは贋作だな。いや、正しく言えば贋作ではないが、本物でもない」

「……なんだと…………!?」


 ルクセンクの顔が思わず歪む。


「リアネックス プレスター”プレシジョン”のシリアルナンバー006はすでにプロ鑑定士協会に別の人間が鑑定登録している。公式鑑定結果も真作で間違いない」

「……しかし、この都市の時計技師に言わせれば本物だと……!!」

「そいつが間違えたのも無理はないな。何せ内部構造自体は本物と変わらないのだから」

「……どういうことだ?」

「リアネックス プレスター”プレシジョン”は実は一度再販されているんだ。復刻版としてな」

「……復刻版だと……?」

「そう、これはいわゆるレプリカさ。リアネックスは大陸中でファンが多い。それの初期型であるプレスターシリーズはビンテージマニアにも需要があるんだ。レプリカでも欲しいって奴はごまんといる。だから一度レプリアを再販したんだよ」

「…………そ、そうなのか……」

「そのレプリカですらそこそこの価値はある。だが本物と比べるといささか差が開きすぎているがな」

「……こちらのリアネックスはどうだ?」


 ルクセンクが次にと見せてきたリアネックスらしき時計。

 しかしウェイルは一目見ただけで鑑定を終えた。


「これほど贋作らしい贋作は他にはないな。リアネックス サブマリンデント。この型は人気で贋作が多いんだ。素人目には見分けがつかないが、微妙に指針が長いんだ。リアネックスは独自の定規を用いて時計制作を行っている。それは大陸標準規格と少しだけ異なるんだ。その差が如実に表れている」


 リアネックスや、ディルファニーのような高級ブランド時計の工場には、その工場独自の秤や定規があると言われている。

 その詳細は当然のことながら非公開であるが、プロ鑑定士協会には、これまで持ち寄られた情報から、その秤や定規のレプリカが製造されている。


「大陸標準基準では、1000mm=1000mmとして定義されている。まあ、当然だな。しかしリアネックスの場合、1000mm=約1004.8mmとして製造されていることが判っている。このサブマリンデント、しっかりと指針の長さを測ってみればすぐに判るが、明らかに本物と比べると指針が短い。お粗末な贋作だよ」

「なんと……」


 あのルクセンクが、呆然としている。

 まるで何かに裏切られたかのような、そんな顔だった。


「…………あの時計技師め……!! ……許せん……」


 ルクセンクの瞳に闇が差したことをフレスは感じ取った。


(……何、この人……!! 目が普通じゃない……!! 怖い…………!!)


 彼の想像を絶する憎悪の刃にウェイル以外の全員が戦慄していた。

 鑑定はなおも続く。


「こっちの時計はディルファニーの懐中時計だな。どこで手に入れた?」

「……ああ。この都市の、とある骨董店だ。店主の話だと、これは間違いなく真作だと太鼓判を押していたよ。プロ鑑定士による公式鑑定書まであったからな」

「……その公式鑑定書、少し見せてくれないか?」


 ルクセンクから受け取った公式鑑定書を、舐めまわすように見るウェイル。

 やがて大きく頷いた。


「うん。やはりこれも真作とは言えないな」

「…………公式鑑定書が贋作だと……?」

「いや、そうじゃないさ。ただ、この公式鑑定書、プロ鑑定士協会に申請されてないんだ。公式鑑定書としての意味を為してないんだ」

「……どういうことだ?」

「公式鑑定書は二枚組なんだ。一枚は手元に、一枚はプロ鑑定士協会に提出する。だが、この公式鑑定書、ここに二枚ともあるじゃないか。おそらくこの鑑定結果を出した鑑定士は、これを協会に報告するのを躊躇ったんだな。自分の目利きに自信がないか、実はこれが贋作だと判っていながら真作だと鑑定結果を出したか……。どちらにせよ、この公式鑑定書には価値はない」

「な、なら品の方はどうなのだ?」

「ディルファニーの懐中時計にも、様々な型がある。そしてこの懐中時計は、鉄道用の懐中時計だ。ディルファニー社が鉄道会社から依頼されて制作した物なんだ。通称『鉄道時計』という。鉄道時計の特徴は数多くある。ダブルローラーやレバーセット、マイクロメーターレギュレーターなどがそれにあたる。これらの機能のほとんどは誤作動、時間の微調整の為にあるものだ。鉄道は時間厳守がモットーだからな」

「……この懐中時計にはそれがないと……?」

「いや、観察してみるとしっかりとついていたよ。だからこいつが鉄道時計であることは間違いなかった。だが、問題はもっと大きい所にある」

「……というと?」

「鉄道時計だとパッと見て判る特徴。それはオープンフェイス(蓋がないこと)であることだ。普通懐中時計には時計を守る蓋がついている。しかし、時間をすぐに確認せねばならない鉄道時計には蓋がないんだよ。しかしこの時計はどうだ? 中は鉄道時計の特徴をしっかりと持っているくせに、蓋がついているじゃないか。これはおかしいだろ?」

「……むむ、そうなのか……」

「これの製作者は、この時計部分が鉄道時計だと知らずに作ったんだな。ディルファニーの蓋部分、そしてあまり価値のない鉄道時計を組み合わせ、無理やりディルファニー社製っぽくしたんだろうさ。知らなければディルファニー社製だと勘違いするだろう。だが知っていればお粗末な出来の贋作だと判るよ」

「そうなのか……。……骨董品店の店主も、なんと価値のない人間だ……」


 またも鋭く暗い瞳。


(…………!!)


 フレスは知識が追い付かない云々よりも、ルクセンクの雰囲気に飲みこまれ、声を出すことすら出来なかった。

 ウェイルはこの調子で次々と鑑定を行っていく。

 その鑑定っぷりにルクセンクも舌を巻くほど、それはスムーズに、そして正確に行われていった。

 鑑定は終盤に入る。

 数十と言う時計のほとんどを鑑定し終わった。

 半分以上が贋作で占められていたが、中には非常に高価な時計もあり、ルクセンクは幾許か機嫌を直していた。

 周囲の執事達の顔からも、多少の安堵の表情が窺える。


「ウェイルよ。最後に見てもらいたいのはこいつなのだ。ワシのコレクションの中でも、最高の作品。もっとも気に入っている時計よ。是非、鑑定を頼む」

「ああ。見せてもらうよ」


 ルクセンクが最後にと持ち出したのは、据え置き型の時計。

 ウェイルはその時計に見覚えなどなかった。

 その代わり、自分の脳が活発になったのを感じる。


「これは…………!!」


 思わず声が漏れ出すほど、ウェイルは心揺さぶられていた。


「は、初めて見た……!! これほど立派な――永久時計は……!!」


 事細かなカラクリが、奇跡的にかみ合い、時を刻む目の前時計。



「……そう、これはワシ最高のコレクション――アトモスの永久時計だ……!!」


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