儲け話にご用心
芸術大陸――『アレクアテナ』。
そこに住まう人々は、芸術や美術を嗜好品として楽しみ、豊かな文化を築いてきた。
そしてそれら芸術品を鑑定する専門家をプロ鑑定士という。
彼らの付ける鑑定結果は市場を形成、流通させるのに非常に重要な役割を果たしている。
アレクアテナにおいてプロ鑑定士とは必要不可欠な存在なのである。
――そのプロ鑑定士の一人、ウェイル・フェルタリアは、相棒である龍の少女フレスベルグと共に、大陸中を旅していた。
贋作士集団『不完全』と部族都市クルパーカーの大戦争は、大陸全土に知られることになり、各都市は犯罪組織に対する認識を大きく改めることになった。
治安局はこれまで以上に監視、規制の強化を行い、贋作絡みの犯罪はさらに影をひそめることとなった。
アレクアテナ大陸に、束の間の平和が訪れていた。
――●○●○●○――
その日、フレスは絶望していた。
空になった財布を全身全霊で振ってみる。
しかし、当然のことながら是非とも聞きたいと願っていた金属音は響くことはなくブンブンと風を切る音のみが、漂っていた悲壮感をより色濃くさせる結果となってしまった。
「お、お、おおおおおお、お金がない!!」
「そりゃそうだろう……」
愕然と頭を抱えるフレスの隣には、呆れてため息も出ないウェイルがいた。
「素人なのに手を出すからこんなことになるんだ」
「だって! だって!! 絶対に儲かるからって言われたから!」
「仮にも鑑定士志望がそんな怪しい言葉に乗るんじゃない……」
フレスの前に積まれていたのは、大量の不良株券。
紙屑同然と化したその株券を、フレスはここぞとばかりに掴まされてしまったのだ。
「いいじゃないか、元々はギルパーニャがカジノで稼いだ泡銭だろう?」
「良くないよ! ギルから貰った大切なお金だからこそ大切に使おうと思ってたんだよ!」
「その結果がこれ、と」
「うう…………」
貧困都市リグラスラムにて、フレスはウェイルの妹弟子、ギルパーニャと親友になった。
彼女と共にカジノへ挑み、そして大勝したフレス達は、そのお金でオークションへと向かった。
しかしそのオークションの最中、敵がサクラを使って値段を釣り上げていることをウェイルが突き止め、落札を諦めたのだ。
すると二人の手元に残ったのはカジノで稼いだ大金。
実はあの後、ギルパーニャは儲け分を均等に分け、フレスの取り分として半分をプレゼントしてくれたのだ。
したがって、ほんの二日前まで、フレスの財布には41万ハクロアという、それはそれは大層な大金が詰め込まれていたのだった。
「あんなにお金が入ってたのに……、もう空だなんて……」
「そりゃこれだけの不良株券を買わされたんだからな……」
――●○●○●○――
話は一日前に遡る。
ウェイル達二人はリグラスラムからプロ鑑定士協会本部へと戻り、本格的に依頼されていたカラーコインの鑑定に取りかかっていた。
と言っても期限は二日。
三日後には次の都市での依頼が入っていたからだ。
幸いカラーコインの所有者である硬貨コレクターのルーフィエ氏は、鑑定が終了するまで返還しなくてもよいと言ってくれていた。
なので、まずは物理的な鑑定から行うことにしていた。
硬貨のサイズ、重量、密度、年代。
他にも材料や、塗料など調べなければならないことは山ほどあった。
無論ウェイル一人では無理なので、硬貨鑑定士や年代鑑定士達の力を借りつつ、鑑定を進めていた。
しかし、その鑑定団の中にフレスの姿はなかった。
「このカラーコインの鑑定はプロですら難しい。フレス、お前にはまだ早い。だからお前は鑑定が終わるまで試験勉強だ」
「なぬーーーーっ!?」
ということでウェイルに部屋に閉じ込められ缶詰状態に。
最初こそ素直に本を開いて勉強していたものの、当然のことながらすぐに飽きてしまっていた。
「うわああああああ!! もうやる気でないよーーーーー!!」
閉じた本をベッドに投げ捨て、自身もベッドにダイブ。
「うう……。暇すぎて死ぬ……」
部屋に閉じ込められたとはいえ、鍵は掛けられてはいない。
なので暇つぶしにと、サラーに向けて電信を打ったり、重力杖を使って遊んでみたり。
色々と遊んではいたものの、結局一人であるから、すぐに興味も薄れてしまう。
「…………抜け出そう……!!」
そうフレスが判断するに、半日も必要としなかった。
と言うわけでマリアステルの都市部へと遊びにきたフレス。
幸い遊ぶお金はたんまりとある。
好きな服を買え、好きな物を食べることが出来る。
熊の丸焼きを求めていくつか店舗を回り、どこも門前払いされてしまったこと以外は、どこの店舗も大金を持っているフレスを激烈に歓迎した。
流行のドレス、靴、鞄。
宝石に貴金属まで。
誰もがフレスの持つ財布の厚さを見て、媚びてくる。
普通の感覚であれば、それらの人々を見下すか、はたまた煩わしいと感じてしまうのだろうが、フレスは今更ではあるが普通じゃない。
「マリアステルの人って、みんな親切なんだ……!!」
欲に目を眩ませる人々を見て、フレスは何故か感激していたのだ。
先日まで滞在していたリグラスラムの人々とのギャップが、フレスの感覚を麻痺させたのかも知れない。
そんなわけで、フレスは寄ってくる人は皆善意で動いてくれているものだと信じきってしまっていた。
そんなとき、一人の男がフレスに近寄ってくる。
「ねぇ、お嬢ちゃん? 絶対に儲かる話があるんだけど、聞きたくない?」
「ええ!? 絶対に儲かるの!? 聞きたいに決まってるよ!!」
後から判ったことなのだが、この男、治安局に指名手配までされている有名な詐欺師であった。
そんなことなど露ほども知らないフレスは、またも親切な人が来たと思い込んでいる。
男はそんなフレスの素直さを見逃さない。
「あのね、株式や為替って知ってる?」
「株? 為替……? ……あ! 知ってるよ!!」
これも以前ウェイルに無理やり勉強させられた時に、本に書いてあったこと。
「会社の株を買って、その会社が利益を出したら配当とかもらえるんでしょ?」
「おお~、お嬢ちゃん! よく知ってるね! だったら話は早いよ! 実はね、最近ノリに乗っている会社があるんだよ。それがリベアブラザーズって会社なんだけどね。主に他大陸との貿易で利益を上げている会社なんだよ」
「へぇ~~~!! ……それってすごいの?」
「そりゃもちろん! 何せ去年の売上金額は何と78億ハクロアだと聞いたよ!」
「78!? 億!? そ、それは凄いね……!!」
「でしょ? そのリベアの株式が、偶然大量に手に入ってね!」
「そうなの!? じゃあおじさんはたくさん儲かったの!?」
「そうなんだよ! 儲かりすぎちゃってさ、他の大陸に別荘を買ってしまったくらいなんだ!」
「別荘!? いいなぁ……」
「でもね……、この株ってアレクアテナ大陸内に住んでいないと配当金が入ってこないんだ。おじさん、実は明日にでもアレクアテナを去らなければならなくてね。この株、どうしようか悩んでいるんだよ……。捨てるのももったいないし」
「……ゴクリ……」
「それで、誰かにあげちゃおうかなって、そう思ってたところに君と出会ったんだよ! これはもう運命だとしか言いようがない! 是非君に差し上げたいんだ!」
「ほ、本当なの!? いいの!?」
「もちろんさ。……でも、ただであげるってのも、ちょっと勿体無いと思ってるんだよね。何せこの株、毎年1億ハクロアは儲かるから」
「そんなに!?」
「だって僕が持っている株は、リベア全部のなんと30%もあるからね! その程度の配当、当然だよ」
「……す、すごい……」
「どうだい? 君、欲しくはないかい?」
「欲しい!」
「本当はタダであげたいんだけど……、それじゃ他の人に不公平だろ? だからさ、売ってあげるってことでどうだい?」
男の目が怪しく光る。
だが、フレスは今聞いた話で頭が一杯で、そんなことに気付く余裕すらない。
「い、いくら……?」
「41万ハクロアくらいでどう?」
「41万!? たったそれだけでいいの!?」
「いいんだよ。おじさん、もうお金はたっぷり稼いだからね。41万は船代にでもしようかと思ったんだよ」
「うん! それで買うよ! 買っちゃう!!」
「本当かい!? 君は本当に運がいいよ! だって来年には億万長者になっているんだからさ!」
フレスは即決。当然男もだ。
すぐに契約書が発行され、現金を男に、そしてフレスは膨大な量の株式を手に入れた。
株は全て銀行に預けられており、株式は明日にもプロ鑑定士協会本部へと届く手筈となった。
それらの手続きも全て男がやり、フレスはただ漠然と、目の前の男は良い人だと決めつけて全ての契約を任せていたのだった。