為替都市 『ハンダウクルクス』
「ハンダウクルクスに入都する方はこちらにお並び下さい」
翌日の早朝から、証明書発行が始まった。
「いよいよだね! 一体どんな都市なんだろう?」
初めての都市に期待に胸を膨らませるフレス。
「ここは良い所だぞ? 飯も美味いし、景気もいい。何より人々が親切なんだ」
「し、親切、なの……? 騙してこないの……?」
マリアステルでの事件がトラウマになっているようだ。
「ああ、断言していい。この都市に限っては100%騙されない」
「……どうしてそこまで断言できるの?」
「ここハンダウクルクスではな。過去15年間に発生した犯罪件数は、なんと0なんだ」
「犯罪がゼロ!? それってとっても治安がいいってことでしょ!?」
「そういうことだ。この都市の人々は本当に親切なんだよ。それも過剰にな。とてもいいことなんだろうが、たまに不気味に思えるほどだ」
「不気味……?」
その言葉を聞いて、昨日の夜のことが思い出される。
結局、あの音はなんだったんだろう。
「次の方、どうぞ」
そうこう考えているうちに、二人の番が回ってきた。
「身分を証明できるものはございますか?」
「ああ、これだ」
担当者にプロ鑑定士証明書を渡した。
「どれどれ……。おっと! プロ鑑定士の方でございますか!! これはこれは、遠路はるばるハンダウクルクスにおいでいただいてありがとうござます! お連れの方はお弟子さんですか?」
「ああ、そういうことだ。こいつの身分は俺が証明する。これでいいかな?」
「はい、結構でございます。プロ鑑定士様に身分を証明されてはこちらも文句はございません! さぁ、証明書です。ご確認ください」
担当者は二人の名前の入ったドッグタグを渡してくる。
「このドッグタグが証明書になります。常に身に着けておいてください。紛失された場合、ただちに拘束されるのでお気を付け下さい」
「承知したよ」
二人は揃ってドッグタグを首に巻く。
「それでは入都を許可します。楽しんできてください!」
これにて無事、ハンダウクルクスへ入ることが出来た。
――●○●○●○――
――為替都市ハンダウクルクス。
何故そう呼ばれるか、実のところ定かではない。
ただ、犯罪率の低いこの都市は、もっぱら大企業の株主総会の会場に選ばれたりする。
また、貨幣価値の情報が真っ先に集まる為替市場も、世界競売協会はこの都市に建設している。
競売都市『マリアステル』と為替都市『ハンダウクルクス』、それに銀行都市『スフィアバンク』と貿易都市『ラングルポート』の四つの都市は、株式や為替の情報が集まる四大都市と言われているのだ。
治安が良いということでマリアステルよりもハンダウクルクスで商売を行う商人も非常に多い。そのおかげか、この都市の景気は非常に良い。
現にこの都市が発行している貨幣単位、『リベルテ』も、ハクロア、レギオンに次ぐ人気を誇る貨幣である。
都市のあちらこちらに、企業のモノと思われる石造りの建物が列挙していた。
遠くには雄々しき山『ハンダウル』、傍には美しき湖『クルクス湖』。
治安も良く、都市の景観まで美しいこの都市は、必然的に人気の観光スポットでもあるわけだ。
観光客はお金を落とす。
そんな観光客も多いとなれば、景気が良いのも当然ではある。
「……お腹すいたよぉ……」
観光客向けの出店を見て、フレスは間抜けにも腹をキューキュー鳴らしていた。
「朝飯はちゃんと食べただろう?」
「むぅ。量が少なかったんだよ!」
「しかしこれからすぐに仕事に行かんと間に合わん。今回の鑑定は結構早く終わるだろうから、それが終わってから飯を食いに行こう。いいな?」
「うん。出来る限り早く終わらせてね?」
「判ってるさ」
ウェイル達が向かったのは、この都市で最も尊敬されている人物の屋敷。
到着した屋敷はまるで王城の様に大きく、大豪邸の名が相応しい立派な建物だった。
「ここだ」
「ひゃあ! 大きすぎない!? この家!!」
「そりゃな。何せこのハンダウクルクスを立て直した都市長の家だからな」
治安も良く景気も良いハンダウクルクスだが、かの昔、盗賊に襲われ甚大な被害をこうむったことは依然話しただろう。
その被害により崩壊寸前だったハンダウクルクスを救ったのが、この豪邸に住まう都市長なのである。
卓越した手腕と、機敏な行動でハンダウクルクスをここまで繁栄させた、この都市の英雄である。
「都市長、ルクセンク。今回の依頼者は彼なんだ」
大きな門の前に立つ二人。
立ち塞がったのは使用人や守衛、およそ数十人。
周囲を守護する守衛達は、一斉に鋭い視線をウェイル達に向けていた。
「都市長の依頼で来た、プロ鑑定士のウェイルという。中に入れてはくれないか?」
守衛の一人の声を掛けると、すぐさま門が開いた。
「たった今お館様から許可が下りました。どうぞ、お入りください」
一番偉いと思われる守衛が頭を下げると、周囲にいた数十人の守衛達が一斉に頭を下げてくる。
「……ウェイル、ボク、なんだか怖いんだけど……」
その光景に恐れ入ったのか、服の袖を掴んできた。
「まぁ、これには俺も慣れないだろうな……」
恭しく頭を下げる守衛の真ん中を二人は冷や汗をかきながら進んだのだった。